第8話 ドリーマーな野郎ども

 ニコタマ撮影(多分無許可)は無事終えた。無事と言ったら無事なのだ。これでいいのだ。

 とはいえ撮り高は少なく、ヒロインのコンサートの模様と、そこを襲撃する怪人(旦那)と戦闘員たちの格闘、そしてバイクで駆けつける仮面ライタースーパーカブと、その変身ポーズ、ライターのジャンプシーンである。

 ジャンプしたのは体操部の一年生。

 酒と食糧でスカウトし、ライターヘルメットとジャケットとベルトを着けて跳んでもらった。

 跳んだのは大学の体育館の裏で、背景はイチョウやプラタナスの木立である。

 そこに小型のトランポリンを置きジャンプしてもらい、角度を変え、高さを替えて何か所からも撮る。そのたびに何度も何度も跳んでもらう。

 体操部の上級生たちも特撮・アニメ大好き青年達だったので、全面的な協力が得られた。

「おい、そこで足を綺麗に揃えて、真っ直ぐ伸ばせ」

「高さが足りん」

「顔に気合が足りないぞ。本郷猛パイセンの迫力を知らんのか」

「……すみません、自分は知りません」

 そうか。後輩君の世代だと仮面ライダーは過去作になっていたのだ。思いがけず突き付けられる世代間の断絶。ううむ。

 2~3年差というのは特撮界では大きいのだ。仮面ライダー電王デビュー世代と仮面ライダーディケイド、仮面ライダーWデビューの世代とは説明し難い距離感があるのだ。

「さあ、お前の歳を数えろ」


 一年生君はノリノリの先輩達にポーズや表情の注文まで付けられ、極めてスムーズに撮影を終えた。

 背景が多摩川の土手と違うとか、向こうは抜けるような青空、トランポリン撮影時はドン曇りとお天気が違うとか、こまけえことはいいんだよ。

 ブルーバックで撮影し、背景を手書きイラストなどと切り抜き合成するという手もあるのだろうが、特撮研は急いでいた。巻いていたのである。

 

 大学内で追加の撮影をし、出来る限りの特殊効果やアニメーション合成、効果音など、撮影・編集班のやるべきことはたくさんあった。

 戦闘員・怪人・ヒロインを演じた部員達もみな協力し、毎日部室やカメラマンのつねちゃんの家に詰め(ちーばくんの奥地だった)、ポテチと煙草とコーラとビールと、ユンケルで作業を進めた。

 今と違うのは、パソコンが普及していなかったことだ。編集はアナログな機械で、上映する16ミリフィルムを切り貼りしていた。らしい。

 らしいというのは、編集・効果の技術段階に入ってしまっては私にできる事はないので、後輩のジョセフ達や同級生に話を聞くしかないのだ。

 たまに学内で顔を見る彼らは青ざめやつれ、無精ひげが伸びて目ばかりギラギラしていた。

 ケッ(完成期日)が迫るにつれてその目のギラギラも失せ、死んだ魚のどんよりした目になっていった。

 学祭直前、部室に泊まり込み徹夜で編集作業をする彼らのために、差し入れを買いに行くことも多々あった。

 荷物が重かろうと、怪人役の旦那が『お前、南さんを手伝え』と同行させられることが多かった。

 ヤマザキのお店や酒屋でパンやカップスープや飲み物、プリンなどを買い、重たいドリンク類は旦那に持たせた。今のようにコンビニが至る所にある時代ではない。

 旦那と、時々お供その2、その3で外の空気を吸いに同行した後輩・同級生男子たちはよくきわどい替え歌を歌っていた。

 ガイナックスの全身である大阪のグループが通販で売っていた「卑歌集」という冊子の曲である。

「ゆけゆけ川◎軍司」や「ハードボイルドド〇ラえもん」など、道行く人が振り返るような歌詞の歌を、旦那達はよく歌っていた。

 旦那達に限らず、部員男子たちはよく、大学から喫茶店に雪崩れていくときに、集団で歌っていた。歌わなかったのはつねちゃんをはじめとする冷静組2・3人くらいだ。


 私? もちろんお仲間に入って歌っておりましたよ。渋谷警察の前でもセンター街でも一緒に歌っていましたよ。ちなみにその冊子、まだ本棚にあります。


 かくして予算と時間の少なさを、部員の熱演と持てる限りの撮影・編集でカバーした手作り感満載の「仮面ライタースーパーカブ」は無事出来上がり、昭和61年度の学園祭で上演された。

 他大学のアニメ研、特撮研の人たちもやってきて、上映の合間に互いに名刺や情報を交換し、賑やかな時間を過ごしたが、名前を使わせてもらった世田谷区のK大学のアニメ研が、学ラン姿で来たときは正直ビビった。

 さりげなく聞いてみたら、警察や大学本部から問い合わせなどなかったそうだ。

 安心した。その節は本当に申し訳ありませんでした。


 打ち上げは下戸のまま大騒ぎする旦那や怪人戦闘員ズと、北斗の拳の怪人の話で盛り上がった。

『コミケに北斗ザコキャラ図鑑作って出品しようぜ』という話がいつの間にか出来上がり、二次会に移動しさすがに疲れて来たなと思ってきたころ、カメラマンのつねちゃんがハイボールのジョッキを持って隣に来た。


「南さんもお疲れ」

「つねちゃんが一番大変だってとおもうよ」

「いや、南さんいなかったら対処できなかったところがいっぱいあったし」


 つねちゃんが私のとなりに来るなんて、サークルの飲み会史上初めての事だ。いつもは『冷静な男たちグループ』を組んで、にバカ騒ぎをする旦那たちグループに合いの手を入れながら静かに飲んでいることが多いのに。

 それに、こんなに女子(当時は自分も女子だったと信じたい)と接近することってあるんだこの人…二次元少女以外は眼中にないみたいな話してたのに。

 つうか、肩触れあって、くっついてますけど。


「南さんってさ、いつも冷静で穏やかだよね。で、強いよね」

「でないと田舎もんは生きていけないでしょ」


 我ながら可愛げがない。仕方がない。女子寮暮らし、男との接触などないのだ。この場合怪人や戦闘員(もとい旦那達バカ騒ぎグループ)は、男とはみなしていない。


「これ終わったらさ、クリスマスにデートしない?」


 つねちゃんがささやいた。みんな聞こえていない。東映動画ロボットアニメ主題歌メドレーで盛り上がっている。

 ガンガンガンガン 若い命が真赤に燃えーてー


「うん。いいよ」

「あとで電話するね」


 人の命は 尽きるとも


 旦那と大杉君、戦闘員ずの後輩たちは、撮影で使ったお面をつけて、ひょーほほほという戦闘員の踊りを全力で踊っていた。


(どうするどうなる、昭和61年のクリスマス。次話に続くっ)

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