19章 狂っていたセカイ

変わらないはずだった日常。夕日は、俺たちを照らし、奇しくも俺と黒川が、本当の意味で再開した時と同じ状態。そんな中、胡桃は、一人だけ愉快そうな表情をしていた。

「あはははは、揃いも揃ってこんにちは。私たちだけの世界の侵略者さん」

「胡桃?どうしたんだ……?」

「お兄ちゃん……少し待って、お兄ちゃんをたぶらかした侵略者達を排除するから」

邪悪な笑顔、しかしその言葉に一切の嘘は、なかった。

「ばか!やめろ!」

俺は、なにか得体の知れない何かを感じ止めに入るが……

「お兄ちゃんは、少し端の方にいて」

「そんなこと……ぐ……!」

胡桃の言葉は、俺の体を叩きつけるように屋上の柵まで吹き飛ばす。

何が起こったか理解できなかった。……正確には、理解したくなかった。胡桃の能力は、正史を読み取る力とは、乖離したものであった。もっとおぞましく、得体の知れないなにかである。俺は、起き上がろうとしたが……

「なんだよ、これ!なんで体が動かないんだよ!」

体が動かない。見えない何かに押さえ込まれている。そんな感覚であった。

「ごめんね、お兄ちゃん。今は、私の都合に合わせて」

そう、これは、胡桃が言っていた、事象への干渉。

芽唯の言っていた、胡桃の本当の能力。

世界の起こる物理現象から確率論まで、すべての事象に介入し都合のいいように操れる。

今の体験だけで、俺たちは、胡桃にとって、蟻と変わらない様な無力な存在と感じてしまうほど、それほど圧倒的な力。

「胡桃それが、あなたの本性。貴方は、都合の良いように操っている。なんでこんなことをする」

「これが私のハイパーセンス、『都合の良い感染病(パンデミック)』私は、世界を都合よく作り変えられるんだよ!」

しかし、そんな状況でも全くひるまない、それどころか、無謀にも立ち向かおうとする芽唯、その目は、力強いものであったが……

「……最初から、言っているでしょう。この世界は、私とお兄ちゃんの恋物語。私は、お兄ちゃんを愛している。恋している。好んでいて、結婚したい。お兄ちゃんの子どもをうみたいし、孫の顔も見たい。最後は、二人で仲良く縁側で余生を過ごして、生まれ変わって、また恋して結婚していきたい。その為にはモブキャラには、私の物語から出て行ってもらわないといけない」

「狂ってる」

「狂っているのは、どっちかな、こっちは、世界の事象にまで干渉して二人だけの物語を作ろうとしたのに、邪魔してきてさ、普通は、この時点でここには、いないはずの芽唯ちゃんがいるんだもん、その方がよっぽど狂っている」

狂っていた。俺の妹は、気がつかないうちに能力を使って様々なことをしていたのだ……

「うるさい!」

芽唯は、なにかを胡桃に投げつけた。

「鬱陶しい。もう芽唯もどっかにいて、邪魔」

芽唯は抗えないのか自分の足で屋上の柵を超え後一歩で、地上へ落ちるところまで来ていた。

「芽唯!」

「恭也、大丈夫だから」

そういいその場で座り込んでしまった。正確には、操られ、座り込まされたという方が正しいだろう。

「あははは、おもしろーい。自殺しそうだね芽唯ちゃん!安心して、ちゃんと死ぬときは、遺書くらい書かせてあげる!『恥の多い人生でした』って!あはははははははっははは!」

この状況で胡桃は、笑う。愉快そうに楽しそうに、しかし殺さない。

「なんで、私を殺さない」

しかし、芽唯の目は、諦めていない。むしろ今自分が死んでいないことに疑問を持ち、自分の今できている状況に屈辱まで覚えていた。

「当たり前、貴方は、人質。私の能力では、人を殺せない。そういう制約があるから。だから、つけあがるな能力で殺せなくても、全部が終わったあとで私が、能力を使わないでひと押しすれば死ぬんだから。これは、四年間家族として暮らした、邪魔者への最大の譲渡なんだから!」

