第一章 怪盗ステラ

第1話 怪盗ステラ

どこにも、頭を悩ませる問題はあるものである。

シェルナリアは、書斎で頭を抱えていた。

それもこれも何もかも、あの大臣達と、この招待状の差出人、怪盗ステラのせいである。


怪盗ステラとは、ここ近年ちまたを騒がしている怪盗のことである。


集団でやってるだとか単独だとか話は色々あるが、やっていることは〝盗み〟。

立派な犯罪である。


それだけでは済まず、今夜、家臣の1人の屋敷が狙われているらしいと聞いた。


しかし、自業自得というものだ。

なぜなら、その怪盗は悪事を働くものの所にしか来ないという噂があるからだ。

いや、これは、事実といっても良いだろう。

実際、これまで狙われているのは、領地運営がうまくいかず増税をし私腹をやす貴族や不確定ルートから手に入れた安物を街で売る、所謂いわゆる、詐欺というものを行っていた商人などである。


そんなことも知らないのか、その家臣は『怪盗ステラをどうにかしてくれ』と私に進言してきた。

自分から悪事を働いている、と言っているようなものなのだが、余程頭が弱いようだ。


なぜ、こんな人が家臣にいるのだろうと頭が痛くなる。

ここベリル王国では家柄関係なく家臣となれるように、国家試験というものを採用している。

国家試験には2つの分野がある。

1つは、武術部門。

これは武官となるための部門であり、試験は武術、つまり腕の力で決まる。

使用する武器は人それぞれであり、片手剣を持つ者も有れば、両手剣、弓、槍等様々である。

試験はトーナメント制であり、毎年上位30人が合格出来る。

30人は何処かで面接と気づかない面接を受けさせられており、人格も見られる。

その中でも上位5人が国の最高武官である将軍と手合わせすることでその年の優秀者が決まる。

優秀者は将来武官の幹部に付くことは決定したも同然なため、本気でやる者しかエントリーはしない。

将軍と戦う事は強制ではないため、参加しない者もいる。

もう1つは文学部門である。

この試験は文官になるためのものであり、その名の通り、頭の良さで決まる。

試験はトーナメント制ではなく、大型テスト制。

国語、数学、外国語、地理、歴史、貿易等様々な分野のテストを受け、総合結果で上位10人が選ばれる。

しかし、試験はこれだけではなく、面接と言うのも行われる。

武術部門とは違い、おおっぴろげに試験内容として記述されており、誰もが対策をとってくる。

その穴をつき、合格者の人格を見ることは国を存続させていくためにも必要だと考える。

国の重要機関である幹部に裏切り者等がいれば大変な事になる。

国の弱味を他国に握られ国家として成り立たなくなる。

そうならないためにも幹部になる者は厳選に厳選を繰り返し選び抜かれる。

だから貴族だから家臣になれるわけではない。

しかし、世の中には賄賂わいろというものが存在し、それも100%とは言えない。


優秀者の中の優秀者である右左大臣は裏に何かあると感づいたようで、早速情報収集をしようと後ろで動き出していた。



怪盗ステラの対策だが、なぜか私がおもむかなければなくなった。

怪盗ステラは女性たらしだ、という噂が街を駆け巡っているため、女性を配置し捕まえたいという思惑が裏で動いているようだ。

そして、急な話だったから他の女性は準備出来なかった。

そこで身近な美女を探したが私しか居なかったらしい。

でも、『私しかいない』と私が説明すると『私は美人です』と言っているみたいであまり好きじゃないなぁ、と心の中で呟く。

やりたくなくとも、道半ばでやめると言うわけにはいかず『やってやるわ』と意気込んだ。

『睡眠は妨げないように朝に来なさいよね』と思うが、そんな自分勝手が通じるとは思っていない。

しかし、心の底で思うのは許してほしい、とひそかに思った。


「……か、女王陛下!」


心で色々な愚痴を溢していたため、誰かに話しかけられていることに気づかず、慌てて返事をする。


「何かしら、マーティン宰相」

いつの間にか、宰相で侯爵位のマーティン・オルビスが私の前に来ていた。

眉間には深くシワを寄せ、不機嫌をあらわにした顔だ。

彼は私の父シェルブー王の存命の時からいる重臣であり、右左大臣の1人だ。

昔はこの試験制度が無く、家臣達は猛勉強をし就任後に出来た試験に合格している。

右左大臣はその中でもトップと言っても過言ではない。

マーティンは試験当時53才程だったからにも関わらず元々の頭脳を活かし、余裕で合格を勝ち取っていた。

当時の試験では家臣だったのに落ちてしまった者もいた。

その人達には新しい仕事を与えることで救う手だてをしたが、大半が貴族だったため自分の領地に帰っていった者が大多数いる。

