37.決戦の舞台

 ――その日、二つの太陽が空高く輝いているのにも関わらず、空気が薄暗く、重く感じたのは私だけだっただろうか。


 広大な平原に、展開する軍勢は千近く。王都の直属騎士団に加え、貴族たちが抱える騎士たちもそれぞれ紋章を掲げ、歩兵までも動員して一大兵力を展開しているのが、私のいる丘の上から見えていた。



女騎士デイムエンディ・コーカシス。彼は来るのだな?」



 私の傍らに立つ壮年の男――この国の王、ウィルヘルム・ダス・ウィルム・ヴァンフリーが私に言った。



「はっ……! 大賢者の元へ行くと申しておりましたが、『日合にちごう』までには必ず来ると……」


「……逃げるような男ではないしな。よもや、なにかあったのではないか……」



 ――国王のその言葉は、私の答えを疑っているわけではないのだろう。


 私は空を見上げた。


 ジャヴィドの口にした「二つの太陽が合わさるとき」――それが今日これから起こる「日合」。数百年に一度、この世界の二つの太陽が完全に重なる――それは不吉の前兆だと、伝説には伝えられる。


 神器アーティファクト・アズミファルの小手を両方手にしたジャヴィド――そして、あの男が口にしていた「無限の真球」という言葉、そしてなにより――ジャヴィド自身から王城へと届けられた「挑戦状」――



「……舐めた真似をしよって……!」



 国王の後ろに控えた大臣・ホランドが忌々しげに吐き捨てた。


 『日合』の起こるその日、軍勢を率いて王都を襲撃する――それがその挑戦状の内容だった。そこにはご丁寧に進軍のルートまでも記載されていたという。


 なにかを企んでいることは間違いない――だがそれでも、迎え撃たないわけにはいかない。だからこそ、あの男――白衣の異世界転移者、神の手ディバイン・ハンドにはここにいてもらいたかったのだ。



「大丈夫です! 先生は必ず来ます!」



 国王の傍で、第8王女のウィルマ姫が声を上げる。その傍には板金装甲鎧プレートメイルを身に纏った巨漢・騎士バーガンドが控えている。



「姫さま……やはりここは危険で……城に戻られては」


「ぜったい、イヤ!!」



 側近の騎士がおろおろと窘めようとするのに、ウィルマ姫は頑として言った。



「……ジャヴィド様を狂わせてしまったのは、わたくしのせいでもあるのです。わたくしには、ジャヴィド様と、そして先生の戦いを見届ける義務があります!」



 毅然としていうウィルマ姫――一介の騎士に過ぎない私にとって、この姫さまの姿を見るのは久しぶりではあったが、その顔は随分大人びたと、私はその時、のんきなことを考えて何気なく国王の方を見る――と、国王と目が合った。この国の王である栗色の髪の男は、私に向かって肩をすくめ、笑ってみせた。



「……来たぞ!」



 ――と、兵士が叫ぶ声が聞こえた。



「……くっ……もうか!」



 私は平原の先へ目を凝らす。


 平坦な草原――その地平線が、蠢き――



「……なんだ、あれは!?」



 私は思わず、声に出していた。


 地平線を埋め尽くすかのごとき、黒い影――それは、魔獣モンスターの群れ。


 大きさも姿もバラバラ、あるものは地を這い、あるものはその翼で飛ぶ。千にも及ぼうかと言う数の、異形の軍勢――それがゆっくりと、這い上がるようにしてこちらへと迫る。



「……ま、まさか、あれほどの数とは……!」



 ホランドがうろたえた声を上げた。数でいえばこちらと同数――であれば、個々の力の差がそのまま戦力の差だ。魔獣モンスター1体を、兵士1人ずつが相手をするというのか――!



「……全軍、展開! うろたえるな!」



 国王がそのよく通る声で怒鳴る。



「戦力の差がすなわち、戦争の勝敗ではない! 我々には頭脳がある……戦術がある! 人間の力を、思い知らせてやるのだ!!」


「……弓兵は矢をつがえ! 騎竜士ドラゴンライダー隊も出撃準備を!」



 騎士団長が王の命を受け、各部隊に指示を飛ばす。


 兵士たちが動き始めた。統制のとれた動きで次々と敵軍に対峙し始める。さすがはウィルヘルム王――この御方が声をあげると、その瞬間に皆の背筋が伸びる。



「構え……放て!」



 命令が全軍へと走り――弓兵が魔獣モンスターの軍勢へ、矢を放った。


 それを合図とするかのように、魔獣モンスターたちは大地を駆け出し、こちらへと突撃を始める! そこへ、人間側から放たれる攻撃魔法の炸裂! しかし、魔獣軍は止まらない!!


 ――と、私たちの頭上を影が飛んだ。


 騎竜士ドラゴンライダーたち――! 翼竜ワイバーンの背に乗った騎士たちがめいめいに弩弓クロスボウを構え、魔獣軍の上空を襲う! しかし、魔獣軍側も、翼を持った魔獣モンスターがそれに対抗すべく、空へと舞い上がった!



 ――ウオオオオオ!!!!



