15.空手vs魔獣使い

 亜人街――この世界の街はどこも大抵、城壁に囲まれているが、その城壁の外に広がる粗末な家の連なる街。その住人は大抵、城壁の中に住むことを許されていない亜人デミ・ヒューマンたちか、城壁の中から逃れてきた犯罪者、貧民などだ。


 昼間でも薄暗いその街の真ん中、その館の前におれとエンディは立った。



「なんだテメェ、人間がこんなとこに……」



 門の前にいた猪鬼オークのひとりが、おれたちを目にしてそう凄みかけ、瞬時に顔色を変える。



「……お、お前は……!!」


「ここの親玉に用がある。中に入れてもらえないか」


「くっ……だ、誰がお前を通すか……ッ!」



 そう言いながら、猪鬼オークの腰はすでに引けている。周りには他の猪鬼オークも集まって来ていたが、遠巻きにするだけで仕掛けてこようとはしない。おれは声を張り上げた。



「怪我をしたくなければ、無理はしないことだ! さぁ、取り次いでもらおう、『神の手ディバイン・ハンド』が会いに来た、とな!」



 横でエンディが含み笑いをしている。



「その異名……面映おもはゆいって言ってなかったか?」


「使えるものは使う。それも武道の範疇だ」


「なるほど、憶えておこう」



 ――と、門の奥に集まっていた猪鬼オークたちの囲みが割れる。



親分ボスの客人なら丁重にもてなさねばならないね。入れておやり」



 現れたのは、猪鬼オークの女――人間よりも大きく、骨太な身体つきだが、鋭い目と鷲鼻に長い手足を持った、緑色の肌の女だ。



「あたしはグラズェ。ようこそ『神の手ディバイン・ハンド』、我らが同胞団の館へ」



 門が開き、おれたちは中に招き入れられた。



「……随分あっさりと招き入れるんだな」



 門の中は広い中庭のようになっており、おれたちの周りを猪鬼オークが遠巻きにしている。


 グラズェと名乗った女猪鬼オークは、その中庭の真ん中でおれたちを迎えた。



「別に構わないさ。こちらにあんたの来訪を断る理由はないからねぇ。ただ……」



 おれたちの後方で門が閉まる音がした。そして――



 ――ガルルッ!



 なにかの吼えるような声。猪鬼オークの囲みの後ろ、左右から現れた巨大な――



双頭魔犬オルトロス……! しかも2匹……」



 エンディが呟いた。高さだけでも2m近くある、巨大な犬、しかも頭が2つに、尻尾は蛇――白いのと黒いのが、左右から1匹ずつ。



「この館では猛獣を飼っていてねぇ……たまに客人に噛みつくのさ。充分気をつけておくれよ」



 グラズェは手に笏杖セプターを持っていた。なるほど、つまりこの女は魔獣使い――


 魔犬が、再び吠えた。グラズェの笏杖セプターが光る。白と黒の双頭魔犬が、おれとエンディに向かって同時に跳びかかる!



 おれは横へ跳び、白い魔犬の突進をかわす。エンディは地を転がり、黒い魔犬を避けていた。


 ――と、跳び退ったおれに、白い魔犬の爪が襲いかかる! 着地から一瞬後の反転、攻撃――獣ならではのこの強靭な敏捷性! おれは身をかがめ、その一撃を避けた。



「……ふん!」



 おれは魔犬の鼻っ面に蹴りを一撃いれ、反動で後方へ跳んだ。


 犬――人間にとっては身近な動物だが、その戦闘力は高い。敏捷性に優れて鋭い牙と爪を持ち、相手を見極めるだけの頭脳さえも兼ね備える。ましてや、こいつは頭が2つのまさにバケモノ――その恐ろしさは生半可なモンスターの比ではない!


 しかし――付け入る隙はある。おれは受け身を取って素早く身体を起こし、構えを取ろうと――



 ――バァン!



 その時、立ちあがったおれを、光の弾が襲った!



「……がっ……!?」



 弾ける衝撃が、4発。小規模な爆発のような打撃に、おれは踏鞴たたらを踏んだ。そこへ――



 ――ガァァッ!!


