39.空手vs魔剣の勇者(後)

 蒼白い閃光の柱が、天から地へと突き刺さる――


 戦場の真ん中にぽっかりと空いた巨大な爆発跡クレーター――まるでそれをなぞるかのように、空が頭上へ落ちてくる。



 ――衝撃、熱波、破壊の光――



 そして地へと達した光の柱は、爆音と化して再び、空を突き刺すかの如く跳ね上がり――衝撃の波が円を描いて走り抜けた。


 爆音の向こうに、エンディがなにか叫ぶ声が聞こえたような気がした。その瞬間、おれはこの様子を上から見ているような感覚でいた。


 クレーターの周囲に倒れ、衝撃波に晒されながらも、おれたちを見守る兵士や魔獣、丘のところにいるウィルヘルム、ウィルマ姫、エンディにクライフ、ホランド大臣やバーガンド。戦場の別のところには、ガルディオフたち猪鬼同胞団オーク・マフィア――


 それらが見守る視線の先には、半径20mにも渡る巨大な光柱が屹立する。


 それは絶対に回避不可能な運命。すべてを砕き、塵と化す破壊の力。逃がれられない、致命の一打――




 ――……ッオォォォォン!!!



 轟音と共に、閃光が弾け飛ぶ! 乱れ狂う衝撃波、反響して残る轟音に震える空気。永遠とも思える破壊の乱舞はしかし、数瞬で過ぎ去り――そして静寂が訪れ、煙が晴れ――



「……なんだ……と……!?」



 晴れた煙の向こうに、ジャヴィドが見えた。ちょうど、向こうからもこちらの姿が見えたのだろう――



「なぜ……なぜだ……ッ!!」



 ジャヴィドの顔は驚愕に歪んでいた――それは、閃光の柱の真ん中にいたおれがこうして、!!



「かわすことが出来ないのなら……空手で鍛えた肉体を信じ、耐えるのみ!!!!」



 不動立ち――左右の足に均等に体重をかけ、肩幅に開いて立つ。前後左右どこへも偏らず、ただまっすぐに立つ――あらゆる構えの基本となる、もっとも中立ニュートラルな立ち姿。


 この立ち方に、特段大きな力があるわけではない――ただ、全身でジャヴィドの技を受け止め、耐えきった――それだけのことだ。


 最後に信じるのはおのれの肉体――そして、自らを鍛えてきた時間。文字通りに全身を砕き、すべてを塵と化すかのような衝撃に――おれは、耐えた――!!



「……なぜ……なぜお前は……そんな身体で! 生身の身体で!! なぜそんなに、闘えるんだ……ッッ!!??」



 うろたえるジャヴィドに向かい、おれは一歩、足を踏み出した――よし、動く。さらにもう一歩――大丈夫だ、闘える――!



「……教えてやるぜ、ジャヴィド……」



 おれは一瞬、呼吸を吐き――そして吸った。身体の中に力の溜めを作り、そしてジャヴィドに向かい、顔を上げる――



「……誰にも負けたくねぇからだよ!!」



 おれは溜めた力を解放し――地を蹴って駆ける!



「うおおあぁぁ!!!」



 ジャヴィドはそれに呼応し、空中から魔法を放つ!



 ――ドン! ドン! ドン!



 火球ファイアボールの爆発が大地に炸裂! おれはジグザグに跳びながらそれをかわし、駆ける!



「……なぜだ! なぜ!!」



 うろたえた声をあげながらも、ジャヴィドは火球ファイアボールの魔法を連発する。しかし――その時のおれには、ジャヴィドがどこを狙ってくるか、手にとるようにわかっていた。


 俗にいう「極限集中状態ゾーン」――野球選手がボールを止まっているように感じるなど、一流のアスリートであれば誰でも、この状態を経験しているという。


 それは、極度の集中状態に入ることで、脳が超人的な感覚と処理能力を発揮している状態。おれももちろん、その経験はあったが――この時の集中力は、かつてないほどに研ぎ澄まされていた。ジャヴィドの手から放たれる魔力の軌跡まで、目に見えるかのようだ!



「ふざ……っけるなぁぁぁぁぁ!!!」



 火球ファイアボールの炸裂が止む。そして一瞬、魔力を溜めるジャヴィド――!



「……極大核撃ニュークリアブラスト!!!」



 眼下にまで迫るおれに、放たれる大破壊の魔術――! ジャヴィドの掌から大地に向かい、蒼白い魔力が放たれて――



「……てぁぁあーっ!!!」



 その瞬間、気合いと共におれは、跳んだ――!



 ――ッドオオォォォン!!



 足の下で巻き起る大爆発! その爆風が――地を蹴り、空中へ上昇するおれの身体を、さらに押し上げる!!!


 

「なっ……!」



 不意をつかれ反応できないジャヴィド! おれの身体は一直線に飛び――



「うおおおおお!!!!」


 ――ガン!!!



 その勢いのままに叩きこんだ技――それは頭突き!!!


 人体の中でもっとも硬く、なおかつ重い部位でもある前頭部――それをただ、相手に叩きつける。単純故に強力――実戦的といえば、これほど実戦的な技もない!



「……っが……!?」



 衝撃をもろに受け、ジャヴィドはそのまま――落下するおれと共に、地へと、墜ちた――!



 ――ドォッ、ドッ……!



 落下するジャヴィド、そして一緒に浮遊していた無限の真球も、地に落ちて転がる!



