第5話 ヒロインは君だ
大学の特撮・アニメ研というものは当時からたくさんあった。
「アニメブーム」と呼ばれる世代だったので(ちなみに仮面ライダー555の白〇Pやゾンズ脚本の小林〇子さんと同い年です) どの大学にも幾つかあったと思う。
有名なところだと早稲田大学の「怪獣同盟」。
ここは元△Pの高〇氏や、塚〇P、〇崎監督を輩出した。
我々の居た頃はそういう有名サークルとは交流がなかったが、「変な物を作ろう」という気概は高かった。
さて、気概はあるが「その場で決めればいいでしょ」というノリのまま撮影日だけは決めていくサークル首脳陣に危機感を覚えるのは、渉外その他一手に任された私と、カメラマンの「つねぴー」君、そして「ジョセフ」という洗礼名の北斗の拳怪獣マニアだけである。
脳天気な一派の代表は旦那である。
だが彼は能天気なりにアイデアはたくさん出した。
怪人やヒロイン(女形)、戦闘員のアイデアを出し、スケッチをたくさん書き、実際に試作して着て見せて、シナリオの原型も書いた。
原型が、そのまま決定稿となったのは当然の流れだった。
誰も「これでは駄目だ。俺が書く」という積極的な人がいなかったのである。
とりあえずノリノリの人がいるからそこに乗っかってしまおうという考えだ。
幸い「ライター」ものは特撮万民が思いつくであろうテンプレ的展開(お約束ともいう)がすぐに思い出されるので、旦那もそれに沿って書いたのだと思う。
うん。いわゆるテンプレライダーだった。
非情にざっくりとしたストーリーは出来上がり、撮影現場でぎたぎたに変えられるにしろ、台本上は一応形になった。配役も決まり、必要な衣装、ズラ、小道具、持ち道具などが決まって行った。
ここでいう衣装とはあくまで私が準備する物であり、怪人やザコ(すみません、戦闘員ですね) は自分達でやってくれ状態である。
実際彼らは楽しそうにジャージを調達し、怪人の文様を紙で書いて貼り付け、私が買ったアツギの黒タイツを(徳用3足組)を、重ね履きし、戦闘員マスクを作っていた。
高校や中学の文化祭のノリである。作業中の楽しそうな会話の内容もその年代のレベルである。
いや、当時の中高生は「バルパンサーのポーズはこうだ」と突然究極超人Rの(とさか先輩)ポーズなどしなかったろうな。
一方私は事実上ヒロイン付きのスタイリストである。
ヒロイン役の大杉君は170センチない小柄華奢、手首足首も細く首も長いし足のサイズは24,5だ。
これはいける。可愛くなれる。
私は3サイズを測り(胸にあんこは詰めなかった) 上野と西日暮里に向かった。
ヒロイン大杉君のリクエストはただ一つ。
あきらめきったような力のない声で
「先輩、ミニスカートは勘弁してください。俺のメンタルのために…」
「わかった。膝は隠れる長さキープで。武士の情けだ」
「もうちょっと長めで…」
上野から御徒町、浅草にかけては当時激安婦人服のメッカだった。
しかも場末感漂うお水のおばちゃんがお召しになるような、絶妙の昭和臭が漂う、バブル以前の高度経済成長期のスナック、といった風情の服がたくさん吊るしになって売られていた。
それらの小さな「洋品店」は今どうなっているだろうか。
私は地下鉄やバスを駆使して商店街をあさり、カッソー素材のピンクのドレス(黒の縁取り付き)を選んだ。
ちょっと河合奈保子めいた可愛く清楚な風情の、派手すぎないデザインだ。
これならヒロインの大杉君も拒否反応は軽いだろう。
そう。初めて素面女形を演じるヒロイン大杉君は、撮影が近付くにつれ大層ナーバスになっていた。
無理もない。いうなればライダーや戦隊における、女優さんの危険なアクションをアクション男優が代わりにスカートをはいて演じるようなものである。
20歳の3回生には刺激が強すぎたようだ。彼はJǍEの蜂須賀佑一さんでも藤田慧さんでもないのだ。
ヒロインのズラも栗色ロングウエーブの上物が買えた。
靴もレディスのピンクの10センチヒール。幅も甲の高さも合っている。
これを室内履き代わりにして慣らすようにと持たせた。
「家族に見つかったら変態だと思われるじゃないですかっ」
大杉くんは涙目だったが、お気楽に怪人と戦闘員のアクション練習をする旦那たちは「可愛い」「きれい」「戦隊のピンクみたいだ」と慰めにもならない発言で大杉君の心に塩を塗っていた。
黙れ。大事なヒロインのHPを削るな。
正直そう思った。
現時点で、マクロスのリンミンメイとマネージャーのような感覚に陥っていた私と大杉くんであった。
ある晴天の秋の日の午前、ロケが行われた。
その日は、学園祭当日の一か月くらい前だったと思う。
撮影班兼大道具担当の野郎たちは誰かの車で、大学のサークル室のロッカーから機材を積み、直接ロケ現場へ。
男性出演者兼小道具・持ち道具班は早朝旦那の自宅に集合し、仮面やベルト、衣装のおどろおどろしい飾りの最後の仕上げをし、修復用のテープやゴム、ビニール、塗料、その他を持って旦那の車でロケ地へ。
そして私は下宿の女子学生寮から地下鉄で直接現地へ。
途中スーパーやコンビニで大量のパンやお菓子、ドリンクを買って向かった。
K大学特撮研究会作品「仮面ライタースーパーカブ」のロケ地はニコタマこと、東急新玉川線の二子玉川。
今は東急の威信をかけた再開発がされ、商業施設や高層マンション、ビジネス等が林立するブルジョアの街になったが、当時は昔ながらの玉川高島屋や東急のプールがあるだけで、今はもうないナムコワンダーエッグもまだ建っていなかった思う。川辺の中途半端な住宅地だった。
車二台をどこに留めたか知らないが、土手を越えた広い河川敷に、我々は陣を張った。
関係各所に撮影許可を得ていたのかどうか、誰も知らなかったがあえて触れないで置いた。ささっと必要な部分だけ撮影して、後は大学内で撮ると、進行表もどきには書いてあったからである。
だが実際は違った。
天気もいいし、風景もいいし、予想していた通行人もない。さすが平日午前である。仮面ライタースーパーカブの変身前と、バイクを走らせながらの変身シーンから。小柄な主演男優の部員が、後部席に配達用の木箱をくくり付けた、旦那のスーパーカブで土手を疾走する。
一目で
『彼女とのタンデムとかあり得なかったし今後の予定もない』
と開き直った仕様である。
仮面ライタースーパーカブが被るアライのフルフェンスのヘルメットには、当然ボール紙とマッキーペンで、ライダーの顔めいたものが書かれている。
主演の後輩かっきーくんは両手を話して上体を起こし、バイクを走らせたままの『変身』を試みる。
オタクの意地である。心は本郷猛になりきっている。
だが彼はバイクアクションなどしたことがない。揺れる。危ない。こけて事故りそう。
自爆でも事故を起こしたら警察にしょっ引かれる。大体土手は車両乗り入れ禁止じゃなかったか?
ほんのり思い返したのは今になってからで、当時はそんな事、脳みそをかすりもしなかった。
河川管理事務所の方々、まことに相済みませんでした。
次回「今度こそ警察が来た」をお楽しみにっ
(ところで俺はバルパンサーのポーズが出来るという人はどれくらいいるのだろうか)
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