 飛びかかってくる双頭魔犬オルトロス



「ぐッ……!」



 魔犬にのしかかられ、おれは地に背中をつけた。左右から双頭の牙がおれに向くのを、手足で必死に遠ざける。



「魔獣をけしかけるだけなら、魔獣使いとは言わないねぇ……」



 グラズェが笏杖セプターを構えてこちらに向いていた。つまり、先ほどの光の弾は、この女が放った攻撃魔法か――



「あっちの嬢ちゃんはいいとして……あんたは確実に殺らせてもらうよ!」



 グラズェがなにごとか唱え始め、笏杖セプターに光が宿った。



「……ぬん!」



 おれは双頭魔犬の下から、前蹴りで蹴り上げる! おれの蹴りは、魔犬の腹――犬の身体でも柔らかい部位のひとつ――に深々と突き刺さり、魔犬はひるんで横倒しに倒れた。


 そして生まれた隙間から地面を転がり、おれは立ち上がる。そこへ――



魔導弾マジックミサイル!」



 グラズェの手元から、放たれた光の弾が、4発。弧を描いておれに襲いかかる!


 相手へと喰らい突く光の衝撃――例えかわそうとしても、確実に標的へと突き刺さる魔法の弾丸。先ほど身を持って味わった経験から言えば、それは「衝撃」そのものを固めたようなものだった。だとすれば――



「……ぬぅぅん!」



 ――ガガガガッ!!


 中段、上段、下段、そしてまた中段――魔法弾の連撃を、おれは空手の「受け」で捌き切る。その正体が「衝撃」である以上、腕を返して衝撃を受け流す空手の受け技なら―――全く問題はない!


 体勢を崩さず、魔導弾マジックミサイルを受け切ったおれは、そのまま双頭魔犬オルトロスへと向き直る。腹を蹴られて横転した魔犬は身体を起こしたところで、こちらに脇を見せていた――今だ!



「ちぇぁぁーっ!」



 おれは地面を蹴り、跳んだ。低空を水平に飛び、一気に距離を詰めての跳び横蹴りが――魔犬の後ろ脚を横から砕く!


 おれも修行の中で、動物の動きを随分と研究してきた。特に犬の戦闘力には学ぶところが多い。


 犬は強靭な後ろ脚の脚力を起点とし、全ての動作を行う。その犬にとって、後ろ脚はまさに生命線――そこを破壊すれば、犬は戦闘能力を失う。双頭の魔獣とて、例外ではない!



 ――クゥーン



 魔獣とも思えぬ悲鳴をあげ、双頭魔犬オルトロスは倒れた。意識はあるが、立ち上がれない。すでに戦意を喪失しているだろう。勝負はあった。


 おれはもう一匹の黒い魔犬の方を見た。エンディがその剣を、片方の頭の口の中に深々と突き刺しているのが見えた。おお、善戦している。


 もう片方の口に噛みつかれそうになったエンディは、剣を手放して転がり、それをかわした。柔軟ないい対応だ。あの堅物の女騎士も、だんだんと動きが良くなってきているようだ――おれは、そちらへと駆ける。



「エンディさん、剣を!」



 そう声をかけながら、おれは跳んだ。もう片方の首の根元へと、馬乗りになる。



「たぁぁッ!」



 おれはそこから、魔犬の眉間へと渾身の猿臂えんぴ――肘打ちを叩きこむ!


 ぐらつく魔犬、その時、背後から尻尾の蛇がおれに襲いかかった――



「……てりゃぁッ!」



 ――と、剣を取り戻したエンディが裂帛の気合と共に、魔犬の後ろ脚を切り裂く! 


 魔犬は悲鳴を上げ、尻尾の蛇も力を失い――ついに、地にその身体を伏せた。


 おれは魔獣の上から飛び降りて立った。その横でエンディが、剣をグラズェに向けている。



「……まだやるかい? 魔獣使いのお姉さん」


「くっ……!」



 グラズェは後ずさりをしながら、周りを見回した!



「こ、殺せ! こいつらを殺せ!」



 周りを取り囲んでいた猪鬼オークたちが武器を構える。その数はざっと、30人というところか。



「……まぁ、結局こうなるんだな」



 エンディがぼやきながら、剣を構え直す。



「構やしないさ……なにしろ今日はケンカを売りに来た方だ」



 おれは組手立ちに構え、声を張り上げる。



「さあ、ぶっ壊されたいやつから前に出ろ! 骨の1本や2本ではすまないがな!」

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