16.空手vsリザードマン蹴脚術(前)

「ふんっ!」



 ――ドッッ!! ゴッ!!!



 襲いかかる猪鬼オークのひとりを、鳩尾みぞおちへの前蹴りでおれは撃退し、そのまま蹴り足を返して後方のひとりを蹴り飛ばす。隣ではエンディが、数合の剣戟の末に相手の武器を叩き落としていた。


 構えをとり、周囲を睨みつける。もう既に半分ほどその人数を減らしていた猪鬼オークたちはひるみ、なかなか襲ってこようとしない。



「……来ないのなら、通してもらうぞ!」



 おれはそう叫びながら、中庭を館の方へと向かった。猪鬼オークたちは遠巻きのまま、それについてくるが、おれたちは半ばそれを無視して館の入り口まで辿りつく。



 ――バン!



 両開きの大きな扉を、おれは勢いよく開けた。



「……!?」



 そこは、広間ホールのような広い空間――そしてそこに漂うただならぬ殺気。部屋の真ん中に、おれたちを待つように立っている、その殺気の持ち主――



蜥蜴鬼人リザードマン……?」



 緑色の鱗に覆われ、わずかに前傾になった立ち姿。頭から首、そして太く長い尻尾の先まで、しっかりと引き締まったその体躯。2mほどの爬虫類が立ちあがったような姿の蜥蜴鬼人リザードマン――両手に籠手剣ジャマダハルを携え、その小さな目がこちらを射抜く。



「用心棒その2、ってとこか……」



 おれはその蜥蜴鬼人リザードマンの前へと進み出、言った。



「エンディさん、後ろは頼む」


「わかった……気をつけろ、蜥蜴鬼人リザードマンドラゴンの血を引くと言われる強力な種族だ。亜人種デミ・ヒューマンというより魔神に近い」


「……ああ、確かに強そうだ」



 おれは足を肩幅に開き、ゆっくりと呼吸をしながら両の掌を前に出し――目の前の相手に問う。



「名前は……?」


「……ギオ・ゴーチャ。『砕キ進ム者』トイウイミ」



 用心棒の蜥蜴鬼人リザードマン――ギオ・ゴーチャは足を引き、両手の籠手剣ジャマダハルをこちらに向け、構えた。



「オマエ、ツヨイ。オレ、モット、ツヨイ」


「……試してみるかね……ッ!」



 おれは踏み込み、仕掛ける――!


 前に構えた手での順突き、ギオはそれを横に避け、左の剣を横に薙ぐ! 頭を沈めてそれをかわしたおれの、頭上から逆手の剣による斬撃! おれは踏み込みながら、上段受けで剣を持つ手を受けた。そしてそこから下段の廻し蹴りを飛ばし、ギオの太股を狙う――いわゆるロー・キック!



 ――ガキィッ!



 ギオが片足を上げ、おれの蹴りをそのすねでブロックした。そこへすかさず返される籠手剣ジャマダハルでの突き! おれは体を開いてそれをかわした。


 跳び退って距離を取り、構えなおして敵を見る。


 ――あの両の籠手剣ジャマダハルによる攻撃――ただでさえ長い手足の間合いを籠手剣ジャマダハルがさらに広げており、思った以上に懐が深い。


 あれをくぐりぬけて打撃を当てるのは、なかなかに骨が折れるかもしれない。それに、先ほどおれの蹴りを防いだあの動きは――


 ――ギオが一瞬、身を沈め、前へと出た。左の剣で繰り出される突きを、おれはさがりながらかわす。そこへ追撃の、右の剣による突き――それをおれは、前に出ながら左の「掛け受け」で捌く!


 そして目の前には、がら空きになったギオの腹――!



 ――ドウッ!



 衝撃が飛んで来た。


 ギオの繰り出したが、おれを捉えていた。


 ――やはり。


 先ほど下段の蹴りをブロックしたあの動きは、格闘者のもの。この蜥蜴鬼人リザードマンの使う流儀には、蹴り技が存在する――!


 蹴りの警戒をしていたおれは、すんでのところでガードを固め、その蹴りを防いでいた――が、本当に恐ろしいのはこの後だった!



 ――ガゴォッ!!



 次の瞬間、おれは顎を蹴り上げられ、身体を宙に浮かせていた。



「……が、はぁ……ッ!」



 蹴りをまともに喰らい、おれは広間ホールの床に仰向けに転がった。


 ――なにが起きた? 先ほど、蹴りは防御したはずだ。なぜもう一発、蹴りが来る? しかも下から?