自分の能力の最大の弱点を語る胡桃。しかし、それは、驕りでもなければ、満身でもなかった。それは、弱点を伝えても物ともしない余裕である。

こうして、残り自分の意志で動けるのは、胡桃と黒川の二人になってしまった。

「さて、ようやく二人だね。お姉ちゃん。ここからは……おっと!酷いな!いきなり人に向かって火の玉を投げつけるなんて。服が汚れちゃうじゃん」

「あなた……自分が何してるかわかりますか?」

黒川は、躊躇なく、自分の怒りを胡桃に火球という形で投げつける。しかし胡桃は、踊るようにその火球を避ける。

「あはは、良い!そう言う無駄な抵抗。私、大好き!だから、お姉ちゃんには、ご褒美として、ネタばらしです!」

そして胡桃は愉快そうに笑い、そうして語る。

「私は、確かに、お兄ちゃんの記憶を捏造したりしました。しかし、お兄ちゃんの記憶からは、お姉ちゃんのことしか、記憶は、消してない!それ以外は、本当の記憶」

「それは、あなたの恋路に私が邪魔だったから?」

「ちがうよ。記憶に関しては、そこまでしか私の力を割くことができなかったから。私が、捏造したのは、お兄ちゃんの記憶だけじゃない」

割けなかった。胡桃は、そう語った。つまり、胡桃は他にも干渉したということ。

「私は、世界中の人間にハイパーセンスを与え、ただの児童養護施設でしかないサバトに、物語の悪者が所属する機関、日常生活推進部を作って、私を攫わせた。そうして、意図的にみんなの記憶をいじって、今みたいな世界にした!私は、『世界そのものを作り替えた』んだ!すごいでしょ!」

「ですが!私が知ってる記憶は……」

 黒川は、胡桃のことを否定しようとした。彼女は、過去に両親をハイパーセンスで傷つけてしまった過去もあった。胡桃の言っていることが正しいと、彼女のトラウマまで嘘になってしまう。そんなことがたってはいけない。そう信じたかったが……

「あー、お姉ちゃんは、ただの育児放棄で保護された子だったんだよ!だから両親を傷つけたなんて、私が作った嘘」

そう言うと胡桃は、指を黒革に向けるとわざとらしく格好つけて、指パッチンをする。

「わ……私の中に、知らない……うぐ……そ……そんな」

「あはは!すごいでしょう!」

胡桃は、愉快そうに笑い、苦しそうに頭を抱える黒川は、なにか思い出したのかその表情は、物凄く悔しそうだった。

あまりに馬鹿げているのを黒川も理解できたのか。怯えたのか声を震わせて聞いた

「それは、あまりに非効率な能力の使い方です!世界を作り変えるくらいなら、恭也を自分に惚れさせればいいじゃないですか!」

しかし、胡桃は、呆れたようにため息を吐く。深くそして、失望し、まるでその目は、人を見ていないようなそんな顔。

「はあ……馬鹿だね、お姉ちゃん。私が欲しいのは、そんな作られた愛じゃなくて、純粋な愛。そのためには、敵機関から妹守るうち、恋に落ちる兄妹。そう言う、愛が欲しかった!このためなら私は世界を犯すし壊す。お兄ちゃんの心は、全部偽りない、私に対する愛で埋まらないといけないんだから!」

