30.空手vs古代ドラゴン(前)
「い、っつ……」
「……今日はよく落ちる日だな」
エンディがボヤき、身体の埃を払う。ゲベル少年は着地の際にどこか打ったらしく、瓦礫の上で悶えていた。
おれは立ち上がり、あたりを見回した――そこは、ちょっとした運動場ほどはあるかというほどの広い空間。それほど落ちた感覚はなかったのだが、天井も高い――と、おれはそこで異和感に気がついた。見上げると、そこには崩れた床の穴。跳び上がれば届きそうな高さ――しかし、目の前に広がる空間は、まるでドーム球場のような広さと高さだったのだ。
「……
同じ異和感に気がついたらしきエンディが言った。
先ほどまで探索していた城の内部から少し地下に降りただけだというのに、この場所は明らかに大きさがおかしい。到底、あの城の中に収まっていたとは思えない空間――その壁はオーロラのような不定形に輝き、その天井は水面の如く揺らめく。次元の歪んだ、その狭間。
「……おい、少年。ここはなんだ?」
「……おいらも初めて見た……こんな場所」
ようやく立ち上がったゲベル少年が、事態を把握して目を丸くする。
「島の人間も、城の中枢まで行ったことある奴はいねぇけど、言い伝えはあるんだ。城のどこかにあるっていう『聖域』……」
「もしかしたら、あの
エンディが頭上の不自然な穴を見上げていった。
「
――と、その時、おれたちはその巨大な気配に気がついた。
なにかとてつもなく大きな「存在」がそこにいて、身じろぎする――その気配が否応なく、おれたちに伝わってきたのだ。
おれは振り返った。横の方にそびえる台地のような小さな丘――あたかもそれを台座の如く足元に敷いて、それはそこに存在していた。
「……そんな……まさか、本当に……!」
赤銅色の革と鱗に覆われた巨体。長い首に、大きく鋭い角。強靭な後ろ脚で台座を踏みしめ、前脚の鋭い爪をその縁にかける。背中から大きな革の翼を、天を衝くかのように広げ――
――グオオォォォ!!!
「あ……あ……」
――まさに、こういう状態を「畏怖する」と呼ぶのだろう。エンディとゲベル少年は言葉を失い、
それはおれも似たようなものだったかもしれない。その時のおれは、初めて目の当たりにした
棒立ちになるおれたち、そして
「……?」
彼と目が合った瞬間、おれの頭の中にそれが訪れた。彼の目から、おれの目へ、送り込まれるこれは、言葉――?
おれは息を呑み、それに答えようと口を開く。
「……寝ているところを邪魔してすまなかった。突然のことだったんだ」
「あいにくだが……出て行くことはできない。この場所に用がある」
「そうだ……
膝が震えた。目の前にいるのは紛れもなく――現実の世界でも数々の伝承にその姿を現し、ある時は神として、またある時は悪魔の化身として、人智を超越した力を振るう存在。高い知能を持ち、言語と歴史とを有し、太古の昔から存在し続ける――その存在の名、それは「
おれの身体はこの時、その意味を理解していたのだ。それは――この姿はつまり、生物としての究極の姿なのだ、と。
だからこそ――
おれはカラカラに乾いた口の中を、舌で湿らせた。
だからこそ、退くわけにはいかない――!
「……その前に、あなたと立ち合いたい」
「どうせあなたを倒さねば、
おれの顔を、
「……笑った?」
エンディが呟いたのが聞こえた――しかしそれは次の瞬間、響き渡った猛烈な咆哮、そして押し寄せた強烈な波動によってかき消された――!
その衝撃波だけで、生半可な魔獣であれば消し飛ぶのではないか――そう思わせるほどの圧力。そして後ろ脚で立ち上がり、吼えた
竜巻の中にいるかの如き風圧と共に舞い上がり――そして地を割るかの如き響きと共に、
―――グォォォォォッ!!
再び、咆哮。
おれは二本の足で大地を踏みしめ、押し寄せるその圧力に向かい、立つ――
「……エンディさん、少年を頼む」
「わかった。貴公の戦い、共に見届けよう」
「感謝する」
「……死ぬなよ、『
おれは振り向き、エンディに向かって笑った。
「空手を、信じていてくれ」
エンディとゲベル少年はおれたちから離れ、台座のようになった丘の陰へと非難した。
おれは
「すまない、待たせたな」
――と、脳の中にまた、彼の言葉が響いた。
「クァルーズィオ」――
それが彼の名乗り。
「……承った。ではクァルーズィオさん……いざ、尋常に……!」
おれは足を開いて立つ。両の腕を頭上に伸ばし――ゆっくりと目の前に掲げ、体重を落として「猫足立ち」に構えた。
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