20.空手vs魔精霊スペクター(前)

 ――大気が、震えた。


 ディディオレカスの水晶髑髏――ガルディオフが手にしたその神器アーティファクトから禍々しい光が増幅され、あふれるように広がり出す。渦を巻くように広がる白い光が、エネルギーの奔流を巻き起こす――!



「なんだ……! 一体何が……ッ!」



 エンディが叫ぶ声が聞こえたが、おれには――異世界転移者であるおれには、理解できた。は――あれを、。あれは――次元を超えるエネルギーの光!



「う……うおぉぉぉ……!?」



 髑髏を手にしたガルディオフは、そこから巻き起こるエネルギーの洪水に、思わず髑髏を取り落とした。が――髑髏は変わらず、その場に浮遊している。


 いつしかその髑髏の後ろに、「穴」が開いていた。いや、それは後ろなのか前なのか――空間そのものに開いた穴、それは、髑髏を中心にした空間に別の空間が割り込んでいくかのような――



 ――バグォォッ!!



 裂け目から、波動が走った。


 虚空に巨大な石が投じられたかのように、そこから同心円状に広がる大気の波紋。それはすでに残骸と化した館を、さらに砕きながら炸裂する。


 ガルディオフがそれに弾き飛ばされ、館の残骸から転げ落ちた。そしてその後に――がいた。



「あれは……一体……!?」



 なおも押し寄せる波動から身体をかばいながら、エンディが叫んだ


 それが一体なんなのか――その場で正確に理解できたものはいただろうか?


 それは確かに存在する。この目で見えもする――同時にこの視覚では捉えられない。人の如き、魔神の如きその姿。その姿を確かに、おれたちは見ているが――しかしその姿は風景に溶け、どこからどこまでがその存在なのか、判然としない。


 まるで、空間そのものに投げられた、巨大な影――その影が、吼えた――!



――オロロォォォォン!



 それはまるで、死人が道連れを求めるような、禍々しい呼び声。その声と共に、その全身から放出される白い気。それらはひとつひとつが悲鳴のような音で空気を裂きながら、縦横に飛び回る!



「……これは……ヤバいな……!」



 おれは身体を伏せ飛び交う白い気を避けて走った。


 悲鳴を上げながら飛ぶ白い気が、中庭の低木へと突進し、炸裂する――と、低木が瞬時にその生気を失い、枯れ果て崩れ落ちる!



「う、うわあああぁぁぁ!」



 逃げまどう猪鬼オークのひとりに、白い気が襲い掛かる――!



 ――バゥファッ!



 背を向け避けようとした猪鬼オークの脚に、白い気が触れた――と、その脚がみるみるうちに枯れ――!



「お、オレの脚がぁぁぁぁ! ヒィィィィ!」



 腐りゆく自分の脚に、恐慌状態になる猪鬼オーク



「ちくしょう! 舐めんじゃねぇぜ!」



 猪鬼オークのひとりが、手にした山刀マチェットを振りかぶり、投げた――影の喉元へと真っすぐに飛んだその山刀マチェットはしかし、影をすり抜けて彼方へと飛び去る――!


 影が、山刀マチェットを投げた猪鬼オークへとその顔を向けた。そして、その眼――なぜか、おれたちにはその眼が認識できた――が、猪鬼オークを見据え、睨んだ――



「……ァヒ……ハヒェ……」



 その眼から眼へ、射すくめられた猪鬼オークは身体を硬直させ、目を見開いたまま、その眼を逸らすことも出来ず、よだれを口から垂らしてその場に膝をついた――その眼は恐怖に耐えきれず、正気を失っていた。


 影が再び、吼えた――



「うあぁぁ……!? ああぁ……」



 ガルディオフは尻もちをついた姿勢のまま、その影を見上げ震えていた。


 そして、影が――ガルディオフを見た。


 影の周囲を飛ぶ白い気が、一斉に、ガルディオフへと飛ぶ――!



「……くっ!」



 おれは地を蹴り、跳んだ。硬直して動けずにいるガルディオフの身体に組み付き、共に転がる!



 ――ボウゥフ!



 おれの背後で、白い気が弾けた。振り向くと、そこにあったはずの草の生えた大地は、灰の塊と化していた。



「……!? てめぇ、なぜ……」


「いいから立て!」



 おれはガルディオフの腕をつかみ、引っ張りあげた。その時、その「影」がおれたちの頭上に迫り――見上げると、影がその手をこちらへと振り上げ――



「……聖なる掌ホーリー・グラスプ!」



 ――バシィィッ!!



 黄色い光と共に音が弾け、影が後ずさった。エンディがその手から、魔法の波動を影へと叩きつけていた。



「……やはり! 聖光魔法なら退けられるか……!」



 エンディはおれとガルディオフをかばうように立つ。



「エンディさん、あれは……!?」


「私も詳しくは知らないが、恐らくは魔精霊スペクターと呼ばれるもの……次元の狭間に漂う死者の怨念の塊だとも、意思を持った不浄のエネルギーだとも言われているが……おい、ガルディオフ!」



 エンディはガルディオフに怒鳴る。



「あの髑髏、なんなんだ!? お前が出したんだろう、なんとかしろ!」


「……あ、あれは闇市場で手に入れた神器アーティファクトでよぅ……オレも初めて使って……」


「……制御できずに暴走したわけか」



 その影――魔精霊スペクターはその体勢を立て直し、再び、吼えた。エンディが唇を噛む。



「やはり、私レベルの聖光魔法ではダメージに至らない……! 強力な攻撃魔法か、高位司祭の不浄返しターン・アンデッドでもないと……」


「……だが、なんとかしないわけにはいかないな」



 おれは立ち上がり、ガルディオフに声をかける。



「あんたは退がってろ」


「……まさかおめぇ、アレと戦うんか!?」


「……そうせざるを得まい」



 おれは前に進み出て、脚を肩幅に広げた。うしろでガルディオフがわめく。



「なぜだ!? なぜてめぇはそんな……それになぜ、オレを助けて……」


「……そうすべきだと思ったことをする。それが空手だ」


「……!?」


「大丈夫だ……空手を、信じろ」



 おれは両手を頭上にあげ――ゆっくりとそれを降ろし、構えた。

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