つまり、胡桃の中では、作られた愛ではなく、俺が、心の底から胡桃を愛してもらうという理由だけで世界をつくりかえた。

敵機関を作ったのは、世界をバトルものにするため。

能力者を増やしたのは、都合よく、敵が自分たちを襲わせるため。

戦っているうちに、俺を恋に落とそうとした妹の考え方。

狂っているが、その愛についての考え方は、正しいと感じてしまう自分もいた。愛についての考え方は、やはり兄妹なのかもしれない。

けれどそれは、考えであって、実際に試していいものではない。

「胡桃ちゃん……私は、怒っています。姉として言います。元に戻しなさい。そうすれば、許してあげます」

黒川は、怒っていた。狂った愛に考え方に……しかし、それを感じ取った胡桃だったが、その笑顔は、崩れた。

怒り。

胡桃の感情は、怒りに支配されたような表情になっていた。

「バカじゃないの!私がいま、元の世界に戻したら、この物語は、アンタとお兄ちゃんの物語になるじゃない!私にそこらへんにいる、清涼剤程度の役割しかないクソみたいな妹キャラにでもなれって言うの!ふざけんな!お前は、私から、お兄ちゃんを奪い取って何が楽しい。この愛を略奪なんてさせない……あげない!お兄ちゃんは私のものなんだから!」

しかし、黒川も負けていなかった。

「ふざけないでください!好きだったら、そんな力に頼らないで自力で奪い取りなさい!能力に頼った!私は、そんなのに頼らない!私は、例えこの世界が、胡桃と恭也のラブストーリーだとしても、好きだったら奪ってみせる。悪になっても絶対に奪ってやる!」

ふたりの意思はぶつかる。

そして、ハイパーセンスを持つもの同士が能力を使わないで戦うこんな異常な光景。

しかし、そんなものは、すぐに幕を閉じ、胡桃は、激怒した。

その怒りは、子供の癇癪にも似た様な怒り。

「もう怒った!私は、お姉ちゃんに選択肢を与えてやる!すぅーはー」

深呼吸をし、落ち着かせる胡桃。彼女は、残酷な選択を黒川に迫った。

「選択肢は、これ!お姉ちゃんが死んで世界を元に戻すか、芽唯ちゃんを殺して、世界を元に戻すか。どちらも選ばず私とお兄ちゃんの世界に以後、干渉しないか」

「な!そんな……あれ!体が動かない!なんで!」

「それは、答えるまで動けませんから。さて回答時間は、十秒」

胡桃は、十秒を数えるが、なにも答えられない黒川。迷っていた。

「マリア、私を殺して。そうすれば良い」

芽唯、自分の覚悟を芽唯伝えるがカウントダウンは止まらない。

なーな。

「ダメだよ!できない!それなら、私が死んだほうが……」

「ダメ。許さない」

「もう……芽唯ちゃんはうるさいな……ちょっと喋らないで」

「うぐ……」

胡桃は、手をひとふりすると、芽唯は、気絶してしまった。

「あーあ、あと何秒だっけ……まあ、どうでもいいか」

さーん。

胡桃のカウントダウンは止まらない。

「どうすれば……」

「はい!ゼロ!で答えなかったので、お姉ちゃんと芽唯ちゃんは、死んでもらいまーす」

「な……!そんなのおかしいぞ!胡桃!」

「のんのん!お兄ちゃん!ルールは、私。私は、能力じゃ人は殺せないけれど、普通に自分で芽唯ちゃんの体を押して地面にドーンすることはできるんだよ!」

俺は、思わず、声を荒げるが……しかし、くるみの狂気の混じった目は、そんなこと知らないと言わないばかりの目であった。

そうして、胡桃は、胡桃に近づく。

「しね、しね、しねーるんるるん」

軽快な歌とともに芽唯に近づく胡桃このままでは、本当に胡桃が死んでしまう。

止めないと……止めないと……

「動け……動け……動けよ!」

俺は、動けない体を無理矢理に動かそうとする。

「無理だよ、お兄ちゃん!動くわけない!でもその姿もかっこいい!」

俺の顔を見て笑顔になる胡桃。

悔しい、こんな時に何もできないなんて……しかし、ここで、かっこよくならないと、良い所なんて二度と見せられなくなる。そんなのは嫌だ!

「うるさい!絶対に……絶対に……」

「無理」

否定する、胡桃。腹が立つ。絶対に動かす。

「無理じゃ……」

俺は、諦めない、泥臭く、諦め悪く努力するのが一番かっこいい。俺は、まだ、カッコよくない。泥臭くても俺は、絶対に諦めない。

体を動かそうとすれば痛いし、辛い。しかし知ったことか!知ったことか!

