20章 笑おう

 結局、その後時間は過ぎ日は完全に落ち夜となっていた。

泣き止んだ胡桃とマリアに俺と芽唯を含めた四人は、その場に座り込み懐かしい話から、最近の学校のことまで、自分について話していた。つい一時間前までのお互いを憎みあうことや罵倒などは、もうなくなっていた。お互いに謝罪などはなかったが、もうそんな言葉は、俺たちにはいらなかった。……すごく不思議だが、幸せな時間である。

「えー、お兄ちゃん。それは、流石に酷いよー」

「そうか?盗撮は、俺の趣味だし、しょうがない」

「でも、恭也は、いつから盗撮が趣味になったのですか?孤児院の時は、すごくかっこよかったのになんか残念です」

「恭也の趣味は、恐らく性の目覚めから始まってる。ちなみにその頃から盗撮モノのエッチな本を持っていた」

「芽唯!いいか!もう俺のプライベートをそこまで晒さなくていいんだぞ!」

こうやって、お互いに腹を割って喋るのは、数日ぶりの……マリアがウチに泊まった時以来であったが、あの時とは違い、お互いを完全に思い出し『家族』に戻っていた。

「えー、まあ。そんなお兄ちゃんも私は、大好き!なんだったら私を盗撮してもいいのに」

いつもより明るい表情の胡桃に。

「れっつ近親相姦。うん妄想がはかどる」

いつも通り、くだらないことを真顔で言う芽唯。

「近親……ダメです!そういうのは十八歳未満は、ダメなんです!」

いちいち、下ネタに顔を赤くする黒川。

「ん……そういえば、一回盗撮してたら、そのままプラトニックな関係に発展したカップルもいたな……」

「あー恭也が、大きいテント張った奴ね」

「あれ、お兄ちゃんは結局、私には見せてくれなかったよねー!なんで見せてくれなかったのさ!」

「そりゃ、胡桃には、まだああいうことを知って欲しくなかったんだ……なんというか倫理的にも……」

俺も芽唯に便乗し、くだらないことを言い盛り上がる。

「だから!なんで貴方たちは、そんなにも平然とエロネタで談義ができるんですか!」

そしていちいちツッコミを入れてくるマリアに俺たちは、大笑いをしたりと……時間がとっても早く過ぎていく。

このまま、幸せな時間は、続くとばかり思っていた。しかし、そんな時間は、終わりをつげようとしていた。

「あ……、お兄ちゃん、お姉ちゃん、胡桃ちゃん。ごめんね、時間が来たみたい」

胡桃は、笑顔で言うがその体は、光彩に包まれ、透け始めていた。誰も今の段階で彼女の言葉わ信じないだろう。

「く……胡桃。おまえ……なんで体が……透けて…」

「あはは、私の能力の代償……ってところかな……」

「だ……代償ってなんだよ!」

「そ……そうです!おかしいです!だって胡桃の力なら代償なんて……」

突然のできごとに慌てる俺とマリアだが、諦めたような笑みを零す胡桃。

「あはは……うん。私から言うのは、もう……酷だよ……ねえ、芽唯ちゃん。最後のわがまま。芽唯は、わかってたんだよね……教えてあげて」

胡桃は芽唯に泣きながらお願いをする。芽唯も何かを感じ取ったのか、辛そうな表情をするが、芽唯は両頬を叩くと、いつもの無表情に戻る。

「……うん。私は、胡桃の代償を二つに仮定した。そして、今その代償がどっちかわかった」

「一体なんなのですか!」

感情をむき出しにするマリア。しかし芽唯は動じない。

「代償は『失敗に寄る喪失』恐らく、都合いいように世界を改変し、結果思い通り行かないと、その帳尻合わせが来る。恐らく、失うものの大きさは、彼女の都合次第。今回、胡桃は、自分の恋の成就に世界の改変までそれが失敗したとなれば、おそらく全てを失う。存在すらも」

「流石、胡桃ちゃん。全部正解」

胡桃は何かをこらえるように、ワザとおどけていった。

しかしそれは、つまり、俺が胡桃を愛してやれば……

「お兄ちゃん?罪悪感を持たないで、あなたの選択肢は、間違えていないよ」

「俺は……」

「だってお兄ちゃんは何も悪くないんだから」

胡桃は、笑う。涙でくしゃくしゃになった顔を一生懸命隠そうと。その顔は、弱さを必死に隠す妹の強さを感じた。

それなのに俺が悲しそうな顔をしていていいのか。俺は、こういう時こそ騎乗に笑わないといけない。

「はは、俺は……まあ、俺は、絶対に後悔しない。この選択を……だって俺は、イケメンだからな!」

「やっぱりお兄ちゃんは、カッコイイな……それに比べて、お姉ちゃん、こういう時くらい……笑おうよ!これから、水上家は、お姉ちゃんがいないとカップラーメン生活になるんだよ!水上家の食生活を守ってね!」

