25.空手vs多腕魔神ヘカトンケイル(前)
暗黒の島。
ヴァンフリーの王都から馬車で南に1日、そこの港から船で3日ほど。それほど遠くない距離にあるにも関わらず、この島がそのように呼ばれるのは、その周囲が渦と岩礁に囲まれた海の難所であること、凪になると
島は岩ばかりで緑も少なく、開拓する価値は薄い。まれに冒険者が遺跡へ
船は岩礁の外に錨を降ろし、おれたちはボートで島に近づく。途中で一度、岩礁を根城にする
「2日は船で待っているが……3日目に戻ってこなかったら引き揚げる。それでいいな?」
「ああ、契約通りだ。問題ない」
船長にそう言い残し、おれとエンディはボートを降りた。
「ああ、えっと……」
島の中へ向かうおれたちに、船長が後ろから声をかける。
「……なにか?」
「……やっぱり3日待ってやる。気をつけてな」
目を逸らしながらいう船長に、おれは笑って拳を見せた。
「空手を信じろ、だ」
おれたちは岩場を登り、雲に巻かれそびえる「傲魔の城」を目指した。
* * *
「旧文明期の遺跡……いったいこんなところに、どんな用途で城を立てたのか。いや、城かどうかも怪しいな」
岩場を登りながら、エンディが言う。
「昔は環境も違ったのかもしれん。なにしろ旧文明は天変地異で滅んだと言うしな」
「強力な
「それはわからんが……それに、『呪い』というのもどうも嫌な予感が……」
かつてこの島に挑んだ冒険者の中に、ヴァンフリー随一の勇者と称される実力者がいた。しかし、この島に渡って以降、彼の消息は途絶え――そしていつの間にか、彼の愛用していた魔剣が闇市場に出回っていたという。以後、その剣を入手したものは、ことごとく不幸に遭った――
「……迷信だろうとは思うがな。まぁ、そういう噂が起こるくらいには、危険な場所だということだ」
いずれにしろ、用心に越したことはない。魔獣はともかく、その手の「呪い」とどうやって空手で戦えばいいか。呪いをかけてるやつを殴り倒したらいいのだろうか。
――と、その時、目の端に動くものがあった。
「……なんだ……?」
エンディもそれに気が付き、足を止める。
左右にそびえる岩の断崖――その上に、人の影があった。
「引き返せ……」
その人影から、声が発せられた。ぼろ布を身に纏った出で立ちの、フード状になった布の奥から響く、絞るような声。
「ここから先、近づく者には祟りが降る……引き返せ……」
逆側からもまた、声。そちらを見れば、そこにも人影がある。
「此は龍神の聖域……引き返すのだ……」
よく見れば、あちらこちらの岩陰から、人影が姿を見せていた。周囲をすっかり取り囲まれている形になる。
「
一様にボロ布を身に巻いたその人影は、口々に「引き返せ」と唱えこちらへと迫るが、襲い掛かってくるような気配はない。
「……どうする?」
「……言われて引き返すようならここまで来ないさ」
エンディの問いに答え、おれはさらに坂道を登る。しかし――
「引き返せ……引き返せ……!」
城に近づくにつれ、人影は数を増した。口々に同じような台詞を繰り返し唱えながら、おれたちの周りを取り囲み、ついには狭い道の行く手を塞ぐ。
「これは……参ったな」
こちらに手を出してくるわけでもない以上、空手でなぎ倒すわけにもいかない。
おれとエンディは仕方なく、人混みを裂けるように、城へいたる道を回り込むように進む。ボロ布を纏った人々は追って来ることはなく、その場でただおれたちを見送っていた。
「この島に住む人々だろうか……?」
遠ざかる人々を振り返りながら、エンディが言った。
「このようなところにも人が住んでいるのだな」
「それなら案内をしてもらえれば、それが一番よかったんだけどな……」
エンディが残念がるが、それはどうも望めそうにない。
「暗黒の島」と呼ばれるこの地に住む人たち――近づくものは呪われるという城を守るように、その呪いを口にしていた人々。どうも、きな臭い香りが拭えない。一体「呪い」とはなんなのか――