「無理じゃ……ねぇぇぇぇぇ!」

「きゃあ!」

そうして、俺は、強引に胡桃の能力に抗い、そうして、目の前にいる。芽唯を殺そうとする妹に飛びかかり、押さえ込んだ。

それと同時に、芽唯と黒川は、体の自由が戻ったのか、黒川は、芽唯の方まで走って行き柵を能力で破壊し、芽唯を引き寄せた。

「恭也!芽唯は、救いました!」

「あははは!すごい!すごい!お兄ちゃんって実はもう能力者なんじゃない?妹を惚れさせる能力とか」

「この……」

結局、俺には能力なんてなかった。

思い出した。俺は、能力に苦しむ、妹と友達の力になりたくてバカやって、失敗して。

そして、また失敗してしまう。

俺は、拳を振り上げる。妹を倒さないといけない。妹をまた、苦しませないといけない。

俺が原因だったんだから、俺が終わらせないと、選択肢を間違えちゃいけない。ダメなんだ……ここで……ここで……

「あはは、殴らないの?私としては、お兄ちゃんが望むのなら、サンドバックにだってなるよ!」

「俺は……最低だ……」

結局俺は、どんなに邪悪で間違っていても妹は、殴れない……。俺の拳は、胡桃の横にあるコンクリートに当たる。

痛みが拳から伝わる……最低だった。俺は、親友を傷つけたのに妹は……妹は殴れなかったのだ……最低のエゴイストだ。

どっちも救いたい。

「恭也、貴方は、最高にかっこいいです!私は、貴方が優しいことを知っています。私のことを知ってなお、普通に友人として接してくれたんです。私は、貴方を信じます。あなたの選択なら私は、信じますから……」

「ほら、今なら、私を殴り放題だよ!殴りなよ!お兄ちゃん」

「俺は……」

「つーまーんーなーい。お兄ちゃん!つまんないよ!なんでそうやって、答えを先送りにするのさー」

「ぐっ!」

胡桃はその小さい体からは、想像もできないような力強さで、俺を蹴り上げ、立ち上がった。

そして、つまらなそうに睨みつけてくる。

「なにさー、私を殴ってくれたら、それはそれで、物語として成立したのに」

「俺は、決めたんだ。もう誰も傷つけない。愚かだろうとなんだろうと。見た目だけじゃなくて、本当に心の底からかっこいい人間として生きていくって」

「そう……で、お姉ちゃんは?なんか主張があるんでしょ。どうなの、貴方は、私の物語からヒロインの座を奪ったとして、この後どうするの?」

先程までは、楽しそうに愉快に笑っていた胡桃は、急につまらなそうな顔で、質問相手を変える。

「私の主張ですか……そうですね。私は……うん。幸せに、いつもどおりの日常を過ごしたいです。起承転結なんて全くなくて……主役じゃないけれど、それでも普通の生活……その後ですか……」

悩む、黒川。しかしすぐに思いついたのか答える。

「私は、英雄譚に語られる様なヒロインじゃなくていい。私は、語りつがれなくても、忘れられても悔やみません。だから、ごく平凡な幸せを願います。だから、私は、胡桃から何も奪いません。恭也や芽唯がくるみを許すなら私もくるみを許します。だから、これからでもいい。幸せに一緒になっていきませんか」

黒川は、優しく胡桃に許すといった。一度は、命の取捨選択を迫ってきた相手に向かってだ。俺は、記憶を改ざんされた後も胡桃と長い時間を過ごしてきたから、答えを出せた。

しかし黒川は、俺のように長い時間、胡桃と過ごしていないのにこの答えを出せた。そんな黒川は、尊敬するし、かっこいいと感じる。

しかし、その答えを聞いて芽唯は、怒りの感情を顕にした。

「ありえない!あんたら揃って馬鹿なんじゃないの!バカだよ!私が九年間も我慢していた恋心をなんだと思ってるの!あんたらのそういう心の無い言葉は、私の努力を、我慢を無駄にする!」