「……っはぁぁ!!」



 おれもまた地面に叩きつけられ、息が詰まる。直撃を受けたあの大技に、爆風を利用したとはいえ吹き飛ばされた衝撃――無傷というわけにはいかないが――!



「まだ、だ……ぁぁぁぁッ!!」



 おれは大地を踏みしめ、立つ――と、目の前にジャヴィドも立ちあがっていた。その手には、神器アーティファクト・フラスニアの魔剣――!



 ――集中しろ!


 剣を構えるジャヴィドを見た瞬間、おれの中でなにかのスイッチが入り――世界から色と音が消える。おれはその世界の中で、ゆっくりと息を吸い――猫足立ちに構えた。



「……ッ!」



 ジャヴィドがなにごとか雄たけびをあげながら、その剣を振るう。剣の届かない距離ではあるが、その軌跡から波動が奔るのをおれは。それはまるで、水の中を伝わる波のように、空気中を走る形のない斬撃――!


 捌き――!


 足を横に踏み込み、身体を開いてその波動をかわす! 斬撃がおれの後ろに弾け、炸裂して地面を深々と抉る!


 続いてジャヴィドが剣を振るう。二撃目、三撃目――迫る見えない斬撃。それは次元そのものに亀裂を作り出すかのように、その牙を剥く。だが――



 ――見える。


 まるでスローモーション再生の世界を上から見ているような感覚。その時のおれは、雨粒でさえもすべてかわせる気がした。全身が軽く、イメージのままに身体が動く。脳内麻薬が分泌する音さえも聞こえてきそうな、極限の集中状態。


 おれは、灰色の世界の中を、駆けた――その先には、組手の相手がいた。おれはそこへ向かい、拳を差し出す――



 ――ぱぁぁぁん!!



 なにかが破裂するような音がした。


 不思議と、おれの拳にはなにも感覚がなかった。しかし、目の前の敵はピンポン玉のように弾け飛んでいた。



 ――ああ、楽しいな。


 その時おれはそんなことを考えていた。なんのために闘っているのか、相手が誰なのか、そんなことはどうでもいい。ただ、頭で憶え、身体で憶えた技のままに身体が動く、それだけが楽しかった。


 おれはさらに足を踏み込んだ。


 吹き飛んだ相手に、空中で追いつく。そこへ、二撃目――



 ――ドゴゥ!!


 敵がさらに吹き飛び、後ろ向きに地面を転がった。


 おれはそこへなおも踏み込む。


 敵が起き上がり、空へと舞い上がる。浮遊魔法フライト――空中へ逃げようというのだ。


 おれは、跳んだ。


 そして、手刀を振り降ろした。



 ――ズガァァっ!!



 浮遊魔法フライトで空中へ跳び上がった相手を、上から手刀で叩き落とす。


 ――逃げてもらっちゃ、困るんだよな。


 なぜ困るのか、おれにもよくわかっていない。


 おれは地面に叩きつけられた相手の肩を掴んだ。


 そして、拳に力を込め、腰だめに引き絞る。


 弓を放つように、込めた砲弾に火をつけるように――


 相手の顔面へ、固めた拳を、放つ――



 ――ガッ


 俺の拳が、イメージよりもかなり手前で静止した。


 おれは自分の拳の先を見た。そこにあったのは、おれの拳とぶつかり合う、青銅色の、拳――?



「ぬあああああああ!!!!」



 ジャヴィドが雄たけびと共に、その拳を振り抜く! 力任せの拳におれは吹き飛ばされ、宙を舞う!!



「ぐぁッ……!」



 数メートルほども吹き飛ばされ、おれは地面に落ちた。



「……力……お前を倒せる、力……!」



 ジャヴィドは立ち上がり――その肌は青銅色に変化し、両手には鋭い爪に棘のようなものが生え、その額からは二本の角――!



魔神変化デモンフォーム……!? そんな、あの禁呪法まで……!」



 エンディが叫ぶ声が聞こえた。


 その肉体を人ならざるものへと変える禁断の魔術、魔神変化デモンフォーム――おれは先ほど、ジャヴィドの拳とぶつかりあった自分の拳を見た。まるで鋼鉄のような感触だった――おれの拳は砕け、指が不自然に折れて腫れあがっていた。


 硬い皮膚に、有り余るほどの膂力――あの大賢者にも勝ろうかという、シンプルな肉体の力。魔神となったその身体を震わせ、ジャヴィドが吼えた――それはまさに、悪魔のごとき立ち姿!!



 おれは立ち上がろうとした――が――



「……あ……?」


 ――ガクッ



 膝が折れ、おれは地に手をついた。もう一度、立ち上がろうと力を込める――しかし、俺の膝と手とは、地面に貼りついたままだった。



 ――ああ――魔法が、解けた――



 自分が優勢な時、集中し波に乗っている時には感じられなかったダメージ、疲労、痛み――それらが一気に襲ってくる。



「……お前を相手に、接近戦は避けられない。ならば俺は……お前を力で、上回る!」



 ジャヴィドが叫ぶ声を、おれは他人事のように聞いていた。


 あの必殺技、すげぇ威力だったな――爆風で飛んだのも、結構効いた。左の拳はもう使えないし、なにしろこう、息が上がって苦しくっちゃぁ――



 ――リィィィィィィィ!!


 青銅色の魔神の姿となったジャヴィドが雄たけびをあげた。そして、鋭い棘に覆われた腕を振り上げ――こちらに向かい、地を蹴った。

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