19.空手vsホビット錬金兵法

 女ホビットの放った光を放つ球――いわゆる閃光爆弾フラッシュ・バンのようなものをまともに受け、おれの視界は閉ざされた。


 正面には女ホビットと大猪鬼オーク・ロードのガルディオフ、そして周囲に側近の猪鬼オークたち――視力を失って切り抜けられる状況ではない!



「くっ……!」



 おれは咄嗟にその場で反転する。そして、大体の見当をつけた方向へと、思い切り――



 ――ダァン!



 入ってきた部屋の入口のドアを、おれは体当たりでぶち抜いた。転がるように廊下へと出る。まずはこの場から退かなくては――! しかし、このように何も見えなくては――



「……こっちだ!」



 と、おれの肩に手が置かれ、おれの身体が引っ張られる。



「エンディさん! あんた、無事なのか!」


「あの手の相手とは前にやりあったことがある。咄嗟に顔を背けられてよかった」



 エンディはおれの背中をどん、と押した。おれは見えないながらも、そちらに向かって全力で走る。


 あとでエンディに聞いたことだが――体格に劣り、非力なホビットはその反面、敏捷で器用さにすぐれるため、彼らの中には錬金素材や薬剤ポーションを組み合わせ、相手を無力化する闘法を駆使する者がいるのだという。だとすれば、自らが拠点とする館の中はまさにホームグラウンド――虎の檻に踏み込むようなものだ!


 

「左に階段だ!」



 エンディが叫ぶのが聞こえる。おれは身体を丸め、身を躍らせた。



 ――ズダダダダッ!



 そのまま、階段を一気に転げ落ちる。覚悟を決め、身体の体勢さえしっかりと整えていれば致命的なダメージになることはないが、それでもかなり痛い。



「立て! 囲まれてるぞ!」



 エンディの声が聞こえ、おれは目を開いた。徐々に視力が回復してきている。立ち上がり、目を開いたおれが見たのは、剣を構え、階段の上から追って来る猪鬼オークを牽制するエンディ、そして階下の広間ホールからおれたちを取り囲む猪鬼オークたち――と、その時――



 ――ボッ!



 広間ホールの四隅から上がる、黄色い煙――!


 吹き抜けの上から、女ホビットが顔を出しているのが見えた。と、すると、この煙は――



「……がっ!?!?!?」



 瞬間、脳髄に走り抜ける強烈なショック! 思わず眩暈がし、おれは踏鞴を踏む。


 ――臭い!


 まさに鼻の曲がるような、強烈な悪臭! 卵の腐ったような、溜めこんでえた糞便に腐った酢をぶっかけたような――わずかに吸っただけでせき込み、目まで開けていられないほどの、それは強烈な悪臭雲!



「……ぐっ……えっ……ぐ……」



 エンディもまた、片手で顔を覆って悶えている。そこへ――



 ――ブゥン!



 容赦なく襲い掛かる猪鬼オーク! エンディが転がってそれを避けるのが見えた。おれの方にも猪鬼オーク山刀マチェットが飛んでくる! おれは体を開き、それを捌く!



「……んぐっ……!」



 その瞬間、おれはまた悪臭を吸い込んでしまい、おれはこみ上げる吐き気を抑えた。


 空手の動きは、すべてが「呼吸」と共に成り立っている。稽古で身についた動きをとれば、それは必ず呼吸を伴う。修練が積まれているほど、それは一体化した動きとなって全身に刷り込まれているのだ。「呼吸」を封じることは、空手そのものを封じるに等しい。


 猪鬼オークが手首を返し、山刀マチェットを横に薙いだ――



「……ッ!」



 おれは息を止めたまま、その脇腹へ正拳を打ち込む! カウンター気味に入った正拳で、その猪鬼オークは倒れた。周囲には、まだ何人もの敵――!



 ――ヒュンッ!



 と、そこへ空気を鋭く切り裂く音――おれは反射的に身をひねる!



 ――カッ!



 どこからか投げられた短剣ダガーが、床に突き刺さった。吹き抜けの上から女ホビットが投げているのだ――!