「私もわからないです!貴方は、全てを歪め狂わせた憎い敵のはずです。なのに、恭也が許せるのなら私も許せる。やり直せるのならやり直せる。あなたの九年間を無駄にしないようにこれからを見ませんか!」

 九年間。胡桃が我慢し気持ちを隠していた時間。しかしこれからは、もっと長い時間を過ごしていくその中でやり直していけたら。

恐らく、これが黒川の考えで、そして俺の考え。おかしいけれど、未来を見て生きることが大切なんだ。これが俺たちの選択。

「胡桃、やり直そう。今度は、ちゃんとみんなで、じゃないと楽しくないだろう。俺は、かっこよく生きていきたい。それには、今までの自分を変えないといけない。一緒に変わっていこう」

俺は、胡桃に手を伸ばす。変わるため。今までの着飾った自分ではなく。他人を馬鹿にして自分の価値を見誤っていた頃から決別するため。

結果的にこれは、俺のエゴだ。胡桃の気持ちなんて考えられていない。けれど、間違っていた兄妹は、ここから、正しい兄妹に変わればいい。時間は長いのだから。

「な、胡桃だからもうバカなことは……」

「バカだよ!アンタたちやっぱり馬鹿だ!」

「ぐ!」

しかし、俺のエゴは、胡桃には通じず俺は、胡桃の癇癪と共に屋上の柵まで吹き飛ばされた。

「きょ……恭也!」

「お兄ちゃんは、今のままでもカッコイイ。それなのにお兄ちゃんが、自分を……自分を……否定するなぁ」

胡桃の心から叫び、そう、九年ブリの本音が聞けた気がした。俺は、今から悪となる。自分を大切にしてきてくれた人を否定し拒絶する行為。

「……あ、そうだ。そうだ。いいこと思いついた。このお兄ちゃんは、殺して、新しいお兄ちゃんを作ればいいじゃん!なんだ天才だ。私は、天才だ。あはははははははははは」

胡桃は、大笑いすると、何もなかったところから、俺の形をした。人形が出てきた。右手には、大型の拳銃を持って……

「あはははは!お兄ちゃん!あそこにいる廃品をぶち殺しちゃって」

「ああ、お兄ちゃんに任せな。胡桃」

そう言うと、俺の姿をした人形が俺に銃を向ける。

「恭也!」

黒川は、俺の形をした人形に攻撃しようとするが、黒川から炎や氷は、一定の距離からは跡形もなく消えた。

「あはははははは、無理だよ!この空間は、私の都合のいいように改ざんしたの!さすが私!これで、もうおねえちゃんは、ハイパーセンスをここでは使えないよ!あはははは、お兄ちゃん、胡桃を褒めて!頑張ったよ!私!」

胡桃は、俺の形をした人形に話しかけると、人形の俺は、優しそうに微笑み胡桃の頭を撫でる。

「流石、イケメンの妹だ。よくやった」

「えへへへ。ありがとう。お兄ちゃん。後は、お兄ちゃんの仕事。私たちの物語を始めましょう」

「そうだな」

人形は、俺に拳銃を向ける。胡桃は、人形に寄り添うように立つ。それは、アニメのメインヒロインと主人公の理想像そのままだった。

俺は、動けない。絶体絶命であった。しかし黒川は、俺の前にたち大きく手を開いた。

「させません!恭也を殺すのは、私が絶対に許さないんだから!」

黒川の抵抗に胡桃は、笑う。

「あはははははは、馬鹿なんじゃない!ハイパーセンスが使えないのに私の前に立つだなんて!死にますね!」

しかし時間は出来た。この時間があれば、俺に何ができたか。それは、現状の打開策を思いつく。その時間は、十分にあった。

考えた。俺の人形には、どこまで、俺と同じ意思が模倣されているか。恐らくそれは、俺と黒川さんが再開する前までの過去の自分。それに、今の状態を通常とするよう、胡桃の能力で錯覚されている状態。

