第6話 盗まれた
空に星が散らばる夜。
暗い中佇む、王都から少し離れた所にあるルーディン伯爵邸。
とうとう予告の日になってしまった。
私は当然、今回も怪盗を捕まえるために呼ばれた、というよりは自分から出動した。
私の他にも女性が3人。
娼婦の美女、未亡人の奥様、そして。
先日、城で舞を踊った花形舞妓のキャシーである。
なぜ、彼女がここにいるのか、というと。
それは、2日前に遡る。
私は叔父様に、美女を呼ぶ相談を受けたのだが、面倒くさかった私は適当に、叔父様が美女と思う人で良いのでは?と返してしまった。
夕方、叔父様が美女が集まったので来てほしいと伝書鳩を寄越してきた。
仕方なく立ち寄って美女を見てみると、
私は、叔父様の美女の感覚が他とはズレていると、やっと気づいたのである。
綺麗な叔母様は美女かと聞いてみたら、違うと答える。
私は美女かと聞いたら、そうだ、と答える。
つまり、言いづらいのだが私しか美女を美女とは思っていないのだ。
他は周りがいくら美女だと言っても、何処が?と叔父様は取り合わない。
これでは美女は集まらない、と私が変わりに集める羽目になった。
翌日、早朝に二人は見つけ、後1人となった。
この時にもひと悶着会ったが割愛させていただく。
もし、万が一いや、億が一にも私が百合だと思われるのは心外だからだ。
そして、その1人は今日の仕事後に探そうと中断したのだった。
仕事も終わり、帰りながら美女を探していたら、道端で美女の集団を見つけた。
その中に一段と綺麗な女性が目に止まった。
何処かで見たことがあると思ったら、キャシーと呼ばれたあの舞妓だった。
キャシーは稀に見る美女だ。
それは、城に集まる他国の美女を見ている私が言うのだから間違いない。
折角だ、と思い、頼んで見ると快くOKをしてくれた。
と、いう訳で彼女も怪盗を捕まえてくれることになったのだ。
「お願いを聞いて頂き有難う御座います。本日はお願いしますわ、キャシーさん」
私はキャシーに近づき、お礼を言う。
「やめてください、シェルナリア様。今日は頑張りましょうね」
キャシーは白い歯を見せて、にっこりと笑った。
「はい」
私は胸がほっこりとした。
「もうそろそろ、ですね。持ち場に着きましょう」
持ち場とは、娼婦と未亡人の二人が入り口付近。
キャシーが窓の下。
私が宝石ケースの下である。
目指せ、怪盗ステラを捕まえろ!
ボーン、ボーンと広間の時計が時刻を知らせる。
バンっと扉が開き、冷たい風が吹き抜ける。
頭上で音がした。
盗られる、と思い、ケース下の側面から手を広げ、突進する。
ドンッ、と何かにぶつかった。
やった!捕まえた、と思い顔を上げると、目の前には仮面が一杯に広がった。
怪盗ステラが私を抱き止めていたのだ。
仮面の奥の蒼がかった浅黄色がこちらを覗いて来た。
「すみません。女性達は寝かせてしまいました」
耳元で声が響く。
かあっと顔が熱くなる。
今、私の顔は真っ赤だろう。
周りが真っ暗で良かったと思った。
「……離して」
やっとの思いで腕を動かし、彼の腕から出ようとしたが、彼は離さない。
これ以上は心臓が持ちそうになかった。
どちらの心音か分からないほど近い距離。
必死に腕や足を動かし、今度こそやっとの思いで腕の中から抜け出て、ケースの下に戻る。
「なぜ、貴方が私を抱き止めるのよ」
息を整え、尋ねる。
「抱きしめたいと思ったからです」
「はぁー?」
言葉遣いが荒くなったが気にしないで欲しい。
私はまたもや顔が熱くなった。
不可抗力である。
「ふふ。可愛いです。シェルナリア様、こっちへ来て下さい」
「嫌よ」
「そうですか。残念です」
ほとんど動かない表情。
でも、少しだけ分かる。
彼が笑っている、ということは。
「何を笑っているのよ」
「いやいや、可愛いなって」
彼は可愛いを連呼するが、私はむしろ
そんなつもりは無いのだろう、というのは分かっていたので、口には出さなかった。
「悪って何?」
思わず口に出たのは、先日彼が言った動機。
彼は目を鋭くした。
「俺のこと、気になるの?」
いきなり、敬語を外し、ふふっと笑いながら目を鋭くし、茶化すように言う彼。
私は真面目な顔を変えない。
変えてはいけない。
彼の雰囲気に飲まれてしまいそうだから。
「ええ、勿論。なんたって、あの、怪盗ステラですもの」
少し、声が震えた。
「そうきましたか。まぁ、良いでしょう。いずれ、貴女を頂きに参りますよ。御準備を」
ふふっ、と笑いながら話し、私を頂く、と
準備をしろ、とも。
彼は立ち上がり、入ってきた扉へと向かっていった。
私は駆け寄って、捕まえて、それで、これ以上被害を出さないようにしなければならない、と思いながらも、どうしてだか捕まえたくないと思ってしまっていた。
彼の腕の中が暖かかったからだろうか。
今まで、本当の意味で守られる事は無かった。
誰もが、私という器を守っていた。
でも。
彼だけは、私の器から溢れ続けていた水を受け止め、また戻してくれるような気がしたのだ。
いつの間にか、宝石は盗られていた。
私はまた、怪盗ステラを捕まえることが出来なかったのだ。
熱を帯びた顔を怪盗ステラが出てった扉から入る冷たい夜風が冷やしていく。
☆★☆
「キャシー。貴女が何故あそこに居たのですか?」
bar 《オスクリタ》で、赤みがかった黒髪の男が低くドスの効いた声を出した。
女はキャシーという名前なのだろう。
「あら?言ってませんでしたか?私、捕獲を頼まれたんですよ、女王様に」
女はグラマラスな体を男へ向け、近くにあった木製の椅子に腰かける。
足を組み、男を伺うように見る。
「貴女がいて驚きました。危なく、睡眠薬を嗅がせる所でした」
無表情で危ない事をいう男。
「嘘つけ。気づいていた癖に何言ってるんですか」
その間も男は顔色を変えなかった。
「まぁ、良いですよ。貴女は俺から離れられないのですからね。すみません」
ふっ、と女は笑い、男の頭を撫で回す。
男は嫌がり、女を振り払う。
「何を今さら。これからに期待しています。私を早く結婚させてくださいね」
こくり、と男は頷いた。
☆★☆
盗まれた宝石は取り戻せず、伯爵は気落ちしていた。
本当に大事な物だったようだ。
その後、お見合いは
伯爵の次男はやはりたらこだった。
好い人そうではあったが、話は専ら料理のことばかり。
仕事も料理のことしか出来ないらしく、結婚したとして私が助けられるというのは無さそうだ。
残念ながら。
私はお見合い中にも関わらず、怪盗ステラの事を思い出しては赤くなったり青くなったりと百面相をしていたようで、どうしたのか聞かれたときの理由を捻り出すのに苦労した。
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