18.武力と暴力

 広間から階段を上がり、館の二階。


 大き目の扉の前に、ホビットの女はおれたちを導いた。



「どうぞ……」



 女はそう言って扉を開け、中に入った。おれとエンディはその後に続いて扉をくぐる。今のところ、罠の気配はないが――


 広い部屋の真ん中に、大きな椅子。そこに腰かける、緑色の巨体――いつぞやの決闘の際にも見かけた大猪鬼オーク・ロード。部屋の中には他の猪鬼オークも数人。



「囲まれないようにな」



 エンディが囁く。おれはうなずき、猪鬼オークたちの位置を確認しながら部屋の中へ歩み入る。



「お前か」



 大猪鬼オーク・ロードが口を開く。



「うちの子分どもを、随分と可愛がってくれたなぁ、オイぃ」



 エンディが俺の横から一歩、前に進み出る。



大猪鬼オーク・ロード・ガルディオフ……久しぶりだな」


「……誰かと思えば、いつかの女か。てめぇも散々、オレたちの邪魔ぁしてくれやがってよぅ」


「黙れ! 悪事を働いているのはお前たちだろう!」



 大猪鬼オーク・ロード――ガルディオフはその大きな目をじろりとこちらに向けた。



「悪事、だと……? 随分勝手な言い草じゃねぇか、人間よぉ」


「なに……?」


「……てめぇら人間がオレらになにをした。土地を追われ、仕事を奪われ、オレら猪鬼オークは生きるのに精一杯だったんだ」


「それは……ッ」



 「魔導大戦」では、猪鬼オークの国が魔王の側につき、王国と敵対したという。戦争が終結した後、猪鬼オークたちはそれを口実にした人間たちに村を焼かれ、土地を奪われて都市へと流れ込み、スラムを形成した――おれもこの世界で暮らす中で、そうした事情がだんだんとわかってきていた。



「真っ当に生活しようにも、亜人間デミ・ヒューマンは城壁の中へすら入れねぇ。ならばどんなことでもやらにゃいけねぇ。生きるためになぁ! そういう連中が自然と集まったのがこの同胞団よ!」


「……それが悪事の言い訳には……」


「わかってねぇんだな、騎士さんよぉ」



 壁際に立っていた猪鬼オークが口を挟む。



「オレたちが生きるためにやってることが、おめぇら人間にとっちゃ迷惑だって言うんならよぉ、それは……オレらとおめぇらの戦争なんじゃねぇのかぃ?」


「……戦争……」



 猪鬼オークたちの目は本気だ。エンディは唇を噛み締めていた。彼女とて冒険者だ。この矛盾には気がついてもいる。しかし、一介の騎士であるエンディにどうにかできるほど、単純な問題ではないのだ。


 おれはガルディオフに向かい、口を開いた。



「……ソークたちのようなエルフの村を支配し、脅しをかけるのも生きるためか」


「ああん?」



 ガルディオフが睨み返すのを、おれはまっすぐに見返す。



「自分たちより弱い者を虐げ、暴力で支配し搾取する……それはお前たちの嫌いな人間のやっていることと、変わらないのではないか?」


「……そうだ。それのなにが悪い?」



 ガルディオフは肘を膝にかけ、身を乗り出す。



「おめぇら人間は、やたらと理屈をつけたがるが……強ぇ奴が弱ぇ奴から奪うってのが、世界のもっとも自然な姿だろうがよ。自分が奪われないために、強くなる。仲間を集める。力を集める! それが生きるってぇこった。違うかぁ!?」


「……」


「……なぁ、『ザ・ハンド』よ。あんたぁスゴ腕だ。その力についちゃ、オレぁ一目おいてんだぜ……あんたのその、カラテ、だったかぁ?」



 ガルディオフはおれの目をまっすぐに見据えた。強い眼だった。



「自分の生きたいように生きるための力。それがなければ、誰かの踏み台にされる。そのために戦う、そのための力……おめぇの力も、そのためのものじゃぁねぇのかよ?」



 おれはガルディオフを見返した。


 ――この男もまた、闘っているのだ。


 ギオやグラズェ、それにこの周りの猪鬼オークたち。これほどの強者つわものたちを従える器。この男もまた、その「力」でこの世界を生き抜いているのだ。


 おれは口を開いた。



「……あんたの言いたいことはよくわかった。ある程度理解もする。だが、おれにはおれの事情があるし、人間の方にも事情がある」



 ガルディオフが片眉を動かした。おれは言葉を継ぐ。



「お前たちがおれの命を狙うのは別に構わん。しかし、他の者を巻き込むのはやめろ。ソークと、エルフの村から手を引け」


「……聞けると思うか? そんな身勝手な要求が」


「身勝手はお互い様だろう。呑めないというのなら」



 おれはガルディオフを見据えた。



「……最後までやるかね?」



 数瞬、おれとガルディオフの視線が交錯した。


 ――己の意を通すための力。相手を屈服させることで、意のままにする力。


 ガルディオフの言うことはある面では正しい。この世界では、力のない者は常に力ある者に踏みにじられている。猪鬼オークたちだけではない。人間同士の間でもそうだ。いや、それはこの世界だけでなく、現実の世界でも同じこと――


 猪鬼同胞団オーク・マフィアのような存在は、敵対する立場からは悪辣な犯罪集団だが、その中にいるものたちにとっては外敵から身を守るための共同体であり、生活の拠り所である。それはいわば、国の中に存在する、もうひとつの国。


 ルールの違う相手――それと渡り合うための暴力装置。そのための力――



「……まぁいい。それで手打ちにしてやってもいいぜ」



 ガルディオフがふっと力を抜き、身体を背もたれに預けながら言った。



「だが、条件がある」


「条件だと……!?」



 エンディが横からそれに反応する。



「一体なんだ? 金か?」


「てめぇらからむしり取ったところで大した金にはならねぇだろうが」



 ガルディオフは身を乗り出し、その太い顎を歪ませてニヤリと笑う。



「例えば……この館から生きて出られたら、ってなぁ、どうだ?」



 ――その時、おれは気がついた。


 あの女――おれたちをこの部屋へと導いたホビットの女が、いつの間にかガルディオフの傍らに立っている――!



「……まずい! 逃げろエンディさん!」



 おれはそう叫び、入ってきた扉の方へ退がろうとした――その時、女がその手に持った球のようなものを、おれたちの足元に放った――!



 ――カッ!



 球が弾け、閃光が走る!


 やられた――! 閃光を目に叩きこまれ、おれの視界は塞がれた。

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