そう仮定すれば、攻略方法は、ひとつある。

「おい!胡桃の隣にいるイケメン!」

「なんだ」

「イケメンだったら、最後に俺の遺言聞いてくれるよな!」

「きょ……恭也!あなたもしかして諦めたのですか!そんなの私が……」

俺は、黒川の手を引きアイコンタクトを取り伝える。俺は、決して諦めていないと。

黒川は、どこまで理解しているかは、分からないが、押し黙ってくれた。

「胡桃……」

俺の人形は、くるみに指示を仰ぐ。

「まあ、無様な最期を遂げるのは、私たちが知っているんだから、いいと思うよ。喋らせれば……」

「わかった」

よし!チャンスだ。俺は、すかさず質問する。

「なあ、俺!知ってるか、肩に残ってる犬の噛み傷!」

「知ってる。これは、俺が野犬に噛まれた時の傷だ。それがどうした」

乗った!俺の人形が俺の話に乗ったことを確認すると、俺は……隠したかった……というかさっきまで忘れていたことを人形に教えてやった。

「これ!俺が、大好きだった女の子……マリアを守るために作ってしまった名誉の勲章なんだぜ!かっこいいだろう!」

「きょ……きょうやややや!」

最大の告白。隠したかった小っ恥ずかしい事実!黒川……もういい。これからの生活を選んだ俺が、前の俺みたいに好きな女の名前くらい呼んでやろう!

俺の意思で!

……顔を赤くしてぶっ壊れているマリアに関しては、今はスルーだ。

「俺の好きな奴?マリア……?」

「は、バカ?最後の言葉は、私以外への告白なんて、流石廃品!思考まで廃品ですか」

「は……思考が廃品なのはどっちかな!」

俺は、胡桃に笑顔を見せてやる。胡桃は気づいてていないようだが、人形の俺には、明らかに異変が起きていた。

「マリア……?孤児院……?犬……?ぐっなんだ、頭が……頭が割れるように痛い」

考えた通りだった。人形の俺は、歪められた過去を思い出そうとして、頭痛を催し、その場で蹲ってしまった。

「ちょ……廃品!お兄ちゃんに何をしたの!」

驚く胡桃だが、簡単だ。黒川に会ってからことあるごとに、俺は頭痛を催していた。

引き金は、過去の記憶を思い出そうとする瞬間。

もし、人形が俺のそのままのコピーだったら、過去の記憶を思い出そうとして激しい頭痛に襲われるはず!その頭痛は、気を失いそうになるほどの痛みであるのは、俺が身を持って知っているからな!

