40.空手とはなにか?
――リィィィィィィィ!!
なんとか立ち上がったおれを、人間離れした雄たけびが貫く! それと共に襲いかかるジャヴィド! おれは身を捻り、それをかわそうとする――!
――ザシュァッッ!!
ジャヴィドの爪がおれの肩を裂く! 反応しきれない――!
――リィャァァァァ!!!
ジャヴィドの攻撃が続く! 振るわれる左右の爪! 直撃を避けるので精一杯――!
左の拳が潰れたことで、受け技も満足に使えない。
――ザグァッ!!
再び爪に首元を裂かれ、おれはよろめいた――と、目の前にジャヴィドの足が迫り――
――ドゴァッッ!
顔面を蹴りあげられ、おれは宙に舞った。
「……うらぁぁぁぁ!!!」
蹴りを戻す反動を使い、ジャヴィドが腕を振るい――その掌から、
――ドドドドドド!!!!
複数の光弾が曲線を描いて飛び、おれの全身に衝撃が突き刺さる!! 空中でかきまわされるかの如き、文字通りの衝撃の雨。おれは無防備にそれを受け――
――ドサッ
おれの耳に、おれの身体が地に落ちた音が聞こえた。
「そうだ……力だ! 力さえあれば……どんなやつも! お前も! 世界も! 俺の……思いのままなのだァァァッッ!!!」
ジャヴィドが叫んだ。
それは勝ち誇るというよりも、必死に己を鼓舞しているかのようだった――
――ああ、空が青いな――
ジャヴィドの叫びを聞きながら、おれはそんなことを思っていた。二つの太陽が重なりあった時の空の色は、ちょうど元の世界の――おれとジャヴィドの故郷の空を思わせた。
ジャヴィドの声がまた、耳に入る。
「……お前の存在は、細胞ひとつも残さん……すべて焼き尽くしてくれる……!」
ジャヴィドは少し離れたところに刺さっていたフラスニアの魔剣を引き抜いた。そして、その身体に魔力の光を纏い、
――そうか。またあの技が飛んでくるのか。
倒れたまま、おれは空へ浮かび上がるジャヴィドを眺めていた。やけにゆっくりとした動きに見えた。
――先輩も、こんな気分だったのかなぁ――
青い空が徐々にかすんでいった。
* * *
病室の開いた窓から、差し込む柔らかい光に煽られるようにしてカーテンが踊っていた。
窓ガラスの向こう側から、ビルの窓に青い空が
「……随分無茶してるみたいだな」
懐かしい声に振りかえると、ベッドに空手着を来た男が座っていた。角刈りの頭の下にある顔の血色は良く、その大きな身体も昔のように引き締まっていた。
「……先輩? それじゃ、病気はもう治って……?」
「なに言ってるんだ。おれはもう死んだじゃないか」
先輩は笑った。人懐っこい笑顔だ――誰よりも大きな身体に、誰よりも速い動き。世界選手権の優勝旗を海外勢から日本に取り戻してくれるだろうと、誰もが期待した天才空手家――そんな厳つい経歴の男が見せる表情とは思えない、笑顔。
「そっか……」
30歳にもならないというのに、悪性の腫瘍が全身に転移したのだという。これほど強い人が――いや、鍛え抜いた身体であるが故に、進行が速かったのだろうか。
強いだけではない。おれにとっては師であり、技と力のみならず、その心も――平和な時代に武道を究めるその意義を、そして哲学を、人の生きる道を、説いてくれた。武道家の理想を体現するかのようなその姿を、追いかける後輩は多かった。
生きていれば、確実に空手の、武道の歴史を変えたであろう男。おれなんかの何倍も強く、そして輝かしい未来を目指していた先輩が――病気で呆気なく、死んだ。それが運命だと言うなら、なんという――
「……もしかしたら、おれもすぐ、そっちに行くかも知れないっす」
「……相手はそんなに強いのか?」
「……ええ。『無限の力』を持つ英雄です」
「そっか……」
先輩はまた柔らかく笑った。おれはなにかが込み上げてくるのを、抑えきれなかった。
「先輩……先輩があんなに早く死ぬのなら、なんで才能なんてあったんでしょうね? 叶えられないのならなんで夢なんか見せたんですかね……運命ってのがあるのなら、なんでそんな意味のないことするんですかね?」
おれの頬を一筋の涙が伝った。
「限界を究め、それを伝えていく。それは人間の使命……おれはそう信じてます。それでも……苦しかったり、悲しかったりすること、この世界の理不尽な事実……それ、どうやって乗り越えていけばいいんですか? どうすれば人は救われますか?」
おれは自分の手を見た。やせっぽちで貧相な手だ。自分のことが嫌いで、意思が弱くて、泣き虫で――
「……空手って、なんですか?」
空手を始めたばかりの痩せっぽちなおれに――先輩はまた笑ってみせた。
「希望を捨てるな」
「希望……?」
「ずっと笑ってなくたっていいんだ。悲しいことがあってもいい。泣いても喚いても、逃げたっていい。少しの希望が心の中に燃えていれば、いつだって立ち上がれる」
先輩はおれの肩に手を置き、言った。
「お前が希望を捨てなければ、きっといつか、お前自身が誰かの希望になる……その誰かが、きっとまた誰かの希望になる。そうして光を、命を、つないでいくんだ。それが……」
先輩は肩に置いた手に力を込め、おれを振りむかせた。
「……さぁ、立て! 二本の足で立ってる限り、人間はなんでも出来るんだ!」
先輩がその大きな手で、おれの背中を強く叩いた。おれはその勢いに押され、光の中へと走り出し――
「負けるなよ!」
どこからか先輩の声がまた、聞こえた。
* * *
――負けるな!
声が聞こえて、おれは瞼を開く。視界が空の青さで染まり、おれは自分が地面に倒れていることに気がつく。
「……今の……は……?」
耳鳴りの中を、かき分け聞こえてくる声――耳を澄ますまでもなく、鳴り渡る、その声――
「立てぇーッ! 負けるなぁぁッ!!」
「がんばれぇぇッ、
戦場に響き渡る声。そこに集まった人々が喉を枯らし、叫ぶ声。
それは、兵士が、騎士が、
「立つんだ! 貴公が負けるなどあり得ない!!」
「旦那のカラテはぜってぇに、負けねェ!! 立ってくだせぇ!!!」
エンディが、そしてガルディオフが、叫ぶ声が聞こえた。
「
「お前の力……カラテを、見せてくれぇぇぇッ!!」
「がんばれ……がんばれぇぇぇ!!!」
重装騎士バーガンドが、
「立てぇぇぇーっ!
「がんばれぇぇーッ!! 負けるな、立てぇぇッッ!!!」
城付きの賢者クライフが、そしてこの国の王ウィルヘルムが――それぞれ、興奮した様子で声を枯らしていた。
おれは身体を起こし、そちらを見た。ウィルヘルムの傍らで、祈るように手を組んでいるウィルマ姫の姿があった。
「魔物の爪も、貴族の権威も及ばない自由の拳……何者にも屈しない拳! それはわたくしたちに希望を教えてくれました。だから、わたくしは先生を……」
ウィルマ姫が言う声が、おれに聞こえた。その眼は毅然と見開かれ、はっきりと前を見据えている。
「わたくしは、カラテを……空手を、信じます!!」
声援がいつしか、形を成していった。
――カラテ! カラテ!!
――
鳴り響く声、それは声援。それはおれを呼ぶ声――
おれは――おれはその足で、大地を踏みしめた――!
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