 数瞬、混乱する思考――そしてその後、闘いの途中であることを思い出し、おれは跳ね起きる。


 そして見たギオ・ゴーチャの姿勢――蜥蜴鬼人リザードマンの闘士は、その太い尻尾で身体を支えて立ち、両の脚を浮かせていたのだ!



「あれはもしや、蜥蜴鬼人蹴脚術リザードマン・サバット……!? まさか、実在したのか……!?」



 エンディが声を上げたのが聞こえた。


 ギオはその場で足を降ろし、構え直す。



「なるほど……種族が違えば、格闘術も違うというわけだな……」



 改めて、おれはここが異世界であることを思い出した。


 尻尾のある蜥蜴鬼人リザードマンならではの格闘術――エルフにいわゆる柔術が存在したことにも驚きがあったが、ならば蜥蜴鬼人に独自の格闘術があっても、なんら不思議はない。


 両の手に籠手剣ジャマダハル、そして強靭な下半身による蹴り。鱗に覆われ、硬い甲皮による蹴りは、空手やキックボクシングのそれともまったく異なる。尻尾で身体を支えての両の蹴り、それと間合いを揃えた両の剣とあわせ、まるで4本の腕によるかのような猛攻――現実世界ではまず出会えない技に、おれは感動さえ覚えていた。



「感心してる場合じゃないな……!」



 おれは前羽の構えをとりなおした。そこへギオが再び、両の手の籠手剣ジャマダハルを突き出して攻撃を仕掛けてくる!



「くっ……!」



 おれはその攻撃を捌き、かわす。そしてその合間に挟まれる蹴りによる打撃を防ぐ――まるで2人を同時に相手にしているようだ。攻撃を合わせ、交差法カウンターを取る隙さえない。


 ただでさえ長い手足に深い懐が、余計に遠く感じられる。しかし――ならば、どうするか――



 ――ガッ!


 

 ギオの蹴りを、おれは腕で受けた――と、一瞬、ギオの表情が歪んだように見えた。


 続いて、逆の脚での蹴り――そこへおれは、受けを合わせ――



 ――ガキッ!



 鈍い音が鳴る。ギオの蹴りと、ぶつかった音だ。


 相手の攻撃に対し、受けると同時に肘、膝、拳、または手刀などを合わせ、相手の手足を破壊する――関節の継ぎ目などに打撃を合わせれば、相手の攻撃が強いほど、相手へダメージが返る!


 ギオは思わぬ脚へのダメージに、一瞬ひるんだが――すぐに籠手剣ジャマダハルでの攻撃を繰り出してきた――そう、この一瞬の隙を待っていたのだ!



「……でぇりゃっ!」



 剣を握るその手首――その内側の急所に叩きこむ一本拳!



「……グォッ!?」



 指の第一関節を突き出し、面でなく点を突く一本拳。それによる手首の急所突きは握力を失わせる。ギオの手から籠手剣ジャマダハルが弾き飛ばされ、床に落ちた!



「……はあぁぁッ!!」



 すかさず、おれはその場で身体をコマのように回転させる。相手の懐の内側で、反転させた身体から真っすぐ上へと繰り出された後ろ蹴りが、ギオの顎をとらえた――!



 ――ドゥン!



 ギオの身体が浮き、そして地に倒れ込む。おれは足を降ろし、残心を取った。だが――



「……! やはり立つか……!」



 緑の鱗に覆われた身体が、ゆっくりと起き上がった。大してダメージを受けてもいないように見える。


 先ほどの上段後ろ蹴りの感触――蜥蜴鬼人リザードマンの首は、胴体からほとんど同じ太さで長く伸び、前へと突き出ている。首の強さ、柔らかさが人間とはまるで違うのだ。


 先ほどの蹴りの手ごたえはまるで、空中にぶら下げられたタイヤを蹴ったようだった。人間ならば脳震盪のうしんとうを起こすところだが、ほとんど効果がない。つくづく、恐ろしい相手だ――


 立ちあがったギオは籠手剣ジャマダハルを捨てた。そしてその身体を丸めるように、前傾の姿勢を取る。



「……ヤルナ、ニンゲン……」


「あんたこそな、リザードマン!」



 表情の読めない小さな目の奥で、ギオは少し、笑ったように見えた。

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