27.空手vs「呪い」

 八本腕の魔神――鉄のように硬い皮膚に、三つの眼によって広範囲をカバーする視界、八本の腕によって鉄壁の防御。その上魔法をも操り、その多腕を活かして防御をしつつ、同時に魔法の詠唱までも可能――



「……厄介な相手だな……!」



 おれはこの前戦ったギオ・ゴーチャの蜥蜴鬼人蹴脚術リザードマン・サバットのことを思い出した。両の脚を自在に使い、高威力の打撃を間断なく繰り出す技――あれも厄介だったが、こちらはそれとは別の手ごわさだ。尻尾やら多腕やら、まったくこちらの世界の連中と来たら。


 多腕魔神ヘカトンケイルは腕を広げてこちらを威嚇する。その姿は、かつてアメリカのリングで戦ったプロレスラーたちを思わせた。



「あの時も大変だったっけな……」



 白人で埋め尽くされた大きな会場ホールの真ん中で、リングに立ったときの孤独感。ちっぽけな日本人が巨大な対戦相手の前に立ち、数千人の観客からブーイングを受けながら戦う。試合に勝ったら勝ったで観客が暴動を起こしかけ、集団制裁リンチに遭いそうになって裏口から逃げ出す羽目になったこともあった――


 今もあの時と同じ、敵地アウェイでの戦いだ。おれたちの行く手を阻んだあの人々、ここを訪れた冒険者のものと思しき亡骸たち――その真ん中で、巨大な相手と向き合う今。


 多腕魔神ヘカトンケイルがその腕を振り上げた。


 あの姿勢は、魔法攻撃――おれはその瞬間に、相手の足元へと踏み込んで距離を詰める! おれの反応に、多腕魔神ヘカトンケイルは慌てて魔法の詠唱を取りやめる。その、一瞬の隙――!



「てりゃぁぁッ!」



 多腕魔神ヘカトンケイルの足元へと踏み込んだおれは、その太い脚に蹴りを見舞う!


 近接格闘戦における下段廻し蹴り――またの名をロー・キック。その有効性は、今さら特筆するまでもないだろう。防御が難しく、そしてその威力は上段への攻撃に比べて劣るものではない。人型生物にとって、二本の脚は全ての行動の起点――それを攻撃し、削ることはその戦闘力を奪うことと同義だ!


 大腿四頭筋の継ぎ目を狙って放たれたおれの蹴りに、多腕魔神ヘカトンケイルは顔をしかめたが、すぐに足を引き、拳を振り下ろしてきた。おれは身体を捌き、それをかわす。



「一撃で倒せるとは思ってないさ……!」



 おれはかわしざま、逆の脚へとまた下段廻し蹴り! 多腕魔神ヘカトンケイルは一瞬、身体をぐらつかせながらも、おれを蹴ろうと足を振り上げる――それもまた、かわして蹴り!


 おれの3倍はあろうかという巨大な魔神――そのような相手に対しては、距離を取りたくなるのが人情というものだ。だが、そうした心にこそ隙が生まれる。相手の攻撃に対処することが出来るのであれば、むしろ相手の懐に入った方が安全なこともあるのだ。


 攻撃をかわしつつ、すぐ反撃に移ることのできる巨人の足元――至近距離のために電撃魔法を撃つこともできない、防御に腕を使えないこの位置ポジションこそが、多腕魔神ヘカトンケイルの最大の隙だ!



「……はぁぁッ!」



 何発目かの下段蹴りに、多腕魔神ヘカトンケイルはとうとうその足元をふらつかせた。


 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、虎穴に入らずんば虎子を得ず――敵地アウェイの中に踏み込んでこそ活を得る。今までもおれは、そうやって戦ってきたのだ――



「……ウオオオォオオン!!」



 多腕魔神ヘカトンケイルが吼え、その八本の腕を広げた。覆いかぶさるかのようにして、おれを掴もうとその手を伸ばす! 全方位から迫る、八本の腕――!



 ――この瞬間を、待っていた!



