31.空手vs古代ドラゴン(中)
おれがこの世界で戦った相手で最も大きかったのは、最初に戦った
空手でどうにかなる相手なのだろうか――
おれは頭を振り、その考えを振り払おうとした。相手に呑まれては、戦う前から負けたも同然――組手に集中しろ!
おれの目の前の
――コォォォッ!!!
その口から放たれる
「……白い……ッ!?」
意外、それは炎ではなく――横に跳んでそれをかわした後の地面をその白い
「……しま……ッ!?」
地を転がったおれは、その違和感に気が付いた。足の感覚が奪われている――おれの左足の先は霜で覆われていた。かわしきれなかったのだ――!
と、迫る影におれは気がついた。敵が大地を蹴り、踊りかかって来るのが、見えた――!
眼前へと迫る前脚の鋭い爪――1本ずつが
一瞬の迷い、そして身体を逸らす――!
――ザグァッッ!!
爪がおれの肩口を切り裂き、鮮血が散る!
痛み、というよりも焼かれたような熱さ、それは傷の熱さか血の熱か。衝撃に
――グアァァッ!!
距離を取ろうと下がったおれに半歩で追いつく
おれの脳裏に、イメージがよぎった。
牙で身体を貫かれ、噛み砕かれた身体をさらに
――死。
目前に迫る牙。大きく口を平いた
「なにやってんだ! よく見ろ!」
――その時、脳裏に飛び込んできた少年の声! その声が、おれの脳内のイメージを弾き飛ばした!
「……うおおおおおお!!!」
瞬間、おれは身体を捻る――90度に曲げた肘が、回転する体軸の運動を威力へと変え、
「
頭だけでも巨大な
――バゴォォッ!
鼻先に強烈な衝撃! 頭を弾かれた
――グォォォッ!!
怒りの唸り、その頭の下から、繰り出される前脚の鋭い爪――!
――よく見ろ!
――その時おれはなぜか、空手を始めたばかりのころのことを思い出していた。
* * *
「……怖いのは仕方ない。だからこそ、よく見るんだ」
目の前に立つ角刈りの男――大きな身体に空手着を纏った男が、構えを取りながら言う。
「空手は『選択肢』だ。怖がっていたら、逃げることしかできない。相手がどんなに強くても、怖くても、よく見れば必ず活路がある。それを探すんだ」
おれは頷き、その男に向かって構えた。黒帯を締めた大きな身体――しなやかなで頑丈な筋肉、岩のように大きな拳。どう考えても勝ち目のない相手。向き合うだけでその雰囲気に呑まれ、腰が引けてしまう――恐怖に支配されそうになる心を、なんとか落ち着けようとする。
空手着の男は間合いを詰めながら言った。
「恐怖を否定するな。恐怖はお前の味方だ。恐怖があればこそ……!」
そう言って男はその拳を、繰り出した――
* * *
迫る
「……ちぇりゃぁぁっ!!!」
おれは正拳突きを繰り出し――その指の内の1本に、拳を叩きつける!!
その巨大な前脚を受ける術はなくとも――その指ならば、空手で砕くことが出来る!!
「……少年! よくぞ言った!」
背後の岩陰で、ゲベル少年が反応するのがわかった。おれは
「恐怖から眼を逸らさず、相手をよく見て活路を探す。それが空手、それが武道だ! どんな状況でも、あきらめずに選択肢を見つけること! そうだ……!」
おれは両の掌を身体の前に構えた――!
「空手とは……『勇気』だッ!!!」
――ゴォッ!!
迫る紅の炎に、おれは両の掌を大きく回転させる! 廻し受け――2つの掌が作り出す無限の軌道に、炎は渦を巻いて虚空に散る!!
おれと
「……ちぇすとぉぉぉーッ!!!」
「
空手の秘技・三角とび蹴りによる死角からの急襲、それに
――ズズウゥゥン!
頭を大きく弾かれた
着地したおれはすかさず、
――ガァァァッ!!
「腕ひしぎ……
――あの
咆哮の波動、闘いの衝撃、そして今の激突――度重なる衝撃によって、台座状になったその小高い断崖はもはや、崩れる寸前。その
「セィヤァァッ!」
下段燭台圧殺撃――燭台ではなく崩れた岩の塊と共におれは落下、敵の頭上へとそれを叩きつける!
――ガゴォォン!!!
ガラガラと崩れる断崖から逃れ、おれは岩の上から地に跳んで降りた。振り返り、残心――
「す、すげぇ……!」
ゲベル少年が感嘆する声が聞こえた。しかし――
「……いや、まだだ!」
エンディが短く叫ぶ声が聞こえる。そう、まだだ――
――グォォォォォッ!!!
再び、咆哮。
そして岩を払いのけるように、
そうだ、決定的な打撃は与えていない――身体が大きければ、その体力もまた甚大。急所を突かない限り、
『面白い……』
その時、おれの脳裏に例の声が響いた。
クァルーズィオはその眼を光らせ、笑った。そして――
――ズゥン!
後ろ脚を一歩、前に踏み出す。先ほどよりも少し広い
「そんな……まさか……!」
――ヴオォッ!
クァルーズィオが足を一歩踏み込む! そして、構えた腕をまっすぐに突き出す――!
今までのような、力任せに前脚を振り回す攻撃ではない。最短距離を奔る「技」――おれは横に跳び、それをかわす!
――と、次の瞬間、クァルーズィオの身体が反転――!
――ブゥォオッッ!!
脚を軸にして回転するその巨体! そこから繰り出されたのは――水平に飛んでくる、丸太のごとき尻尾の一撃!!
――ドゴッ!!
かわす間もなく、おれはその尻尾をまともに喰らい、吹き飛んだ――!
「……が……ッ……はァ……ッ!!」
2、3回バウンドするほどの勢いで地面に転がされ、狂う平衡感覚の中でおれは確信した――これは紛れもなく「武術」――!
高い知能と悠久の歴史を持つ
――ヴォォッ!
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