第5話 再び怪盗
今日は叔父様の家を訪れていた。
なんせ、3日後にお見合いがあるのだから。
叔父の正式名称はリオナルド・スヴィノア。
スヴィノア伯爵家の
広々とした屋敷には、リオナルド叔父様とスヴィノア伯爵夫人のメアリー、そのご子息で跡取りのガストール、ご息女のケリー、それから、使用人達が住んでいる。
本来ならば、リオナルド叔父様は侯爵家として一代の富を気づくはずだった。
しかし、叔父様の母君である、お祖父様の後妻である、いわば血の繋がりはないが家系図上はお祖母様の実家である伯爵家に跡取りがいないということで叔父様がそちらに行くこととなったのだ。
初めは王を狙っているのでは?と噂されたが叔父様の体の弱さと、お祖母様の謙虚さがそのような噂をを掻き消した。
父は早くに亡くなった実の母である、ジェリー王妃よりも後妻のファミニ王妃を大切に思っていた
お祖父様が亡くなった時よりもお祖母様が亡くなった時の方が父にはダメージを与えた。
幼い頃より厳しい父よりも殆ど知らない産みの母よりも、ファミニ王妃は父に、というよりは子供達に寄り添って居られたのだ、と分かる。
彼女は謙虚な上に優しく、何より子供を愛していたのだ。
スヴィノア伯爵邸の庭には数種類の薔薇が咲き乱れていた。
典型的な貴族のお屋敷、である。
「おー、良く来たな、シェルナリア」
叔父は体調が優れないのか、青白い顔でテラスに設置された椅子に腰かけていた。
傍らには優しく笑う、メアリー叔母様。
母親を早くに亡くした私からしたら、メアリー叔母様は第2の母のような存在だ。
父で言う、ファミニ王妃のような。
近くに寄り、側に仕えていた執事の引いてくれた椅子に座る。
「今日は、ドレスを仕立てて行くのでしょう?」
叔母様が優しく尋ねてきた。
「ええ。そのつもりですわ」
もとより、長居するつもりは無かった。
今日は仕事を王宮に沢山残して来てしまったからだ。
屋敷の中に入るとこれまた大きなシャンデリアが歓迎してくれた。
レッドカーペットが敷かれた階段を上り、廊下を歩き、突き当たりの衣装部屋へ移動する。
この世の色という色を集めたかのような沢山のドレスが部屋中に並んでいた。
それでも、まだスペースは有り余っているため、部屋の広さが伺い知れる。
貴族専門の仕立て屋が待ち構えていたようだ。
白のワイシャツに黒のベスト姿の男性と女性がいた。
二人にアドバイスを貰いながら、叔父様と叔母様は私にドレスを着せてくる。
何十種類という数のドレスを着させられ、原案を提示し、二人の仕立て屋に頼む。
その作業が10回にも及ぶ、といったとき、やっと仕立てが終わった。
明日には出来上がっているらしい。
流石、貴族御用達の仕立て屋だ。
仕事が早い。
仕事が大変なことを私は知っている。
仕立て屋が今夜中に作れるのは寝ていないからだ、と言うことも。
申し訳ない、と心の中で謝っていた時、姿を現したのは、ルーディン伯爵家現当主だった。
「あ、リオナルド、助けてくれ。
慌てた様子のルーディン伯爵様は、乱れたお姿を直す暇すら無さそうに、駆け寄ってきた。
「……怪盗ステラだ」
「……え? 」
怪盗ステラからの突然の招待状。
───────
3日後、
怪盗ステラ
──────────────
「本物ね」
私は、その筆跡をみて言う。
なぜ、ルーディン伯爵家なのか。
ルーディン伯爵家は正統派で有名だ。
領地もきちんと整備されているし、特産で領地を盛り上げてもいる。
そんな彼が悪事を働いているとは、到底思えない。
念のため審査官が家宅捜索に入るだろうとは思うが。
叔父様も、伯爵の人格には惚れ込んでいたようだ。
まぁ、挑むしかない。
怪盗ステラとの、2度目の対決である。
私は3日後という言葉に引っ掛かっていた。
何か予定があったように思えるのだが、さっぱり思い出せない。
「お見合いの日じゃないか」
叔父様が大きな声で言った。
怪盗ステラのやつ、と手をギリギリと握りしめている。