猪鬼オークさんたちには毒と臭いが効かないんだけどぉ、アタシはやっぱ無理だから、ここから失礼するね!」



 立ち込める悪臭の霧の向こう側から、声がした。それと共にまた、飛び来る刃。おれは身を躍らせ、それをかわす。が――


 広間ホールの出口。この雲から逃れるためにも、ガルディオフの言う「条件」のためにも向かいたいそちらから、おれはどんどん遠ざけられている。猪鬼オークたちに囲まれ、壁際へと追い込まれつつあった。


 エンディもまた、まともに戦えないまま逆側へ追い詰められていた。そこには先ほど、ギオが蹴りで柱を砕いた跡が刻まれている。



「……この館の中でお兄ちゃんたちが勝てるわけがないの~。ほら、大人しく死んでよね~」



 女ホビットの声がする。先ほど短剣ダガーを投げたのとは別の角度からだ。


 と、広間ホールの真ん中でもう一つ、なにかが弾けた。そこから黒い煙が広がり、視界を遮る煙幕弾――!


 なるほど、館の張り巡らされた構造や罠を知り尽くし、おれたちを無力化しつつさらに、死角からの奇襲でおれたちを追い込む。領域テリトリーに入り込んだ相手を確実に殺すための、冷酷で合理的な戦術――!



「……この館の中では、か」



 ――つまり、おれたちが戦っている相手は、同胞団マフィアの拠点であるこの館そのもの。ならば――


 おれは身体の中に残った酸素を集め、一瞬のを作る。



「技を借りるぜ、ギオ・ゴーチャ!」



 おれは全身に巡らせた力を一気に解放し、跳んだ――!



蜥蜴鬼人リザードマン式・柱砕き蹴り!」



 ――バゴォッ!!



 広間ホールの天井を支える、丸太づくりの太い柱――近くにあったその1本を、渾身の後ろ蹴りが貫き砕く――!



 ――メキッ――



 先ほどギオ・ゴーチャが破壊した柱――そしてさらにもう1本の柱を失い、広間ホールの天井はその支えを失い、壁が崩壊を始める!



「……もう一丁!」



 動揺する猪鬼オークたちの隙間を縫い、おれはさらにもう一本の柱へと走り――それをも、砕いた!



 ――バキバキバキバキッ



 三階建てほどの高さの構造を支える柱を3本も失い、館はついにその自重に負け、天井が落下!


おれは混乱する猪鬼オークたちを尻目に広間ホールの出口へと走り、身体ごとそれを破った――!



 ズドオォォォン!!!!



 おれが外へと逃げ出した直後、同胞団の館は完全に潰れて崩壊した。


 おれはようやく、新鮮な空気を吸い込み、ほっと吐き出す。まったく、タチの悪い相手だった――あの女ホビットやガルディオフ、猪鬼オークたちのほとんども残骸の下だろう。まぁ、死にはすまいが――勝負はおれの勝ちだ。


 周囲には、おれと共に逃げ出した数人の猪鬼オークが、館が潰れたのを目の当たりにし、呆気に取られていた。それに――



「……なんてことするんだ貴公というやつは!! あやうく下敷きになるところだろうが!!」



 ――無事逃げ出したらしいエンディもいた。



「あんたなら上手く逃げると思ったし、その通りだったろう?」


「そういう問題ではない!」



 ――と、崩壊した館の上の方で、残骸が動いた。



「……てめぇ……てめぇってやつぁ……」



 残骸を押しのけて、ガルディオフがそこに立ち上がる。おれは膝のホコリを払い、その場に立ちあがる。



「……生きて館を出たぞ。なにか異論があるかね?」


「てめぇ……ッ!!」



 遠くからでもわかるほどに、ガルディオフはこめかみを震わせていた。そしてガルディオフは、首から提げた髑髏どくろ型の首飾りを手に取る。



「絶対に許さねぇ! なにがなんでもブッ殺す!!」



 髑髏の首飾りを首から引きちぎり、ガルディオフは頭上へと掲げる!


 ――と、おれはその水晶造りの髑髏が、ある特有の輝きを放っていることに気が付いた。



「あの髑髏……まさか!?」



 あの禍々しい雰囲気、ほのかに光を纏うようなあの輝き、それはおれも見覚えのある――



「……神器アーティファクト!」



 ガルディオフは髑髏を高く掲げ、叫んだ。



「顕現しやがれ、ディディオレカスの水晶髑髏よ!」

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