4発め 交渉成立?
乱暴な音を立てて扉が開かれた。
それだけで不機嫌だとよくわかる音だった。
直は恐れず、ひるまず、変な表現だが「立ち向かった」。
「おかえり!」
リビングの扉を開けて言ってやると、一陣は幼さの残る顔に間抜けな驚きの表情を浮かべ、直をまじまじと見た。が、すぐさま初対面のふてぶてしい顔つきになり「なんだよ」と吐き捨てるように言った。
この程度予想の範囲内だ。直はさらに攻めた。
「飯食う? 即席だけど」
小鍋とフライパンを荷物に入れておいたのが功を奏した。さらに非常食のインスタント焼きそばも。箸はなかったので、キッチンにあったフォークを使って直は先に食べた。
「は? 意味わかんないんだけど。つか、馴れ馴れしくしないでよ。またコーヒー掛けられたいの?」
「コーヒー飲むの? お湯、魔法瓶に入ってるから自分で頼むわ。オレ、コーヒーメーカーの使い方よくわかんないから」
「いや、話聞けよ。つか出てってよ」
「それはできない」
「なんでさ」
「仕事だからだ」
それが直の出した答えだった。
相手に嫌われていても、仕事だから、やってみる。上の都合でくっつけられたのだから、しょうがないけれどチームだ。
「別に、オレに気ぃ遣えとか優しくしろとか言わないよ。コーヒー掛けられるのは困るけど……事務員兼家事手伝いくらいに思ってくれよ。
オレだって初対面でコーヒー掛けてくるやつ、正直嫌だけど……しょうがないだろ。オレが出てっても、どうせまた誰か来るだろうし。とりあえずお試し期間ってことでちょっとだけ一緒にやってみて、オレがどうしても嫌なら替えてもらえよ」
一陣は少し考えたあと「入れないじゃん」と虫を追い払う仕草で直を下がらせ、リビングに入っていって飾り気のない椅子に座った。直は立ったまま、一陣がどう出るか伺った。
「……それもそうだね」
わかってもらえたのか、と肩の力を抜く直。
だが、甘かった。
「あんた頭悪そうだから、言うこと聞かせやすそうだし。どうしてもって言うなら使ってやってもいいよ」
「さすがにちょっと偉そうすぎない!?」
「そもそもなんであんた、タメ口なわけ?」
「明らかに年下っぽかったからつい……まだ高校生だろ」
そこで一陣はすっくと立ち上がった。
「大卒」
「……えっ」
「大卒! 22! 今年で3!」
「嘘だろ……タメじゃん……」
下手をしたら制限年齢ぎりぎり、16歳かなと思っていたのは秘密にしようと直は思った。童顔に加えて、全体的に小作りで細身のため幼く見積もっていたのだ。
あと、その性格もいけないと思う。
一陣は「なんでみんな間違えるんだよ!」と怒り心頭のご様子だが、その顔、その声、その性格で成人に見ろというほうが無理である。
「タメなら名前で呼んでいい? まさきだっけ?」
「もう好きにすれば? そ、まさき。一陣雅貴」
心底嫌そうな声音だが、許可には違いない。
「オレ、相沢直! よろしく、雅貴」
「すなお、ねえ。馬鹿正直そうだし似合ってんじゃない?」
「馬鹿は余計だ。で、飯食うの? 食ってきたの?」
「食う。作って」
「よっしゃ」
早足にキッチンに向かう直。魔法瓶にお湯はあるし、作業は麺をもどして粉末ソースを混ぜるだけだ。この部屋には皿がないので、鍋敷きにフライパンを乗せた乱暴な状態でテーブルに出す。何か言われると思っていた直だが、意外にも雅貴は文句をつけることなく焼きそばをかき込んだ。飲むような勢いでたちまち平らげると、満足そうに口の周りを舐めた。
「うまい。ジャンクな飯ひさしぶりだわ」
「普段食堂?」
「うん。なんかちゃんとしたのしか無いんだよね。ハンバーガーとか食いてえ」
「ハンバーガーか。作れっかな」
「は? 作んの?」
「作れそうじゃね? パンにハンバーグとレタス挟んで、ソースはやっぱり手作りしたいよね……あ、ピクルス要る派?」
「要らない派。これ片しといて」
無遠慮にフライパンを突っ返されても、直は希望が見えてきたことを喜んだ。
もう怒っていないと言ったら、嘘になるが。
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