第6話 たいへん警察が来た


「じゃ戦闘シーンから行こうか。戦闘員、土手を思い切り転がってね」

 カメラマンのつねちゃんの甲高い声が響く。彼は「部員の中で一番まとも」と評されている男で、実際一番完璧に「一般人に擬態」していた。卒業後の就職先も、某お堅い業界紙の編集者だったと思う。

 ホイー

 ホイー

 ホイー

 ショッカーでもデストロンでもない、黒づくめのタイツに黒のごみ袋をまとい、怪人役の旦那がその場で描いた、水木しげる先生のねずみ男調のお面を付けた大学生たちは、奇声を発しつつ多摩川の土手を転がり落ちた。

 うららかな青空。きらめく多摩川の水面。そしてちらほらとジョギングや犬の散歩をする人が通りかかる。

 そしてホイーホイーという奇声と、黒づくめの格好で笑顔で土手を転がりまくる集団をぎょっとして観止め、見てはいけないものを見た顔で足早に通り過ぎつつガン見する。


「まずいな…」

 次のコンサートシーンに備えてヒロインのメイクをしながら(着替えは流石に車の中でさせてあげた) 私は呟いた。もし警察が呼ばれたりしたら、対応するのは私とカメラマンのつねちゃんだ。他の面子はしっかりコスプレし、怪人や戦闘員や売れないアイドル歌手になりきって? いるのだから、一般人の格好をしているのはカメラマンとヘアメイク・渉外しかいない。


「つねさーん、なんか人が増えてきたから可及的速やかに撮り進めてー」

 私はヒロイン大杉くんの、青い髭の剃り跡をコンシーラで隠し、ピンクのリップにグロスを重ね、ずらのロングウエーブを整えながら大声で呼びかけた。


「わかった。ほらほら戦闘員、パッパと起きて体についた草を払って。次は怪人との格闘だよ」


キィエアアアアアア


 (未来の)旦那がひときわ甲高い奇声を上げながら、車の影から勢いよく飛び出してきた。縁日で買っておいた何者か既に不明な怪物キャラのお面と、自慢のプロレス覆面コレクションを合体させ、プラス、ダイビングスーツに全身豆電球を装着し、手元のスイッチでちかちか光らせている。

 ロケが明るい真っ昼間なので、電飾が思ったような効果を生み出さなかったことが残念でならない。夜間ロケならゲームのモーションピクチャー並みに躍動する、旦那の雄姿が残せたのだが。(後で聞いたら「仮面ライダーのガマボイラーオマージュだったんだよ」と嬉々として答えた。ごめん、似てない)


 ひょーほほほ、ひょーほほほ


至上の法悦状態の奇声を発しながら、ひょいひょいとジャンプしつつ、旦那扮する怪人は縦横無尽にとび回り、土手を舞い踊り、仮面ライタースーパーカブをイラッとさせる。 

『マジでいっちゃってるわ、この人…』

 旦那の、アドレナリン最大バースト状態の幸せそうな動きを見ている私は、心の中で呟いた。

「南先輩、T先輩吹っ切ってますねえ」

「なんかもう、大事なものを色々置いてきたって感じよね」

 ヒロイン大杉くんも、見違えるように可愛くなった顔を原始人のように跳ね回る旦那に向け、だが二人共嫌な予感に顔を見合わせた。


 絶対に通報されるわ。これやばいやつだ。


 格闘シーンにリハーサルや場当たりなどやらない。全部一発撮りである。メインカメラのつねちゃんと、さりげなく戦闘員として戦いながらサブカメラを回している後輩と、2人カメラ体勢で撮りまくる。

 その間旦那も戦闘員たちも、跳び、キックをし、転がりまくり、そしてホイーホイーと奇声を上げ続ける。

 仮面ライタースーパーカブもライダー面とライダースーツに身を包み、見得を切る。

「黙れチョッカー、世田谷区の平和を脅かすお前たちは許さん」

「何をぬかすかライター。第一お前、埼玉県川口市の住民じゃねえか」

「うるさい。平和を愛する心に都民も県民も違いはない。とぅっ!」


 今思い出して書くだけで気が遠くなる台詞である。これを昭和61年前後の大学生が、嬉々として演じていたんだぜ。今の高校生、大学生たちよ、自信を持て。


 そうこうしているうちにギャラリーは増えてきた。半日授業だったのだろうか。ランドセルを背負った低学年の小学生たちが、土手にずらっと座り、ぴーちくぱーちくしゃべくり、笑いながら我々の格闘を見ている。

 おーい、お子たち。君たちがここにたむろしているとお迎えのママたちが来ちゃうんだよ、そして我々を見て通報でもしちゃったら洒落にならないんだよー。


「はーい、格闘シーン終わり。あとは学内でゲリラロケすることにして、アイドルのコンサートシーン行くよ」


 慌ただしく簡易セットが組まれ、土手にビールケースとベニヤ板、魚屋のとろ箱で野外ステージを組む。

 さっきまで戦闘員でホイホイ言っていた男たちは、素早くゴミ袋を脱ぎ、面を外し、私服を羽織ってテープとクラッカーを構えて着席だ。サイリウムなる物は当時まだない。

 歌は後で学内バンドのオリジナルを録音するので、適当な音を流す。「マクロス」のリンミンメイの歌が流れる。羽田健太郎師匠のキュートな音楽に、これまた脳髄直撃系の飯島真理の甘い声。

きゅーんきゅーん きゅーんきゅーん 私の彼は

「パイローーットーーー」 

 ラジカセから流れるマクロスのサントラに合わせ、高度に訓練されたオタクの合いの手が土手に響く。

 そして、私の完璧なヘアメイクで身も心も可憐なアイドルになりきった(洗脳された) 大杉くんが、スカートを翻し、美脚をむき出しにして踊り、リズムに乗って首をかしげ、手を振って、ウエーブの髪を風になびかせる。

 素敵だ、大杉君。ピンクのパンプスを家で履かせて訓練させた成果がはっきりと出ている。

ウオーーー、可愛いーーー !

エルオーブイイー ラブラブキュート!


 ロケ現場の青年達は、アイドルオタになりきって歓声を上げ、カメラマンのキューでテープを投げ、クラッカーをパンパンと鳴らした。色とりどりの紙テープやクラッカーの中身が青空に飛び交い、躍動する。


「あ、おまわりさん」


 小学生の声がクラッカーの爆音の間を縫って届いた。


「え?」


 一斉に振り返る私たちの目に、自転車で土手をキコキコ走って来るおまわりさんの姿が映る。

「単騎だ。なんとかなる」

カメラマンのつねちゃんがささやく。

「大杉くんは隠れてなさい。私とつねちゃんで対応するから」

「でも」

「あんたその格好で玉川署の中を歩くことになったら、やでしょ」

「嫌っす」


 おまわりさんは自転車を土手の上に留めて、面倒くさそうに降り、我々のもとに真っ直ぐやって来た。


(次回に続く)


(追記)

旦那に校閲を頼んだら

「あのお面は中華街で買ってきたんだよー。『謎の中国人』ってお面だよ、それをベースに作ったんだよ。ほらほらこれ」

と、艦コレの手を止めて画像を引っ張ってくれた。

「キン肉マン」の拉麺マンそっくりの、ドジョウ髭に辮髪のお面が表示されていた。ああそうだ、これだったね…(遠い目)

 

 

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