38.空手vs魔剣の勇者(前)

 無限の真球――ジャヴィドの胸の前に現れたそれは、まるで光を吸い込むかのように真っ白な、人の頭ほどの大きさの、球。それはまるで、世界そのものにぽっかりと空いた穴のようにさえ見えた。



「アズミファルの小手とは、両の手で一対の『ゲート』。次元の隙間に、この『無限の真球』を保管するために作られた、な!」



 ジャヴィドが周囲に声を響かせ、その球を頭上へと掲げた。



「そして、世界の中へと解放されたこの真球は、この『日合にちごう』の日に『バルク』となる!!」


「ま、まさか……では、『無限の真球』というのは……ッ!」



 国王の近くに控えていた城付きの賢者・クライフが声をあげる。私は振り返った。



「知っているのですか、クライフさん!?」


「……伝承の中に、わずかに残った記述がある……破壊と創世の神・ラーフの瞳が三番目の太陽となるとき……!」


「三番目の太陽……!?」



 私は空を見上げた。今まさに、二つの太陽が――重なる! そしてジャヴィドの掲げた白い球体が、そこに輪郭を重ね合わせ――



 ――ヴォン!



 白い球から渦を巻くように、紫の光が溢れ出した。それはまるで、空間に現れた三次元の渦――無限の真球を中心として、別の空間へと何かが吸い込まれていくような、そんな光。


 クライフが叫ぶ――



「あれが、『バルク』……!!」



 無限の真球が、まるで触手を伸ばすかのように、その光を強めた――!



「……ッ!!?」



 なんだ――? 私は急にめまいを感じた。身体の力が、抜ける――!?


 周りを見ると、他の者たちも同様だった。クレーターの周りの兵士や魔獣モンスターたちは既に、みな膝を着くか、倒れているか――その中央にジャヴィドが、「無限の真球」と共に在った。



「クライフさん……! なんだ、『バルク』ってのは……ッ!!」


「……世界の魔力が失われる天変地異が、古代に起こったという。その中心にあったのが『バルク』……破壊神ラーフがその瞳の中に魔力を喰らい尽くし、まばたきと共に新しい世界を生みだすのだと言われている……ッ!」



 クライフも膝をついていた。私は、その身体からわずかに、魔力の光が外へ漏れ出ているのに気がついた。慌てて自分の身体も見る――と、同じようにわずかに漏れ出る光――まさか、あの「球」へと流れているのか――?



「……それじゃあの球は、この世界から魔力を吸い取って……!!」



 もはや、戦場に立っているのはジャヴィドひとり。その周囲の人間や魔獣モンスター――それだけではない、木や地や川や――あらゆるものから、その手に持つ「球」へと光が流れ込んでいるのが見えた。


 この世界の生物は誰であれ、魔力をその身体の中に持っているのだという。魔法を使うかどうかに関わらず、その生命活動の根幹に「魔力」があり、だからこそ自然の魔素マナの力を借りて魔法を発動させることができる。


 ジャヴィドが作り出したクレーターの周囲にまだ残っている草木が、ほとんど枯れ始めていた。



「くそ……ッ! このままじゃ……!!」



 だからわざわざ「挑戦状」を出して、この場に軍勢を集めたわけだ――私は顔を上げ、見た。ジャヴィドにとってはあの魔獣モンスターも手勢ではなかったのだ。人間の軍と、亜人デミ・ヒューマンの軍と同じ、それは生贄いけにえ――!



「……このままあの球が魔力を吸い続ければ、その力は加速度的に増していき……いずれ大陸全土の魔力が吸いつくされる……!」


「そんな……ッ!」



 国王がふらふらと立ち上がった。



「……陛下!? なにを……」


「……あれを止めねばならんだろう?」


「そんな……無茶です! 近づくほど力が吸われて……しかもあそこには、ジャヴィドが……ッ!」


「だが、誰かがいかねば……ッ!!」



 そう言いながらも、ウィルヘルム王は再び膝をついた。魔力の吸収は強くなる一方、それも近寄ればさらにその力は増す。


 どうすればいい――ッ!! 一体、どうすれば――



「……お願い……! 神よ……」



 ウィルマ姫が手を組み、祈っていた。



「どうか、この世界を……どうか……ッッ!!!」




 ――ザッ



 ――その時、私の目の前に現れた影――その影が、ウィルマ姫の頭に、その大きな手を置いた。



「……すまない。遅くなった」



 そう言ってその男は、靴すら履いていないその足を踏み出す。



「……遅すぎるぞ、この……ッ……」


「……エンディさん、ウィルマ姫を頼む」



 そして男の素足はそのまま地面を蹴り、丘の斜面を駆け出す!! 私はその後ろ姿に向かい、叫んだ――!



「やっちまえぇぇーッ! この空手バカァーッ!!!!」



 白い衣に身を包んだ男が、大地を強く蹴り、跳んだ――!


