6発め 一時預かりします
買い物メモは膨大な量になった。
商品をカートに入れるたび、メモに線を引いて消す。
注意深く「必要な物」を選出したつもりだが、絶対何か漏れがあると思う。実際、買い物を始めたあとでいくつか追加した。一体何箱分になるのだろう。
めんどくさくなってきて、少し休憩。
とりとめの無いことをいろいろと考えていたが、自然と黎慈のことにそれは及んだ。
殺人未遂と司は言った。
となると、ニュースになっているかもしれない。直もそのニュースを見ているかもしれない。どんな形の事件で、どんな風に報道されたのが、それがいつだったのかも知らない。
その知らなさが、直に恐怖心を起こさせないのだろう。
殺人未遂。殺人未遂。
直の周りで、その言葉がリアリティを持って使われたことはおそらくない。現実味のない、はるか遠い言葉だ。行政改革とか司法試験みたいなもので、存在するのは知っているけれど自分には関係ないこと、と漠然と思っていた。
未だに「黎慈」と「殺人未遂」がつながらないでいる。
未知の世界につながる人間と、何を話せばいいのか今更ながら直は悩んだ。悩んだけれども、前向き脳天気な直である。
「昔の黎慈」がわからないなら「今の黎慈」と話せばいい。話すうちに「昔の黎慈」を知って、そこから黎慈を恐ろしく思うかもしれない。司のようにおびえるかもしれない。
でも今は「今の黎慈」しか直は知らない。
それは先入観無くつきあえるということではないか。
「そういうことにしとこう」
ひとりごちて、直は作業を再開した。
このペースなら、約束の時間にはちゃんと間に合いそうだ。
***
約束の時間より早めに行ったのだが、すでに黎慈はそこに居た。パーカーのポケットに両手を突っ込み、ぼうっと宙を見ている。昼食時ど真ん中であり、人通りは多いが、黎慈はまるで無人の荒野に立っているような風情である。
「黎慈くん」
「……すなおくん」
「待った? ごめん」
「僕が……早すぎただけっぽい」
「入ろっか。オレ、ここの食堂初めてなんだ。黎慈くんよく来る?」
「あんまり……」
「そっか」
連れだって食堂の中に入る。
食堂は広い。直は修学旅行で泊まった、大きなホテルの朝食を思い出した。
食事を摂っているのも様々な人たちだ。機関の職員なのだろう、かっちりとスーツを着て名札をつけた一団。楽しそうにおしゃべりをしている、高校生くらいの女の子グループ。戦闘で負傷したのか、入院着のような服装で、白衣の人物に付き添われつつ定食を食べている男。
当然全ての職員、ヒーローがここに居るわけではない。既に帰った者、これから来る者、食堂以外で食事を摂る者も居るだろう。ヒーローならば、食事どころか今まさにどこかで戦っているかもしれない。
「今更だけど、ほんとにたくさんの人が働いてるんだな……」
「……本部だからね」
「あ、黎慈くん、人混み平気?」
「ん、平気……すなおくん、食券、そこ」
「ありがと」
幸い食券機はすいており、並ばずたどり着くことができた。横のガラスケースには、いくつかの料理が食品サンプルや写真で紹介されている。メニュー数はそれなりにあるが、食堂として一般的な物がほとんどだ。
悩んだ末に直は「生姜焼き定食」、黎慈は迷うことなく「きつねうどん」の食券を買った。
カウンターで多少並んだが、食堂の常で料理が出てくるのは早い。いい具合に席も空いていた。窓際だ。眺めがいい。
「黎慈くんはそばよりうどん派か」
「うーん……そばも嫌いじゃないけど……なんとなく」
「うん、そういうときあるよね。オレも両方好き」
直はおおざっぱな性格である。食に関してもそうで、たいていのものがおいしく食べられる。ふと「雅貴はうるさそうだな」という考えが彼の頭をよぎった。雅貴の子供っぽさが好き嫌いを連想させたのかもしれない。
意識を戻す。
黎慈が七味唐辛子をうどんに振りかけているところだった。その当たり前の動作に、人間味を感じる。
「……どうしたの?」
視線に気づいて顔を上げた黎慈と目が合う。相変わらず洞穴のような眼をしているが、見慣れたせいか最初ほどの不気味さは感じない。
「ちょっと、ぼうっとしてた。ダメだな、冷めちゃう。いただきます!」
「……いただきます」
料理の味に始まって天気がどうだのといった他愛ない話をしていた2人だが、お互いの食器があらかた空になったあたりで、ぽつりと黎慈がつぶやいた。
「僕、怖い?」
その唐突さ故に、直は何を言われたのかとっさにわからなかった。ゆっくり噛みしめて、ようやく実感を得る。
「怖くないよ」
黎慈は動かない。
何を考えているのかは、わからない。
「昔のことは少し聞いたよ。でも、なんていうか、実感ないし……今の黎慈くん、そんなことしなさそうだから」
「じゃあ……詳しく言ったら、僕のこと、怖くなるかな」
「それはわかんないけど……すぐ話さなきゃいけないことでもないだろ。それに、黎慈くんのこと今すぐ怖がらなきゃいけない理由、ないし。もし話したくなったら、話してくれればいいよ」
「……うん。ところで直くん……その野菜残す?」
「うん、残す」
「頂戴」
「いいよ」
千切りキャベツを無心に頬張る黎慈は、やはり直の中で事件に結びつかなかった。
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