7発め ハンバーガーとカップ麺

 静まりかえった真昼の道路を、2台の車が走っていく。

 前の車の運転手は、己の不運を嘆いていた。嫌な酔客を拾ったタクシーの運転手に近い気持ちかもしれない。ただし、後部座席の人間が素面で、知った顔で、なおかつ明確な悪意もあるので余計ひどい。

 後部座席でふんぞり返っている若い男――雅貴の口からは、怒濤の勢いで今日の仕事に対する不満が吐き出されている。


「つぅかさー。今回俺いなくてもよかったよね? あのコたちなんのために5人組なわけ? あのくらいならメンバーで後方支援まかなえるでしょ? 遠距離攻撃っぽいコもいるのに、なんでみんなして正面から突っ込んでくの? 相手うじゃうじゃいるのに俺1人で後衛とかありえなくない?」

「彼女たちはまだ経験が浅いですから、ベテランの方のフォローが……」

「あっれれー? おっかしーなぁー? 俺何度もあのコらの後ろについてるよ? 俺専属ってわけじゃないんだからもっと回数こなしてるでしょ? いい加減新人卒業じゃない? それだけ経験あって正面突撃しかできないの、単に馬鹿じゃん。迷惑なんだよ。戦術指導員に言っといてよ。今日もほら、長引いたから昼飯食べらんなかったじゃん。おなかすいた~。

 それにベテランとか言って俺のことアげてる気なの? 俺だって戦歴3ヶ月の新人さんで~す。後衛系少ないからって出撃させまくられて、しょうがなく戦績重ねちゃっただけで~す。まじ過労死ラインぶっちぎってたよね。あんたも職員ならその辺わかってんでしょ~?」

 

 運転手はもう何も言わないことにした。そうしたらしたで「無視か」と機嫌を悪くするのだが、下手なことを喋るとさらに機嫌が悪くなる。「雅貴と乗り合わせるときは気をつけろ」が職員たちの不文律であった。

 仮に一緒に乗っていたとしたら、雅貴は組んだ相手に先ほどの文句を、直接言っていたに違いない。実際にそういうことが頻発したため、雅貴だけはひとり送迎なのだ。


 単独での戦闘に向かない能力であることも、雅貴の苛立ちに拍車を掛けている。戦場の華にはなれないが、後衛としては優秀で引っ張りだこだ。

 さすがに戦闘中は(自分の命がかかっているから)相方を罵倒することはない。そのため数少ない直接の被害者を除けば、ヒーロー諸氏からはおおむね「頼りになる人」と見られていて、それもまた腹立たしいらしい。もはや空が青いのも郵便ポストが赤いのも雅貴を不機嫌にさせるに違いない。

 

 雅貴が息を吸い込む気配がして、運転手はため息を飲み込んだ。

 幸い、現場と本部はそう遠くない。

 そんなに長時間は耐えなくて済みそうだ。

 

 ***

 

 その後も雅貴はシステムスーツの通気性をなじり、自分の機動性の悪さを愚痴り、詰め所のシャワー室のシャンプーの銘柄に文句をつけた。

 本部にたどり着いて車から降りるとさすがに口は慎み、一緒に戦った女の子グループの「おつかれさまでーす」に仏頂面ながらも軽く手を挙げて応えた。女の子たちはきゃっきゃと喜ぶ。あまり話したことはないので彼女らは当然雅貴の実年齢を知らず、「同年代のカッコいい男の子」として見ているらしかった。

 彼女たちが黄色い声で笑いながら女子シャワー室に消えていったのを見送って、雅貴は肩をすくめると、自分も男子側に入った。

 なぜ大浴場とシャワー室で備え付けのシャンプーが違うのか。何度か職員に文句を言ってみたが、その理由は未だ明らかになっていない。

 

 ***

 

「……なんだこれ」

 

 さっぱりして自室に帰ってきた雅貴は、思わず声を上げた。

 玄関にいくつものビニール袋が置かれていた。これでは靴を脱いでもその先に進めない。扉が開きっぱなしになっていたリビングから直が顔を出した。


「あっ、おかえり!」

「いやいや、なにさこれ。この荷物」

「いろいろ買ったんだよ。けっこうかさばっちゃって。炊飯器と電子レンジがないのは痛いけど、ま、何日かの我慢だよね」

「は? え? これ全部日用品なわけ?」

「だってここんち、なんもなかったじゃん。でも俺料理したいし、大浴場も楽しそうだけど1人でゆっくり風呂入るのも好きだし。風呂の椅子と洗面器ってかさばるだろ。通販で良かった!」


 直は手近な袋を掴むと、中に戻っていった。毒づくことも忘れてしまった雅貴は、ずっしり重たい袋をどけて、中に入った。


「飯食った?」


 キッチンから直の声が聞こえる。

 その台詞で、雅貴はひどい空きっ腹を抱えていることを思い出した。


「他の奴とろかったせいで食えなくてさあ。超腹減った。なんか無い? すぐ食べれるやつ」

「カップ麺か冷凍ピラフ」

「麺」

「味噌、しょうゆ、とんこつ」

「しょうゆ」

「オッケー。待ってて」


 3分後、箸とともに1.5倍サイズのカップ麺がテーブルに置かれた。通常サイズを想定していた雅貴はやや面食らったものの、気を取り直して蓋を剥がし、後入れスープの袋を切る。


「そういやさ」


 器を雑にかき混ぜながら、キッチンに戻ってがさごそしている直に尋ねる。


「ハンバーガーは?」


 食事つながりで思い出したのだ。この降ってわいた同居人が、それを作る気でいたことを。


「今回は簡単に料理できるものしか買ってないんだ。ごめんな。パンはさすがに買うけど、やっぱハンバーグはタネから作って焼きたてのやつ挟もうと思ってさ」

「けっこう本格的だね」

「本格的ってほどでもないけど……コンビニのを暖めるだけじゃ味気ないだろ?」

「へえ。その感性は認めてあげてもいいかな」

「……調子戻ってきたな」

「うん」


 話を切り上げて麺をすすり込む。

 いつもの習慣で憎まれ口をきいてはいたが、雅貴は内心喜んでいた。というのも、彼が無類のハンバーガー好きだったからである。

 勿論チェーン店の100円バーガーや、コンビニの総菜パンなどはお断りだ。喫茶店の親戚筋に当たるような、お洒落なハンバーガーショップが彼は好きだ。そういう店で出てくる、こだわりのハンバーガーが大好きだ。評判の店に電車で2時間かけて行ってみたこともある。

 さすがに専門店並みのクオリティは求めないが、それなりのハンバーガーが食べられるのならば雅貴は嬉しい。直はソースも作るようなことを言っていたから、ちょっとくらい期待してやってもいいだろう。

 始終不機嫌な彼の機嫌は、多少持ち直した。

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