 * * *


 ――ザンッッッ!!



 倒れる兵士たちを飛び越え、おれはクレーターの中に降り立った。


 顔をあげると、そこには黒い外套マントに銀の胸当て――



「……来たな、カラテカ!」



 ジャヴィドが口元を歪ませ、言った。



「発動した『無限の真球』の周りで、魔力を吸われず行動できるのは、異世界人である俺やお前だけ……だから早々に処分したかったのだがな! もはやこの場で、決着をつけるのみ!」



 おれは立ち上がり、膝の埃を払った。そしてジャヴィドに顔を向ける。



「……それが『無限の真球』か」


「そうだ……真球、すなわち完全なる『きゅう』。概念の上にしか存在し得ない、神にしか作れぬ神器アーティファクト。円周率の無限の内へと、魔力を循環させ吸収し続ける!」



 ジャヴィドがその手に『無限の真球』を掲げ、言う。



「……すなわち、この球を持つ者は、そこから文字通り無限に魔素マナを引き出すことが出来る……言わば、神に等しい存在! 世界の破壊も、新たな世界の創造も、思いのままだ……ッッ!!」



 ジャヴィドは腹の底から逆流するような声で笑った。目の中に、白い球の放つ輝きを揺らめかせている。



「世界は行き詰まり、人々は失意と不幸の中で生きている。それは過去からの因果の鎖の帰結……世界そのものを変えなくては、人々を救うことはできない。ならば俺がこの力で、世界の因果から人々を救ってみせる!!」


「……それで?」



 ジャヴィドのこめかみが一瞬、ぴくっと動く。



「……なん……ッ!」



 おれは続けて問いかける。



「魔王を倒した勇者であるお前が、今度は神になって……それでお前は満足なのか。世界が自分の思い通りになるのは、そんなにいいことか?」



 おれは足を肩幅に開き、言った。



「……あそこに、ウィルマ姫がいる」


「……!」


「お前がその力を使い、この世界の因果を創り変え……その新しい世界で姫が幸せに暮らしたとして、それは涙を止めたことになるのだろうか?」


「……」


「世界の因果は、古来よりこの世に存在したすべての人々の生きた証。それを解くことは、今に生きる人々を殺すのと、どう違う?」


「……黙れェッ!」



 ジャヴィドは激昂して叫んだ。



「お前になにがわかる……! たくさんの人が死んだんだ……! 志のある者たちや、優しい者たちがだ……それなのに、クズばかりのうのうと暮らしているこの世界! いや、この世界も、元の世界もだ!」


「わかってないのはお前の方だ!」


「黙れェっッ!」



 ジャヴィドの身体がわずかに光り、宙へと舞い上がった。



「……やはり相容れぬ! もはや論争など無用!」


「そうだな。おれも話し合いをしに来たわけじゃねぇ」



 おれはそう呟き、腕を身体の前で交差させた――



 ――オオォォォォッッ!!



 息吹いぶき――丹田に息を溜め、可能な限りの気を圧縮する!


 ジャヴィドは空中に留まり、「無限の真球」から手を離した。球は上昇し、ジャヴィドの頭の上に留まる。光が渦を巻き、ジャヴィドの全身を包むように広がる。それはあたかも、ジャヴィドがその全身から触手を伸ばしているかのようだった。



「……いつぞやの決闘デュエル……決して油断をしたわけではなかったが、正直言ってお前の技には驚嘆した。だが……俺を魔術だけの男だと思うなよ」



 そう言ってジャヴィドは片腕を上へと向ける。その掌の先に、光の穴が生まれ――そこから一振りの剣が、現れた。



「……あれは……神器アーティファクト・フラスニアの魔剣……!?」



 ウィルヘルムが言う声が聞こえた。


 ジャヴィドは複雑な光彩をその刃に宿す剣を手に取り――軽く、振った。



 ――ドォゥッ!!



 瞬間、強烈な波動がおれを襲う!!



「……くっ……!」



 おれは十字受けの体勢でその場に踏みとどまる――! これが、あの魔剣の力だというのか――



「……連続魔ラピッドスペルはただ魔法を連発するだけが能ではない。その真の力は、複数の魔力と技との同時使用――すなわち!」



 ジャヴィドは天高くフラスニアの魔剣を掲げる。その身体から、魔力の光が発発し、天に向かい、伸びた――!



 ―――ドォオン!!!



 極太の稲妻が、ジャヴィドの持つ剣へと落ちる! その魔剣の刀身は、雷のエネルギーを纏い――!



「……魔剣の力に極大破壊魔法を乗せて放つ、これぞ魔王をも倒した我が最大の必殺技!!」



 ジャヴィドが剣の束を握り、大上段に構える! そして上空から地上へと、その剣を振り下ろし――



超極大落星衝破弾ミーティアボルト・エクストリームッッ!!!」



 ――光の柱が、落ちた――!!

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