そうだった。
3日後はこの、ルーディン伯爵家の次男とお見合いをする日だった。
だからこそ、ドレスを仕立てて貰いに来たのに、主旨を忘れていた。
潰れてほしいと密かな願いを込めて叔父様を見た。
「中止ですわね、あなた」
残念そうに言う叔母様。
なんと、叔母様もこのお見合いに賛成の様子だ。
しかし、何と運の良いことだ。
神様が味方してくれている。
このままお見合い話が流れてくれないかなぁ、なんて思っていたのだが。
「いやはや、タイミングが悪いですな。では、お見合いは怪盗ステラを追い払った後にしましょう。1週間後はどうですかな、ルーディン伯爵殿」
叔父様は何事もないように言ってのけた。
私の野望は叶わないようだ。
「あぁ、ありがたい!こちらとしても、このご縁、無かったことになど出来ないと思っておりました
と、ルーディン伯爵も野望たらたらに、息つく暇もなく二つ返事。
これぞ、貴族社会。
ゴーン、と街の広場で鐘がなった。
5時を知らせているのだ。
「叔父様、私、これから仕事が残っておりますの。お先に失礼させていただきますわ。では、ルーディン伯爵様も、1週間後に」
仕方がない。
叔父様には世話になっている。
「ああ、またな、シェルナリア」
叔父様のその言葉を最後に私は体を
空は曇ったような色をしていたが、東の空にうっすらと光が差していた。
「さてっ!仕事をしなければ」
うんっ、と1人で頷き、到着していた馬車に乗り込むと馬車はゆったりと進み、城へと向かっていった。
☆★☆
薄暗いbar 《オスクリタ》では、黒に見える灰色の髪の女と、赤みがかった黒の髪の少年とも言える男が言い争いをしていた。
「ねぇ、ちょっと、団長!ルーディン伯爵家は悪事をしているという情報は入ってきていませんよ。なーに、勝手に予告状を送ってるんですか!」
その女の言うことは最もだった。
これまで、予告状を送る家は要相談し、決めていたからである。
「すみません。予想外の事が有りまして。所で、もうバレてしまったのですね。何処から聞いたのですか?」
女はふっ、と笑い、顔に垂れた髪の毛を耳に掛けながら言った。
「ちっちっちっ。女性を舐めては行けませんぜ、少年」
ニヤリ、と笑い、見下すように先程は"団長"と言っていたのを、"少年"と直した。
「そうですか。でも、別に女性を舐めていたわけではありません。そしてその、少年、というのもやめてください。実際、貴女の方が歳は6つも上ですが、私は少年ではありません」
男は嫌そうに顔を
「何言ってるんですか。お見合いが決まったからって、むきになって予告状を送ってしまう馬鹿は少年で十分ですよ!そして、私をババア扱いしているようですので、言っておきますが、私はまだ20歳です!それに、その言葉遣いはとても殊勝なことですが、なぜここでもやるんです?今までは違っていたでしょう?」
堂々と年齢をばらし、胸を張る女。
「
この国での婚期は15~19歳。
それは、二人のいた国でも同じだった。
女は微笑ましく思いふふっと笑ったが…。
聞き捨てならないことが聞こえたので言い返す。
「そ、それは、そうですけど。って、団長は相手が居ないじゃないですか」
「いや、います」
男が堂々と言う。
「誰ですか?」
恐る恐る、女が聞く。
「シェルナリア」
「はぁ?高望みも程々にした方が良いですよ。相手にされてないじゃないですか。それに、団長の方が年下ですし」
女は知っていたが敢えて呆れたような顔をした。
男を諦めさせようという魂胆がなきにしもあらずだったからだ。
「そんなことないですよ。絶対に」
男は言い切る。
決意が固いことは知っていたがこれ程とは、と思う。
男は言ったら絶対に実行する。
それは、それを為せる程の力を持っているからだ。
「大変ですね、女王様」
─────女の呟きは、届かない。
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