 おれは身体を伏せ、大きく踏み込んだ。八本の腕の唯一の死角――足元。多腕魔神ヘカトンケイルの脇に潜るようにして、掴みかかる腕をすり抜け――そしておれは、大地を蹴り、跳んだ。


 多腕魔神ヘカトンケイルの後方――そこには、そびえる城の壁。八本の腕をすり抜けざまに跳躍したおれは、その壁を蹴り――!



「……秘技・三角とび蹴りぃッ!!!!!」



 空中で壁を蹴り、反転――その勢いのままに、多腕魔神ヘカトンケイルの後頭部へと蹴りが刺さる!!!


 三角とび――これぞ空手最大の秘技! 壁などを蹴り空中で方向を変えて、相手の死角からの奇襲!


 これまで数々の窮地をくぐり抜けてきた、必殺の技。見当違いの方向に飛んだ相手が、別の方向から襲ってくる――正面からの攻撃には鉄壁の防御ガードを誇る多腕魔神ヘカトンケイルも、八本の腕が届かない背後には、まったくの無防備!


 試合では攻撃を禁止される人体最大の急所・後頭部の頸椎けいつい――見えないところからここを強打され、倒れない人型生物ヒューマノイドはいない。多腕魔神ヘカトンケイルは白目を剥き――地響きを立て、倒れた。



「……勝負ありだ」



 着地し、残心をとる。多腕魔神ヘカトンケイルは地に伏し、動く気配はない。


 強敵だった――体格とその防御力という基本的な能力の高さと、魔法まで使いこなす柔軟性。惜しむらくは、「技」が伴わなかったこと。この魔獣モンスターにボクシングの技術でも仕込んだら、相当なものになるのではないか。



「お見事」



 エンディの声がし、おれは振り向いた。見ると、骸骨戦士スケルトン・ウォリアーたちは残らず力を失い、地に崩れ落ちている。



「10人組手、達成したようだな」


「いや、魔法を使ったからな……反則だろう」



 割と本気で悔しそうなエンディの肩をひとつ叩き、おれは断崖の方を見上げた。



「少年! 降りてきたまえ」



 断崖から降りる細い棚岩の道を伝い、ゲベルが降りて来る。この少年の身軽さもなかなかのものだ。



「……無事でよかった。あんたすげぇな、を素手で倒しちまうなんて……」


「空手という技だ。なに、君がおかげだよ」



 おれの言葉を聞いて、ゲベル少年の顔色が変わった。



「……どういうことだ?」



 エンディが言うのに、おれは答える。



「今、と言っただろう? つまりこの少年は、あの魔神や骸骨がここにいるとわかっていて、おれたちを案内したのだ」


「なんだって……!」


「恐らくは、最初に会った島の民もグル……島を訪れる冒険者を危険な場所に導き、罠を仕掛けた断崖から落として魔獣モンスターの餌食にする。後で装備を剥いで金にでも変えていたんだろう」



 おれたちの前に立って案内していたこの少年が、崩れた棚岩を踏まなかったこと――そして、冒険者のものらしき亡骸がろくな装備を身につけていなかったこと。そして降りてきたときの少年の態度。つまり、これが「呪い」の正体――わかってみれば、呆気ないものだ。



「貴様……!」


「ち、ちがう……! そんなんじゃ……」



 後ずさるゲベルに、エンディが詰め寄ろうとする――と、おれはそれを止めた。



「いいんだ、この少年に案内してもらおう」


「……え?」



 期せずしてハモる二人に、おれは言う。



「おれの望みは強い相手と闘い、空手の可能性を追求すること……利害は一致しているだろう? つまらないザコとやたら闘うよりもずっといい」



 呆気にとられているゲベル少年。その隣でため息をつくエンディ。おれは言葉を継ぐ。



「おれたちが倒れたら、その時は追い剥ぎでもなんでもしたらいい。いわば、これはおれと君との勝負だ。どうだ?」


「……あんた、頭おかしいのか?」


「……こいつは空手バカなんだ。すまないな」



 何ともいえない表情のゲベル少年と、諦め顔のエンディ。おれは振り返り、城へと向き直った。



「そうと決まれば、早くいこう……次はどんなやつが出てくるかな!」

 

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