17.空手vsリザードマン蹴脚術(後)

「ヤルナ、ニンゲン……」


「あんたこそな、リザードマン! 炎の魔神イフリートなんかよりよっぽど手強いぜ」



 間合いを取りながら、おれたちは睨みあう。


 入り口の方では、エンディと睨みあっていたはずの猪鬼オークたちさえも、こちらの闘いを見守っているようだ。


 無理もない――ただでさえ存在の珍しい蜥蜴鬼人リザードマンの使う、幻の武術・蜥蜴鬼人蹴脚術リザードマン・サバット。同じ同胞団の猪鬼オークたちでさえ、その技を見たことはほとんどなかったのだろう。


 モンスターと対峙するのとは違う、遣い手同士の濃密な空気――先のエルフ柔術の達人・ソークもそうだったが、これほどの相手との、これほど濃密な「組手」――男なら、この空気から目を逸らせようはずもない!



「……ユクゾ!」



 ギオはそう短く叫んだ――前傾の姿勢から、低い体勢で踏み込んで来る!



 ――ガキィッ!



 そして下からすり上げるように繰り出される強烈な蹴り! 脇を締めてそれを受け止めたおれに、逆側からさらに蹴り!



「ぐッ!!」



 受け止めた腕が痺れる。


 尻尾のお陰で体勢が崩れることを気にせずに放たれる蹴りの威力は絶大だった。おれは身体を浮かせてその威力を殺したが、そのお陰で2、3mも吹きとばされる。


 両手の武器と組み合わせての連撃では勝ち目がないと考えたのだろう、ギオは一撃の威力を上げるスタイルに切り替えたようだ。そしてそれは、恐るべき選択だといえた。



「キエエエエーッ!」



 着地したおれに、ギオが追撃を仕掛ける。気合いと共に跳んで身体を反転させ、尻尾でさらに反動をつけた、高角度の跳び後ろ廻し蹴り――!



 ――ゴガァッッ!!!!



 身をかがめてその蹴りをかわしたおれの背後で、館の柱が砕ける!


 おれは間合いを取り、その柱を見た。太い丸太づくりの柱が、中ほどからへし折れて周りの壁ごと砕けている。


 全身がバネのようにしなやかで強靭な蜥蜴鬼人リザードマンの、全身を使った跳び蹴り技――なんと呆れるほどの破壊力とスピード!



「あの蹴りを破らねば、おれに勝ち目はないか……!」



 まるで、暴れ狂う竜巻と闘っているかのようだ。まさに全身が凶器。あのしなやかなバネ、あの強靭な鱗、あの尻尾。正直に言って、羨ましいくらいだ。



「……フン!」



 ギオが再び、身体を躍らせる。


 暴風のような蹴りがおれに襲いかかった。跳び退ってかわすが、これが間断なく襲ってくるのだからたまらない!



「大した技だぜ、ギオ・ゴーチェ! だが……!」



 二本の脚を自在に使った蹴りの嵐――だが、所詮は


 おれは地面を蹴り、跳んだ。ギオもまた大地を蹴って身体を浮かせ、その両の脚を大きく躍らせる!



「てりゃあぁぁーッ!」


「キイヤァァァーッ!」



 気合いが交錯した。


 ギオが全身のバネを使い、繰り出した高角度の跳び後ろ廻し蹴り――それとおれの跳び廻し蹴りが、ぶつかった――互角!


 そしてすかさず、ギオはもう一方の脚での蹴り! それに対しておれもまた、空中で蹴りをもう一発! そして、その次の瞬間――



「ちぇやぁぁぁッ!!!」



 が、ギオに突き刺さる!


 カウンターとなった蹴りをまともに喰らい――ギオの身体は空中で捻じれ床へと落ちた。



「……必殺・虚空三段蹴り!」



 空中での三段蹴り――おれが長年の修行の末に編み出し、数々の強敵を打ち倒してきた、これぞまさに必殺の技!


 両の脚で二発までは蹴りを受けても、三発目は無防備に喰らうことになる。如何に強靭な蜥蜴鬼人リザードマンと言えど、これで立っていられるはずがない。


 おれは残心を崩さず、倒れているギオに向かった。驚いたことに、ギオはまだ起き上がろうとしていた。呆れたタフさだ。



「……おれの勝ちだ、ギオ・ゴーチェ」


「……」



 油断なく構えたまま、そう声をかけたおれを見て、ギオはようやく観念したようだった。


 おれは後ろを振り返った。



「さて……もてなしは嬉しいんだが、いい加減に取り次いでもらえんかね」



 遠巻きにおれとギオの闘いを見ていた猪鬼オークたちは、身構えつつどよめいた。おれは言葉を継ぐ。



「おれが用があるのは、この同胞団のボスだ。話をつけたい。さぁ、呼んでくれ!」



 おれは声を張り上げた。


 ――と、何者かの気配を感じ、おれは振り返る。そこにはいつの間にか、小柄な女が立っていた。



「うふふ……強いのね、お兄ちゃん」



 いつの間に、こんなに近くに現れたのか――おれは鳥肌が立った。その女――まるで少女のように小柄で、わずかに尖った耳を持った亜人間デミ・ヒューマン――は身体の後ろで手を組み、微笑みを浮かべていた。



親分ボスのところに案内するよ。ついてきて!」



 人間の半分ほどの大きさの亜人間デミ・ヒューマン――ホビットの女。ギオとの闘いに夢中だったとはいえ――いつの間にこんなに近くに現れたのか。


 後ろから、エンディが声をかけてくる。



「罠かもしれん……気をつけろよ」


「ああ……わかっている」



 おれは頷き、目の前の女を見た。ホビットの女はその口元に、顔に似合わぬ妖艶な笑み浮かべた。



「今さらなに言ってるの? あたしたちはお兄ちゃんに死んでほしいんだよ。わかってて来たんでしょ?」


「それもそうだ……では、案内していただこう」


「ふふ……ついて来て」



 女が先に立って歩き始め、おれとエンディはその後を追った。

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