 雄たけび、そして大軍が駆け出す足音。騎兵が、歩兵が、大地を蹴り、突撃をしてくる魔獣モンスターを迎え撃つ――!!!


 剣の鳴る音、馬の駆ける音、そして魔法の炸裂する爆音、たちまち内に平原は戦場と化し、血を求める咆哮に呑まれていく――!



「エンディ! は!?」


「大丈夫です。手はず通りに……」


「遅い! 遅すぎる! やはりあんな連中、信用できるはずが……!」


「……静かにしていただこう、大臣どの!」



 騒ぎ立てるホランドを、私はつい怒鳴りつけた。



「私の……を信じずして、魔獣モンスターの大群に勝てようか!?」


「……その通りだ、女騎士デイムエンディ。そして……」



 ウィルヘルム王が口元を歪ませ、言った。その視線の先――前衛の一角が崩れ、魔獣モンスターが食い込むように雪崩込んでいた。ウィルヘルム王は、声をあげる――!



「頃合いだ!」


 ――ヴォオオオォォォォ!!!!



 国王が叫んだと同時に、新たな雄たけび。人間のものとも魔獣のものとも違う叫びが、戦場に響き渡る。そして、林の中から現れる人影たち――!



「……絶好のタイミングだ、猪鬼同胞団オーク・マフィア!」



 現れたのは、猪鬼オークやエルフ、ホビット、小鬼ゴブリンといった亜人デミ・ヒューマンの一団!


 部隊の一角をわざと崩して敵を引きこみ、ゲリラ戦術に優れた猪鬼同胞団オーク・マフィアたちがその側面を強襲する作戦が見事にはまったのだ!



「うおらぁぁーっ! お前ら気合い入れろぉぉーッッッ!!」



 同胞団のボス、ガルディオフが先頭で気勢を上げ、鎚矛メイスを振りまわしていた。



「……よし、いける……!」



 亜人デミ・ヒューマンたちは暴れまわり、魔獣モンスターたちの前線を崩していく。そこへ矢が飛び、魔法が炸裂し、騎士たちが裂け目を広げるように突撃する!


 国王は戦況を見ながら、指示を飛ばし続けていた。私はその傍らで、戦況を見守る。これなら――!



「エンディ殿……あれを……」



 ――不意に、ウィルマ姫が私の袖を引いた。



「……なんです……?」



 私はウィルマ姫の指差す方向へ、目をやった――と、そこに――



「……ジャヴィド!」



 上空で繰り広げられる翼を持った者たちの戦い、大地で争われる二本の脚で駆ける者たちの戦い――その中間。そこに黒衣の男が浮いていた。


 戦闘と戦闘の間の、そこは無風地帯。まるで普通に地を歩くかのように、その男はなにもないその空間に立ち、こちらを見て――


 ――ジャヴィドが、笑ったように見えた。そして、その手を上にかざし、そこから光が――



「……退けぇぇえーっ!!」



 私が叫ぶのと、ジャヴィドが腕を振り降ろすのが、同時――!



 ――ズッドオオォォォンッ!!



 光の球が、人間と魔獣モンスターたちとの間で、ぜた――! 私の立っている丘にまで、その爆風の余波が響く!!



「姫さま……ッ!」



 私は咄嗟に、ウィルマ姫をかばうように抱きかかえ、爆風に背中を向ける! 轟音、閃光、そして衝撃波――



 ――爆風がやみ、周囲が静かになった。


 私は目を開き――戦場の方を見る。そこにあったのは、巨大なクレーター、それに押し広げられるように、周囲に散らばった人間と魔獣、そして、クレーターの真ん中に立つ、ジャヴィド――



「……そう慌てるな、諸君!」



 ジャヴィドが叫んだ。その声は戦場全体に大きく響き渡る。魔法で音声を増幅しているのだろう。



「もうそろそろだ……存分に楽しもうではないか!」


「くっ……あいつ……!」



 異世界転移者、ジャヴィド――その力はやはり、半端ではない。大袈裟ではなく、ひとりでこの軍勢を蹴散らすことさえ可能だろう――しかも、その両腕には神器アーティファクト・アズミファルの小手――!



 ――その時。


 私は視界がかげるのを感じた。


 にわかに空が、暗くなる。



「……これは……ッ!?」



 私は空を見上げる。すると、上空に掲げられた二つの太陽が、その輪郭を重ね始めていた。



「……『日合にちごう』……ッ!!」



 二つの太陽が重なるとき――まさにその時が、やってきたのだ。



「……始めよう……」



 ジャヴィドの声が響いた。見ると、ジャヴィドは両の腕に「アズミファルの小手」を着け、腕を広げている。



「滅多に見れぬものだ……この地上に現れるのは数千年振りだからな。剋目して見よ!!」



 ジャヴィドが胸の前で、二つの小手を着けた掌を合わせる――二つの小手が一直線につながり、火花が散った。ジャヴィドはそれをゆっくりと、左右に開く――紫色の光が、その掌の間にはしった。



「……これぞ『無限の真球』……無限の力を約束するもの!」



 両の掌が肩の幅まで両手が広がった時、そこには白く光る球が現れる。


 空に浮かぶ二つの太陽は、今まさに、その輪郭を重ね合わそうとしていた。

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