3発め 空っぽの部屋

 愕然とする直をよそに、黎慈は「おかゆいらない」と言って寝室に引っ込んでいった。

 直と司は謎を解くために小声で話し合った。結果として「一陣の性格の悪さは知れ渡っているから、それをもとにパートナーが来たらなにかやらかすだろうと考えた」のではないかという結論に至ることができた。

 なぜ「締め出し」を的確にチョイスしてきたかは不明だが、これは棚に上げておくことにする。怖いから。

 「一陣が言った」ことも直は考えたが、これは司に否定された。一陣は自分の悪行を吹聴するタイプではないし、そもそも孤立していて吹聴すべき相手が居ないとのこと。当然、黎慈とも仲は良くない。というか、関わりがない。

 なにはともあれ荷物が来るし、部屋に戻ってみることにした。合い鍵は持っているので大丈夫。司は縮こまって「一陣さんの部屋入ったなんて、ばれたら怖いから」と手伝えないことを詫びた。


「すごく愚痴っちゃってごめん……でも、また話聞いてくれるかな。助かった」

「もちろん。服返さなきゃだし。ここ住めたらだけどさ」

「なんかあったら、俺にも愚痴ってよ」

「ありがと。そのときはよろしくな」


 そう笑い合って別れた。なんだかもう、長いつきあいの友達になった気分だった。


 ***

 

 直は部屋の前に戻ってきていた。様子をうかがってみたが、人の気配はない。そもそもこの棟には入居者が少ないのか、司と黎慈以外の住人には誰も会っていない。

 念のためにチャイムを鳴らしてみる。一陣が中にいれば何らかの反応を返してくるだろう。

 少し待ってみる。なにも起こらない。

 満を持して鍵を開け、中に入る。よその家にお邪魔したときの、あの違和感。

 短い廊下を通って、リビング。


「なんもねえ……」


 思わず口に出していた。

 本当に何もないわけじゃない。

 テーブル、椅子、その他。常識的な家具家電は一通り揃っている。

 私的なものが何もないのだ。

 棚などの後付け収納もない。入れるべき物が存在しないのだろう。絨毯も敷かれておらずフローリングがむき出しである。司のところのようにラグがあるわけでもない。ひたすらに硬質で、無機質な部屋だった。

 おそるおそるキッチンに向かうと、立派なコーヒーメーカーがそこに鎮座しており、関連小物が家来のように周囲を囲んでいる。他の調理器具はない。電気ケトルは調理器具とは呼ばないだろう。冷蔵庫を開けると牛乳とミネラルウォーターしか入っていなかった。冷凍庫は氷のみ。

 食堂があるので自炊はしなくても良いというのは聞いていたが、ここまで何もないのは直には疑問だった。一陣は夜食やおやつを一切食べないのだろうか。あるいはコーヒーがそれらに該当するのだろうか。

 さすがに他人の寝室に入るのははばかられたので、自分の寝室になるはずの部屋に直は向かった。当たり前だが殺風景である。すぐ寝られる状態の白いベッド。それ以外何もない。一陣はこんな感じの、広めの独房みたいな寝室で寝ているのだろうか。それとも寝室は趣味の品で充実していたり、案外汚かったりするのだろうか。

 とにかく、一陣が帰ってくる前に少しでも荷物をほどいておかなければ。

 引っ越し屋さん早く来いと、直は空へ祈った。


 ***


 一陣はなかなか帰ってこなかった。

 そのおかげで直は届いた荷物を全てほどき終え、寝室を自分の城に作り替えることができた。CDプレーヤーに愛用のヘッドホン、小さい本棚の中にはどうしても捨てられなかった漫画が詰まっている。ベッドがどうしても殺風景なので、とりあえず色つきのブランケットを上から被せてみた。そのうち布団カバーを用意しよう。ピクニックテーブルと座布団を床に広げ、座って一息。

 あの整然としたリビングに行く気にはなれず、「自分の部屋」で受け取った資料を読みながら過ごした。着替えも着たことだし司に服を返さなければなと思ったが、洗濯は明日に回そうと思った直である。今日はいろいろありすぎた。

 そして、もう一悶着起こるであろう。

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