「そんな寂しいこと言わないでください!私……私は、みんなみたいにかっこよく笑えないです!」

涙を隠せないマリア……対照的に芽唯は、いつも通りの無表情だった。

「ほ……ほら、笑わないと……それが胡桃の……願いだから」

口ではそう言う芽唯だが、言葉は震えていた。

「うんうん……いつも、芽唯ちゃんは、正しい答えを教えてくれたね。分からない問題は、教えてくれようとするし、勇気があって、けど恥ずかしがり屋だから、無表情になろうとしていて……そんな芽唯ちゃんが、私は、大好き……」

それに対して、胡桃は素直な言葉を言った。金色の光彩まるで涙のように胡桃の周りを包みさらに体は、透けてきていた。

それを見て悟ったのか、芽唯も感情が爆発した。

「なんで……なんで……そんなに幸せそうな顔をしてるの!私は、私は……」

「あー、それは、私がお兄ちゃんだけでなく……家族達との絆を再確認できたから嬉しかったのかな。私の人生には、お兄ちゃんしかなかったけれど。最後の最後で大切にしたいと思う家族ができた。それが嬉しいの……」

なんの策略もなく、なんの敵意もないその笑顔は、気丈に振舞おうとしていた。しかし、それでも、胡桃の目には涙が流れている。

「そんなの……!」

「ね、芽唯ちゃんも……お姉ちゃんも……笑おうよ」

それは、胡桃の最後のお願い。

だからこそ、俺は、泣きたいのを我慢し、真っ先に笑った。

「またなな、胡桃。また会おうな」

「またね!お兄ちゃん!」

俺と胡桃が笑い合うのに釣られ、芽唯も笑う。

「胡桃……また」

「また!芽唯ちゃん!」

そうして、最後にマリアが、今にも崩れそうな笑顔を無理やり作り楽しそうに装った。

「全く、兄妹揃って、手間がかかるんですから……まあ、恭也たちの食卓は、絶対に守るからね!」

「頼もしいな……」

そうして光彩は、強くなり、ついに、胡桃の姿は、限界を迎えうそになっていた。

「じゃあみんな。またね……みんな絶対に幸せになるんだよ。私が言えたような義理じゃないけれど……またね!楽しかったよ。私、水上胡桃は幸せでした!」

……そう言って、胡桃は、光彩に包まれ消えていった。

そして、そこには何も残らなくって……。胡桃の持っていたもの、胡桃が残していったもの、そして胡桃の存在自体が消えていった。

そして、世界は、胡桃のいない世界に完全に変わってしまった。

しかし、胡桃と過ごした記憶は、まだ俺たちの中に残っている。

「もう、泣いていいですか……」

マリアが俺たちに聞いてくる。それに対して、胡桃は、涙をこぼしながら笑顔で答える。

「私は、泣いてない。けどマリアは泣いていい」

「もう……芽唯だって泣いているじゃないですか」

「これは……うんん。何でもない」

……そうして、芽唯とマリアは、二人で抱き合い泣き出した。

だから、俺は、妹を犠牲にした。だから絶対に泣かない。

幸せな人生を過ごしていく。

ここから、俺たちの日常は、始まっていくのだから。

「なあ、二人とも笑おうぜ。胡桃が託してくれた未来なんだ。こんな所で泣いてたら、また胡桃に怒られちまうからさ」

ここから、始めればいい。

もう間違えて、歪んで、おかしい狂った物語は、終わったんだ。

これからは、どこにでもいる高校生たちの日常を送っていくんだ。

それが最愛の妹が残した最後のお願いだから……だから、俺は、二人に言う。

自分の表情が今どうなっているかなんて分からない。こんな結果を出してしまった自分に怒っている顔かも知れない。自分の無力さに呆れている顔になっているかもしれない。妹を失った悲しみにくれる表情かもしれない。

けど、それでも俺は、笑顔を作り、今は、笑おう。

「まあ、二人ともこれからイケメンを取り合うダブルヒロインになるんだ。そんな顔してると壮絶なヒロイン競争に負けちまうぞ」

「どこにもイケメンなんていない」

「そうですね。いるのは、泥臭いほどに熱血で優しいクソみたいなナルシストしかいないです」

俺のセリフに、マリアも芽唯も罵倒をいれ、互いの顔を見る。

そのくしゃくしゃになった笑顔を見るとなんだか笑いがこみ上げてくる。

「「「ぷっ、あははははは」」」

そして、三人で笑いあった。

おかしく、狂っていた物語は、終わりを迎えた。

これからは、楽しい物語が、俺たちを待っている。みんなで幸せになっていこう。

だって、それが、妹の願いであって……

俺たちの願いなんだから!

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