「案内が必要かい?」
――と、不意に声をかけるものがあった。
おれたちの正面に立つ、小柄な体に纏ったボロ布――片手でそのフードが跳ね上げられ、浅黒く日焼けした少年の顔が露わになる。
「……子ども?」
思わず声に出したエンディに、少年がムッとした顔で言い返す。
「子どもじゃねぇ。ゲベルってんだ」
「……この土地の者か?」
おれの問いに、少年はニッと笑って頷いた。エンディがそのゲベルに問いかける。
「お前は引き返せとは言わないんだな?」
「村の大人たちみたいな臆病者と、おいらは違う」
ゲベルは眉間に皺を寄せて言う。
「『呪い』なんて迷信だってこと、村の連中にわからせてやって欲しいんだ。あの城を攻略してさ!」
熱っぽい口調で言うゲベル。しかし、その表情はどこか――
「……どうする?」
エンディがそう言うのに、おれは頷いてみせた。そしてゲベルに向き直る。
「わかった。案内してもらおう」
「そう来なくちゃ!」
ゲベルはそう言って、城の脇の方を指さした。
「あの城には正面からは入れないんだ。こっちに入れそうなとこがある」
先に立って歩き出すゲベル、それを追いながら、エンディがおれに囁きかける。
「……いいのか?」
「いいさ。好都合だろう」
訝し気な表情になるエンディと共に、おれは速足で道を急いだ。
* * *
「ここだ。あそこに扉があるだろ?」
断崖に沿った坂道をぐるりと回り込み入り組んだ岩場を抜けて、おれたちは城の裏手にたどり着いていた。なるほど、正面からは見上げるようだった城も、ここに来ると断崖の下に見下ろすような形になる。
「しかし、ここをどうやって降りれば……」
城へと続く断崖はかなりの高さがあり、またごつごつと尖った岩で覆われている。もはや絶壁と言っても差し支えのないものだ。
「こっちだ。降りるルートがあるんだ」
ゲベルはおれたちを、細い坂道へと導いた。断崖に棚のようになった、足場とも言えないような足場――おれたちは慎重にそこを降りるが、ゲベルは慣れたものなのか、ひょいひょいと跳ねるように先へと進んでいく。
「お、おい。ちょっと待てよ、そんなに速くは……」
――と、エンディが少年に声をかけたその時だった。おれとエンディの乗っていた棚岩が崩れ――
「おわぁぁっ!?」
おれたちの身体は、断崖へと投げ出される!
落下するおれの眼下に、天を衝く岩が迫り――おれは身体を捻じり、姿勢を変えて直撃を避ける! 頭をかばい、身体を丸めて衝撃を吸収して断崖を転げ落ちながら、おれはその岩壁を蹴った――!
――ドザァァッ!
おれはその蹴りによって方向を変え、まっすぐ叩きつけられるのを避けて地面に身体を転がした。衝撃を分散させて吸収し、素早くその場に起き上がる。
「う……ぐっ……」
同じく落下したエンディが身体を起こした。こちらは
「大丈夫か?」
「ああ……頭はしっかり守ったぞ。『ウケミ』と言ったか?」
「そうだ。便利だろ?」
おれの教えた技術のひとつが役に立ったようだ。おれは改めて、周囲を見回した。「傲魔の城」の裏手にあたる場所、目の前の城の壁には巨大な扉。そして周囲には――
「人の……骨?」
白骨化した人間の亡骸が、いくつも散乱していた――
――ガチャ――
その骸骨が動いていることに、おれは気づく。気が付けば、立ち上がった
そして――それ以上の気配にも、おれは気が付いていた。
「……
「なに? 貴公はどうする?」
「……あいつだ」
城の裏の巨大な門――それが開くのが、見えた。そしてその中から、これまた巨大な影が、現れる――
「……なんだ、あれは……!?」
青銅色の肌に、5~6mはあろうかという巨体、引き締まった体躯の上に輝く三つの眼、そしてなにより――両の肩から4本ずつ生えた、合計8本もの長い腕。
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