第4話 旅芸人

豪華絢爛ごうかけんらんの王宮。

沢山の人々。

美味しい料理。


その全てが、本当に欲しいではない。


私が本当にほしいのは────。


☆★☆


「今日は旅芸人に来ていただく予定です」


侍女長のナナが、朝食の時間に予定を読み上げる。

ナナは父の代から長年私たち王家に使えてくれており、大切な侍女であると共に私の乳母でもある。

侍女とは私達の身の回りの世話をしてくれる謂わばメイドのことである。

王城の侍女は約100人。

昔は120人程いたのだが、王族の人口が減少したため、減ってしまった。

そんな侍女にも試験があり、内容は専ら実技である。

掃除、洗濯、給仕が主な仕事である。

試験が合格しても、厳しい面接を受けなければならない。

しかし貧富は関係なく、誰もが受けることが出来る。

そのため希望者は絶えないという高難度の職業である。

侍女は昔から仕えていたものはそのままにしてある。

信頼があるものを残した形だ。

侍女の他にも執事がおり、侍女と概ね変わらないが、こちらは男性主君に仕えている。

今は私だけが王族なため主人には付かず、緊急な来客の接待や書斎での手紙の分別、銀食器の管理と手入れ、屋敷の戸締まりが主な仕事となっている。


ナナは侍女長という役職についており、侍女では一番偉い立場にいる。

そして毎朝私に今日の予定を聞かせてくれる。

のだが、彼女は言った。

〝旅芸人〟と。

寝耳に水とはまさにこのこと。

いつの間に決まっていたのか、今日は旅芸人が来るようだ。

私は口の中に詰め込んでいた食べ物を急いで噛んで飲み込む。


こうしてはいられない。

早く仕事を終わらせて、旅芸人を観賞しなくては。


黙々と朝食を口に運び、食べ終えると、私は急いで書斎に向かった。

年若い、16の少女が書斎で仕事をしているなど、普通ならあり得ない。

同い年の子女は、社交界デビューをし、婚約者を探していることだろう。


私はそれができない。

いや、したかった訳ではない。決して。

でも、もし、あのとき、こうだったら。

ああしていたら。等と下らないことを考えてしまう。

考えたとしても、今が変わることなど決して無いのに。


私は気合いを入れるために、頬を両手でおもいっきり叩いた。

頬はきりきりと痛むが、先程の考えは吹き飛んだ。


よし。仕事をしよう!



☆★☆


女王シェルナリアは賢かった。


4歳になる頃には文字を習得し、7歳で政治や経済を学び、9歳にして、社交界のマナーまでも完璧にした。

そして、10歳から入った国立聖デルジェナ学園では6年の学習期間を3年という早さで卒業した。


幼い頃から才女の片鱗を見せていた私を、誰もが男だったら、と惜しんでいた。


シェルナリアもそれには気づいていたから、女でも出来るのだ、というように全てを完璧にこなすようになっていた。

だからこそ。

シェルナリアが女王として、今ここにいることは必然であった。


神はこうなることを予期していた。

いや、こうなるように仕込んでいたに違いない。



☆★☆



────────

おいおいと泣きし、


今は亡き方よ


私の心は今もなお


あなたを忘れることは出来ぬ


桜が舞う


私の頭上で


私の涙のように


あなたと合えたのは一瞬の瞬き


されど、一生の輝きなり


──────────


「す、素晴らしい!」


旅芸人とは舞妓一座の事だった。

悲しげな歌と共に舞妓が舞う。

ふわりと翻る服がなんと妖艶なこと。

褐色の肌にピンクの衣装、ちらりと見えるおへそ


全てが素晴らしかった。


「本日は一座シンフォニーをお招きありがとうございます。この度、披露させて頂いたのは演舞、『ディモーア』でございます」


前に出て来て、紹介したのは若い男だった。

肌は舞妓達よりも数段白く、後ろで楽器を弾いていた。

少し長めの赤みがかった黒の前髪が男の顔を隠す。

目元は見えそうで見えない。

演舞『さよならディモーア』はその昔奴隷として売られていた少女が皇帝に買われ寵愛されるが、本当は皇帝を殺すために何もかもが仕組まれており奴隷となっていた。少女は今か今かと機会を見図るが段々と恋心を抱き、結局皇帝を殺すことが出来ず自害するという内容だ。

