十章 鬼畜ナルシストはいまここに

 目が覚めると、そこは、夕日が指す保健室。先程のような感覚な違和感は嘘のようになくなっていた。

そして、あたりをベッドから動かず首だけ動かしあたりを確認すると、俺の手を握ったまま寝ている黒川がいた。

「映画かよ……」

「……ん」

俺が体を動かしたことによって黒川が目を覚ます。そして、俺を見るや否や突然泣き出した。

「よかった……良かったです……いきなり倒れるものですから……その……その……」

「あー、そのなんだ。すまんな。いきなり倒れて……」

俺は気まずそうに、頭をかく。いつもの照れ隠し罵倒とは違うからか、調子が狂う。

「あの、黒川さん。泣かれると、イケメンでも困るのですが」

「うるさい……すこし……反省してください」

「は……はあ。まあ、いきなり倒れたのは謝るよ。まあ、なんだ。申し訳ない」

「そうですよシスコン!水上くん倒れた後まで、胡桃ちゃんのことをつぶやくだなんて」

 胡桃……妹の名前を聞いて、思い出したことがある。最近よく見る。不思議な夢のことである。いつもは、寝落ちした時などによく見ていたのだが、今回は、なんの前触れもなく起こった体調の変化と同時に夢の続きを見ていた。こんな不思議な現象。もしかしたら、黒川なら知っているかも知れない。俺は、恐る恐る夢のことについて、聞いてみた。

「なあ、ハイパーセンスって消えることは、あるのか?」

「何を突然……消えるわけがないじゃないですか。この力を昔、こういった人がいます。『消えない呪い』と」

泣きながらも聞かれたことにしっかり説明責任を果たす黒川は、正直ものすごく真面目なんじゃないか?

「そうなのか。これは、アホみたいなおとぎ話なのだが」

俺は、くだらない前置きを置くと、黒川は、真剣な眼差しで俺の話を聞き始めた。

気がつくと黒川涙は、少し収まってきていた。いや、未だに動悸は止まっていないが

「俺は、夢を見たんだ。胡桃と俺は、ハイパーセンスが使えて、俺が格好良く、胡桃を助けるっていう夢」

「なんですか……そんなの……夢です」

「そうなんだが、この夢は、不思議なんだ。前に黒川さんと映画見に行った時も今日みたいな感覚に襲われたんだ。あの時はまだ、症状が軽かったけれど」

「そうですね……」

黒川は、何かを考え込んだ。

しかし、あまりに不自然なことがあったからこその質問。黒川は、何か知っていてもおかしくない。

だってこの症状は、黒川と会うときに最も起こる症状だったからだ。

「やっぱり気のせいですよ……うん、馬鹿だなぁ……恭也くんは……」

なんだか、寂しそうに笑う黒川。その顔は、本当に悲しそうでそしてどこか自分攻めているような顔で……どうしたのだろうか、しかし、そんなことより驚いたのは、俺の呼び名についてである。

「ん?黒川……俺のことをいま名前で呼ばなかったか?」

「!?あれ……そんな訳無いじゃないですか!私は、水上くんと友達です。しかしそんな、ファーストネームで呼ぶような仲ではないじゃないですか!」

夕日のせいなのか、妙に顔を赤くして慌てて否定する黒川。涙は怒りのような表情に変わり。

「いや、呼んだ。俺に……恭也きゅん、カッコイイ抱いて、そして結婚してキュンキュンって絶対に言った。俺のことがカッコイイからその気持ちは、分かるが、流石にいきなり告白されると、俺のファンも悲しむから、愛の告白は、もっと慎重にするべきだぞ」

「そんなこと一言も私は、言っていないじゃないですか……脳みそ腐っているのですか!」

「いや、言葉には、責任を持つべきだ。俺は、絶対に聞き逃さない。自分に都合のいいことは」

「いや、都合がいいように解釈してる時点で……」

「それが俺の美学だからな」

都合のいいことは、自分のアドバンテージになるし、都合の悪いことは、シャットアウトするのが、ポジティブに生きる秘訣……って胡桃や芽唯に言ったときは笑われた。

しかし、黒川は、しっかりと反応を返してくれるからか、やはり、誰よりも冗談を話して楽しい相手でもある。

「やっぱり、水上くんは、馬鹿です……はぁ……そういう所は、変わってないのですね。ここ数日で、変わったかもしれないと思ったのに」

そして、次は、呆れるようにため息をつく黒川。泣いたり、怒ったり、呆れたり。信号機のように表情が変わる黒川。

「俺は、常に自分に自信を持っている。何をやっても俺は、失敗しないし、俺が間違えていてもそれは、しょうがないから忘れる。次しなければいいし……つまり、俺は、こんなに崇高な考え方を出来るのだから、変わる必要はない」