「というわけで没収だあぁぁぁぁ!」

俺は、全力で、人形の俺に飛びかかり拳銃を取り上げる。

「くそ!なんでだ!俺も、お前も全く同じの個体だろう!なんで……なんで……お前の方がかっこいんだよ……オリジナル」

押し倒された人形は、抵抗しようとしながら、俺に恨めしそうな視線で聞いてくる。

「……そんなの、決まってるだろう。俺には、心の底から守りたいって思える。女の子がいるからだ」

「それなら俺にだって……」

「それは、本当にお前の意思か?少なくとも同じ個体と主張するのなら、俺の言いたいことは、分かるだろう」

俺は、人形に対して、自慢げに言ってやると人形は、諦めたように抵抗を辞めると、清々しい笑顔で、俺に言った。

「あー、負け負け……すまん、胡桃、俺は、オリジナルの俺より劣っているみたいだわ」

そういい、人形は、土くれに戻っていく。

「なんで……なんで!廃品が残ってお兄ちゃんがいなくなったの!?おかしい!ありえない!」

ヒステリックにわめく胡桃、感情のおもむくままに怒る妹に俺は、ドヤ顔で言ってやる。

「うーん兄として、ひとつ言ってやろう。勝ちたいなら、そんなチート使わないで正々堂々かかってこい。胡桃がズルをする限り、お前は勝てないんだよ」

「うるさいうるさいうるさい……あぁ……うるさいんだよぉぉぉぉ!……痛!」

しかし、胡桃の狂騒を沈めたのは、俺ではなく、マリアであった。

「姉としても、言います。恭也には、絶対に誰も傷つけさせない。私が、恭也の代わりにあなたを本気で怒ります」

その目は、血が繋がらない妹を諭すような目である。

「バカだね、お姉ちゃん。アンタ、たった今、私を許すとか言ったんだよ。なんでそれなのに怒ってるのかな?言葉には責任を持たないと」

「私が今怒っているのは、胡桃の行為ではなく。自分に都合が悪いと感じたら怒るその癖です。いいですか?胡桃は、なんで最後までもっと足掻こうとしないのですか?恭也が好きなら、ズルなんてしなくたって勝ち取れます。なんでズルをするのですか?」

ぽかんとする胡桃。

しかしその表情は、最初のように、狂気を演じた笑いでもなく。狂気を演じた怒りでもなく。胡桃の邪悪な雰囲気は、消え失せ、本気の悲しみと羨みからくる涙であった。

「ずるいよ……なんで、血が繋がっていたら異性に好きって言えないの?なんで、孤児院にいた時から、お姉ちゃんは、女の子で見られていたのに、私は、妹としてしか、お兄ちゃんにしか見られないの?私がどんなにハイパーセンスを使ってもお兄ちゃんは、私を妹しか見ないんだよ……ずるいよ、ズルい力を使ってもお姉ちゃんに勝てないなんて」

そう言うと胡桃は、かがみ込んで泣き始める。

しかし、それを見ても、マリアの表情は、変わらず。姉のように優しく厳しい顔になっていた。

「ずるいなんて、私が言いたいです」

「なんでさ!私が絶対に手に入らない物をお寝ちゃんは全部持っている癖に!」

胡桃の目には、大粒の涙を流す。それに釣られてか、マリアも泣き出した。

「ずるいんですよ!恭也は、あなたの能力で忘れていたのに、同じように能力を使った胡桃は、恭也に忘れられていないんだから!」

「私は、お兄ちゃんに忘れて欲しかった!」

「私は、恭也に忘れて欲しくなかった!なんで、同じように過ごしたのに!恭也は、私のことは、忘れてあなたのことは、しっかり覚えているの!ずるい!私がお泊まり会の時どれだけ寂しかったか分かる!?家族だったはずの人たちに忘れられていた気持ちがわかるの!?私、楽しかったけれど悲しかったんだから!」

マリアは、もうその時には、記憶を思い出していたのか……そう思うと、後悔もあるが、それ以上に酷いことをしてしまった。

あの時、俺は、マリアを客扱いをして、もてなしてしまった。そんなことを思い出してかマリアも胡桃と同じようにかがみ込んで泣き始めてしまった。

「ずるいよ……ずるいんだよ……お姉ちゃん……」

「あなただって……胡桃ちゃんの方が……胡桃ちゃんの方がずるいよ……」

……姉妹喧嘩の終結といえば、耳障りはいいが、なんというか。俺、なんか申し訳無さ過ぎて、今すぐ泣きたい。

とにかく、俺は、二人が泣きやむまで待つことにした。

「恭也。どんまい」

「め……芽唯!いつの間に目を覚ました!」

俺の肩を叩き慰めてくれたのは、先程まで気を失っていた芽唯だった。

「なんか、胡桃とマリアが泣きながら喧嘩してるところで目は覚ましたんだけれど、起きたら気まずいかなと、気をきかせた」

「無駄に気を利かせないでくださいよ!」

……芽唯がなんだかんだ一番状況を見れていたのではないだろうか。とにかく、今になるまでの経緯を芽唯に話しているうちに胡桃とマリアは、気がつくと泣き止んでいた。

しかしさっきみたいに、シリアスな雰囲気は、少し影を見せてくれていた。

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