この国は彼の力無くしてはやってこれなかっただろう。


「マーティン宰相。その眉間のシワを無くし、にっこりと笑ってさしあげれば奥さまも帰ってくるのではなくて?」


彼は無愛想過ぎて奥方に愛想をつかされるという残念な方だ。

頭は良いのだが、奥方には回らないのが彼の欠点とも言える。

穏やかに笑っていれば綺麗な顔なのだが、眉間のしわによる効果でそれも台無しだ。

そんなだから、奥さまに逃げられるのだ、と暗に告げる。


「余計なお世話です、女王陛下」


私の一言で、余計に眉間にシワが寄ってしまった。

私は他にも欠点があったと思い直す。

彼は仕事人間なのだ。それも〝超〟が付くほどの。

彼が仕事人間なのは助かるのだが、雇う側としてはたまには奥様や子供たちに目を向ける必要があると思う。

マーティン宰相の奥方から毎年嘆願書が届く。

夫の仕事を減らして下さい、と。

私の一存では決められず、嘆願書も1枚か2枚だけなため対策が取れないのが現状だ。

しかし、私が1人で悶々もんもんと考えてもどうにかなるわけでもなく、マーティン宰相に先を促した。


「それで、何のようですの?」


マーティン宰相は早速話を切り出した。

今は大切な休憩時間だ。

提案で使っていられる時間は少ない。

彼もそれが分かっているからか、すぐに口を開いた。


「今日から数日間、いとまを貰えないでしょうか?」


普段はあり得ないその発言に私は驚き、目を見開いた。

何かと思えば暇がほしい、と言った。

あんなに仕事人間の彼が。

珍しいこともあるものだ。

奥方が何か言ったのだろうかと思ったが、家族との時間を作ることはとてもいいことなので理由だけ述べて貰う事にした。

これで奥方のお陰かわかるな、と少し、すこーし、考えなくもない。


「理由を述べて欲しいですわ」


「──娘の出産がそろそろだそうなのです」


婚宰相殿は御年56歳。もう少しで57だ。

そりゃあ、娘さんも結婚しているはずである。

家族で過ごす時間はとても大切だと思う。

私にはいないけど…。


「ええ、いいわ。許可願いは今ありますの?」

「こちらに」


そういって、差し出される1枚の紙。

正真正銘、これが我が国家特有の職業制度。

休暇届である。

これを提出させる国は此処だけだと認知している。

通常、休暇は週に1度は最低限取って貰うことになっている。

1年間では大体48日。

それとは別に所持できる休暇が30日~50日。

前年の使っていない休暇は2週間、つまり14日間だけ繰り越せる。

いい制度だとは思うが休みが手に入れられずらいのが本音である。

私は少しでも休んで貰えるよう、理由次第だが、判子を押すようにしている。

紙を見てみると、マーティン宰相の願い届けた期間は5日間。

これでも少ない位だ。

私は判子をつき、宰相に渡す。


「はい、了承しましたわ」


紙を受け取り、宰相も内容をよく見ている。

見終わったのか、顔を上げた。


「ありがとうございます。失礼します」


そう言って、宰相はきびすを返し、去っていった。

その後は休暇届けを管理局に提出し、受理されれば晴れて休みが手にはいる。



☆★


その日の夜。


頼まれていた通り、私は例の家臣の家で張り込みをしていた。

いくら家臣が悪事を働いているとはいえ、みすみす盗みを見逃すことなど出来ないからだ。

昼間は、広々としたダンスホールできらびやかな装飾が出迎えてくれるこの部屋も、今は真っ暗で何も見えない。

目の前には宝石。

白桜石はくおうせきという我が国でしか採れない、貴重な宝石だ。

薄ピンクが特徴的で、染め物では作ることの出来ない色合い。

さらに、東のある国では、春に咲くと言われている〝桜〟という花の紋様が浮き出ていて、それはそれは珍しいもので、3億イェンは下らないと言われている。

何故、この貴族が持っているのかというと、その昔の祖先が王家から貰ったのだという。

その証拠はバッチリと、王家に保管されている『授け物実録書』というものに載ってあるため間違いない。

しかし、この桜という物は浮き出ていたという文面は何処にも無かったため、後から加工されたのだろうという見解だ。

事実、この貴族には東の国から嫁いで来た奥方がいたようである。


ぼんやりと宝石を眺めていたら、バサッと頭上で音がし、見上げると、綺麗な赤と白と黒のコントラストが目の前に広がった。

目立つだろう、闇夜に浮かぶ、白い服。

しかし、背中に着けたマントは漆黒。

そのマントに付いたフードから見える赤。


「怪盗ステラ」


思わず呆けていた私の口から、その名が飛び出た。




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