「まぁ、こんな馬鹿なことも、聞けるのもいいのですが……やはり、ツッコミに回ると頭が痛くなってしまいます」

「バカじゃないぞ。バカは、黒川だろう。しっかりノートとっているくせにあそこまで勉強ができないのは、少しやばいぞ」

「べ……勉強のことは関係ないです!今は、性格的なことを言っているのですよ!」

顔を真っ赤にして、言い返してくる黒川、今度は、夕日効果とか関係なく、本当に顔を真っ赤にして怒っている。

「ふふ、性格もすぐに暴力を振るうからな……馬鹿かも知れないぞ、黒川も」

「本当にああ言えばこういうんですから!」

「まあ、それが、俺だ……そういえば本題なのだが」

俺は、倒れる前のことを思い出した。黒川が、俺の家に泊まって、料理をしてくれる話。くるみの手料理を一日食べられなくなるのは、不服だが、それは、黒川が胡桃と一緒に料理を作れば解決するし、個人的に俺の友達が家に来れば胡桃も喜ぶ。

それなら、黒川を家に止めてもいいと思ったのだが……うん、どんなにイケメンでも、異性をうちに泊めるのは、恥ずかしい。芽唯は、もう家族みたいなものだし恥ずかしくないのだが黒川さんは、別だ。

だって、お前仮にも学園のアイドルですよ。普通に緊張するよ。俺だって、イケメンを自称する前にただの男なんだから。

「本題?それは、夢のことですか?」

しかし、俺の意図を汲まない黒川。なんとなく、いつも黒川が俺に呆れたというのがわかる気がする。

「やっぱり黒川は、お馬鹿だな」

いや、違うだろう俺!照れ隠しでそういうこと言うんじゃないよ!また、話が、意味のわからない方向に飛んでいっちゃうよ!

「誰が、お馬鹿ですか!私だって本気を出せば……多分……すごいのですよ!……恐らく」

「なんでそんな自信ないように言うんだよ」

「だって!やっぱり自信なくなりますよ!私だって、自分でポンコツだと自覚くらいは、しているんですから!」

……いい加減自分の臆病さに嫌気が差す。たかだか、女の子を家に呼ぶだけ、やましいこともないのになぜ、話を脱線させようとする俺!

「まあ、でもあれだ……その……」

「なんですか。水上くんがはっきりしないなんて珍しい。無駄に自信家で、無駄に物事をはっきり言うような人なのに」

そりゃ!ドキドキしますわ!だって女の子を家に泊まるように誘うんですよ!昼休憩の時の俺なら、スパッと言えたのだがここに来て、なぜ迷う……

しかし、よくよく考えたら、黒川にドキドキするようなイベントは、今まで俺の中では、発生していなかったはず。

そう考えるとなんだか、なんで、俺はドキドキしたんだろう……。

そうだ、はっきり言おう。

「黒川、うちに泊まれば……その、料理の代わりに俺も勉強教えるよ。黒川に……」

俺の発言に驚いたのか、黒川は、今度は、また恥じらいの表情に戻り突然もじもじし始めた……本当に信号機みたいなやつだ。

「さ……さっきのこと覚えてくれていたのですね」

「都合のいいことは、覚えているからな」

「あはは、水上くんらしいです。変わらないほうがいいかも知れないですねそういうところ」

「だろ。俺のいいところだ。覚えておくといい」

「はいはい!そうしたら、私も気合を入れないと」

「そうだな。これから、成績を上位まで底上げするんだからな」

「ヴェ……そんな私は、いま成績も、下から数えれば一桁なのにそこまで」

そこまで成績が悪かったのか……想像通りではあるが、改めて聞くと驚いてしまう。

「何を言っている。この俺が教えるんだ。そのくらいは、成績が上がってもらわないと」

「水上くんの鬼!鬼畜!ナルシスト!」

「ははは、文句は、事務所を通してもらおう」

こうして、俺と黒川の一日は過ぎ去っていく。結局約束は、週末の休みになり、買い出しから始まることになった。

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