儚く散る少女がなんとも切ないと涙が出そうだ。


「紹介が遅れました。私はこの一座の座長代理人のアルベルトと申します。以後、お見知りおきを。キャシー、こちらへ」


キャシー、と呼ばれた舞妓は真ん中で一番目立っていた、灰色の髪の女性だった。


「こちら、キャシーです。この一座の花形です。って言っても、女王様なので、見初めはしませんよね」


「ちょっ、だ、団長。やめてください」


「《ごめん、ごめんって。怒らないでよ》」


「《もー、思ってないですよね?いい加減にしてくださいよ》」


突然始まった、エスパル語での会話。

私は理解していた。

エスパル語は11歳の時に完璧に覚えたからだ。

なんと仲が良いのだろうかと羨ましく思う。


そんな彼らを見ていたら怪盗ステラのようと

ふと、思ってしまった。

女の勘、というやつなのか、なんなのか。

この旅芸人は、怪盗ステラと関わりがあるのではないか。


私が考えている間にも口喧嘩はヒートアップしていく。

と、いっても、キャシーが一方的に言っているだけなのだが。


止めようと思ったときには、遅かった。

止め方がわからないのだ。


私は今まで喧嘩等、したこともない。

いつも、人の気持ちを読み取れるから、喧嘩しない方を常に選んできた。

喧嘩にならないように仕組んでも来た。


だから、だ。



「やめんか、二人とも」


突然響いたのはしゃがれた、老人の声。

振り向くと、入り口に一座の長らしき女の人がいた。

長と思ったのは首から下げているエンブレムが一座を示していたからだ。

エンブレムは一座に1つあり、持ち主が座長を表している。


こちらにきたのは褐色の肌に黒の瞳、黒のさらさらの髪、しゃがれた老人のような声音からは到底想像できない、30代くらいの女性だった。


「座長」


始めに口を開いたのは、代理人のアルベルトだった。

いつまでたっても、前髪の下が見えないので、気になる。


「女王陛下の御前であるぞ。下らぬ喧嘩等、他所でやれ。申し訳ありません、女王陛下。此度、宮廷に参上出来たのは、どれもこれも女王陛下のお力添えがあってのこと。我ら、旅一座シンフォニーは、心より感謝致します」


膝をつき、座長が言う。


正直、こんな小娘にそこまでしなくていいのに、とは思ったが、口に出し、後ろに控えている侍女の怒られたらたまったものではないので、黙っていた。


そして、先程は本当に助かった。

アルベルトは気づいていたようだったが、座長が声を掛けなければ、二人は斬られていただろう。

脇にひかえる騎士が動き出そうとしていたから。


私が口を出せば、何かしら処罰を与えなくてはならなくなるので、座長に言ってもらえて本当に助かったのだ。


「ありがとうございます」


私の感謝の言葉に座長とアルベルトは目を見開いたが、キャシーは何も反応を示さないので気づいていないようだった。

二人して笑みを浮かべている。


思いは伝わったようだ。


「今日は素晴らしかったですわ。普段、滅多に見聞き出来ない貴重な体験でしたわ。またの機会にお呼びしてもよろしいかしら?」


「はい、お待ちしております」


座長の声で演舞はお開きとなった。


帰り際、アルベルトがこちらをじっと見ていたが、どこかで見たような妙な思いが漂っただけだった。


☆★☆


「全く!二人して何をしてるんだ。女王陛下が賢くて良かったな。命拾いしたぞ」


暗い路地裏を通る10数人の影。


「キャシーが悪い」

赤みがかった髪の男が自分のせいではないと言う。

が、しかし、その口許は笑っている。


「だ、団長があんなこと言うから」


キャシーと呼ばれた女性が唇を尖らせながら、反論する。

が、こちらも笑っている。


「その、団長もやめろ。今はこの一座の一員なのだから」


コツコツという足音と共に10数人の影が遠ざかって行く。


☆★☆


私は、今日の演舞を思い出していた。


演舞名はディモーア。

怪盗ステラの捨て文句と同じ。

そして、エスパル語。

何かの縁なのだろうか。


またまた、謎が深まってしまったように思う。

もし、繋がりがあるなら彼らの誰かが怪盗ステラの場合もある。

気を引き締めなければ、と私は思った。



しかし、私は失念していた。


怪盗ステラの髪の色を。


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