28.空手vsスライム(前)
――ドゴォン!
地響きと共に振り下ろされた石の拳を、おれはかわす。
天井の高い
「遅い!」
目の前の魔獣――岩石が組み合わさり、人の形となった
石の拳を難なくかわし、おれは距離を取った。
同じく距離をとったエンディが、おれの近くに来て、言う。
「
「……いや、普通に倒せばよくないか?」
「……え? だって石だぞ……?」
そんな相談をしているところへ、
石の身体を持った巨人――魔法か何かで動いているんだろうが、当たり前のことながら、非生物であるその身体に急所は存在しない。
空手はスピードとタイミングだ。その技のほとんどは、人体の急所を如何に突くか、ということに焦点が当てられている。
つまり、
――ブゥン!!
続く
「チェストォーッ!」
自然石割り――鍛えた拳で瓦やコンクリート・ブロックなどを割る、空手のデモンストレーション「試割り」の中でも、もっとも困難なのがこれだ。人工的に形を整えられた作られたブロックなどと違い、自然の中で削られ、磨かれた石を砕くのは容易な技では至らない。
かつて、山籠もりの修行の末に会得したこの技――石の「目」を見切り、手刀で砕く。生物的な急所の存在しない、石造りの
――ドッゴォォン!
その身体を支える膝を文字通りに割られ、
「硬すぎる身体は関節に負担をかけ、怪我のもとになる……柔軟運動からやり直すんだな」
「……まったく、貴公のカラテにはもはや呆れてしまうな」
エンディが剣を収め、言った。その後ろから、離れて戦いを見ていたゲベル少年が顔を出す。
「なんなんだよ……あんたら一体、なんなんだ。なんだよカラテって」
困惑顔で言うゲベルに、おれは自分の拳を見せた。
「修行次第で、きっと君にもできるようになる」
「そ……そんなバカなことが……」
「自分の拳で運命を切り
「うるせぇ! なにが運命だ!」
少年は怒ったように顔を逸らし、おれたちの先に立って歩き出した。
その背中を見送りながら――おれはこの少年の運命を思う。冒険者を罠にはめて
「……もっと強い
前を歩く少年に、おれは声をかけた。
「……おいらだって、この中を全て知ってるわけじゃない」
少年はこの「傲魔の城」の中をある程度探索しており、強力な
「大抵のやつはあの
「……なぜそのようなことを」
「生きるために決まってんだろ!」
振り向いていったゲベル少年の、悲しいほどに暗いその目――おれはそれに少なからずショックを受けていた。人を死に追い込み、その死を穢すことことについて、一切の罪悪感を感じていない。この少年をそうまでさせてしまうその境遇。
現代とは文明の成り立ちがそもそも違うこの世界――
「……そこの先」
ゲベル少年が立ち止まり、ぶっきらぼうに言う。その指さす先は、細い通路になっている。
「……ふむ?」
エンディがその通路に近づき、覗き込もうとする――
「……ちょっと待て!」
ゲベル少年は強い口調でエンディを制止した。何事かと思ってみれば、少年は通路の反対側の壁に近づき、そこを何事か探った。
――カチッ
なにかの作動音、そして――
――ゴッ!!
通路の中に噴き出す炎!!
「あぶなっ……!?」
通路の近くにいたエンディが慌てて身を引いた。
「……そのまま通路の中にいったら、この罠が作動して丸焦げになる。先にこのスイッチで作動させとけば大丈夫だ」
少年が壁側から戻ってきて言い、先に立って通路の中に踏み込む。罠は作動しない。
「……なぜ教えてくれたんだ? お前は私たちを殺そうとしていたのでは……」
エンディの問いに、ゲベル少年は振り返りもせず答える。
「……これ、勝負なんだろ? その人のその、カラテとかいうやつが
おれとエンディは顔を見合わせた。おれは少し嬉しくなり、言った。
「……そうだ。おれと君との、勝負だ」
「……」
少年は黙ったまま、速足で歩いていった。おれたちもその後に続く。
――と、少年が立ち止まった。
「……ここの扉の先だ」
少年の前には、大きな鉄の扉。
「……この中に、なにがあるんだ?」
「……おいらが知ってる中で、一番やっかいなやつがいる」
そう言ってゲベル少年は、鉄の扉に手をかけ、開いた――
そこは、ちょっとした道場くらいはあろうかという大きな部屋。壁や床のところどころが崩れ、金属製の骨組みが露出しているその部屋の真ん中――そこに、それがいた。
「拳で運命を切り
それは、緑色の大きな――ぶよぶよとした粘液の塊。小型のトラックほどもあろうかという大きさの、地上を歩くクラゲとでもいうべきか。それが、その身体を震わせながら、こちらに対して反応を見せた。
「
エンディが剣を抜きながら言った。
「これはまた……さっきとは打って変わって、身体の柔らかいやつが来たな」
意思を持った粘液状の生物、俗にいう「スライム」――その一種、
柔らかい身体であるほど、打撃は通りにくく、また組み技でもその身体を捕えにくい。だから武術では柔軟性が大事なのだが――その究極とでもいうべき姿が、そこにあった。
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