13.空手vs古流エルフ魔法柔術(後)
これは、おれが後から聞いた話だ。
粗末な小屋の並ぶ亜人街の真ん中に、その館はそびえていた。粗末ではあるが、重厚な造りの館――その周囲は鉄の柵で囲まれ、その周りには棍棒を担いだ
門の前に、エルフの男が現れた。門の間に立っていた
「おぅ、来たけぇ」
館の奥の部屋に、
「おめぇの腕を見込んで頼むんだ……殺して欲しいやつがいてなぁ」
「……僕は殺し屋じゃない」
「なに言ってんだ。元々は冒険者だろうが」
「……だが、僕の技は……」
「ソークよぉ。これはちゃんとした取引だ。報酬は出すぜェ……なんなら、お前を幹部にしてやってもいい」
「……興味はない」
「……おめぇんとこの里、子どもが生まれたんだってな。何百年振りだぁ?」
「……! なぜそれを……!」
「
「……僕を脅すつもりか」
「勘違いすんじゃねぇよ」
太い指で
「お前の里は、オレら同胞団の傘下にある。クソみたいな人間の貴族たちから、オレたちが護ってやってる、っていう話だ……お前がオレに従う限りは、な」
「……くっ……」
歯ぎしりをするエルフに、
* * *
館を外へと案内されながら、エルフの男――ソークは自らの無力さを呪ったという。ソークの修めた
確かに元々は、近接戦闘の中で敵を討つための技法ではあるが――断じて、暗殺に使うための技ではない。理不尽な暴力に立ち向かうための技。なのに、それを――
「……なあ、エルフの兄貴。本当にあの男を殺すんで?」
案内をする
「あの男の強さは尋常じゃねぇ……それに……」
「……悪いことをするのに邪魔だから、誰かを殺すなんて……おらだって人間は嫌いだけんども……」
「……ガフ……?」
ガフと呼ばれた
「おらたち
「……逆らうわけにはいかないさ。僕だけが抵抗しても、里のみんなは……」
「……」
ガフはつぐみ、また歩きだした。口の中で、ガフが小さく呟くのをソークは聞いた。
「あの男は強いだけではなかった。なにかが違っただよ」
* * *
エンディと共に指定された場所へと赴いたおれを、ソークは仁王立ちで出迎えた。
「……あなただったのですね、かの高名な『
森の中の広場になったような場所に、風が吹き抜ける。低い草の生えた大地を踏みしめ、おれはソークに声をかける。
「……決闘は受ける。だが……理由を教えてもらえるか」
立ち合いではなく、決闘――それは、勝者が敗者の生殺与奪を握るということだ。おれが望んだのは、このような形ではなかったのだが――
「あなたに恨みはない……しかし、僕はあなたを殺さねばならない。ならばせめて、正面からの勝負が望みです」
まっすぐにこちらを見据えて言うその目に迷いはない。ソークは言葉を継いだ。
「僕の技は
ソークは両手を左右に垂らし、立っていた。自然体――一見無防備だが、力むことなくどのような攻撃にも対応可能な構え。現実の世界でも柔術家と立ち合ったことはあるが――これほど完全な自然体で構える相手と対峙した記憶は、ほとんどない。
つまり――闘いはもう、始まっているのだ。
おれは両手を提げたまま、相手の様子を伺った。先日、酒場で見たあの技――相手の力を逆用し、魔法の力を加えて弾き飛ばす。詠唱に時間がかかる強力な魔法でなくとも、力のかけ方とタイミング次第で強大な威力を発揮する――だとすれば、うかつに仕掛けられたものではない。
「……当然ですが、先日のケンカですべてを見せたわけではないですよ」
突然、ソークが言った。そして、その身をわずかに屈め――
「……
――風が奔った。そして次の瞬間、ソークの身体がおれの懐に肉薄する!
重心をわずかに浮かせ前に移すと同時に、精霊魔法による追い風を受けての
ソークが掌を繰り出し、おれの肩口に手をかけた。反射的に、おれは目前の敵に拳を繰り出し――
「……
ソークが短く唱え、体をかわす。逆流した風に弾かれ、おれの身体はその空間へと引き込まれる!
「ぐっ……!」
前方へと崩された身体が、地面へと叩きつけられた。受け身を取りはしたものの、かなりの勢いに息が詰まる。
「
背中からソークの声が鋭く響き、おれはとにかく地面を転がった。
――バシァァッ!!
直後、ソークの繰り出した手刀が、地面を抉ったのが見えた。ビール瓶を切ってみせたあの技――!
「……てぁっ!」
おれはすばやく身体を起こしながら、水面蹴りでソークの脚を払った。
「……うぐっ!」
ソークの身体が仰向けに倒れ込む。おれは立ち上がりざま、すかさずそこへ下段の正拳突きを繰り出す!
「……
ソークの身体が、倒れたまま滑るように動いた。倒れた姿勢のままおれの拳をかわし、そのままおれの拳をとり、首に足をかけ、地面に引き倒す!
「ぬぐ……ッ!?」
おれの身体は再び地へと倒され、しかも腕がソークの両脚に絡め取られていた。
脚でおれを抑え込んだまま、ソークが上体を起こし、手刀を振り上げる。その掌に、魔法の光が輝き――
「くっ!」
おれはすかさず、左手の一本拳――人差し指の第二関節を突き出し、突く技――でソークの脚を突く!
「……ぐっ……!」
腕を絡めとっていた脚が一瞬、ゆるんだ隙に、おれは身体を返し、両の脚でソークの身体を蹴って寝技を抜け出した。そのまま地面を転がり、立ちあがると、ソークもまた、立ちあがってこちらに向き直っていた。
「すごい……! これがエルフの闘いなの……!?」
エンディが驚いて声をあげる。無理もない――この小柄で美しい
細身なエルフは、人間と比べても概して非力な種族であるという。
筋力がものをいう近接戦闘には圧倒的に不利なそのエルフたちが、長い歴史の中で編み出した戦闘術。風の魔法を発し、投げつけるのではなく、まるで自らの身に纏わせるかのように自在に扱い、相手を制圧する。精霊魔法を得意とし、自然の中に生きる彼らならではの発想。
理論上、どのような相手でも投げ飛ばし、倒れたところを切り刻むことのできる、この恐るべき武術が――まさかエルフのように温和な種族の間に伝わっていようとは!
「さすが、世に名高き『
そう言ってソークは構えをとった。左の手を前に突き出し、右の手を腹の前へと置く。おれは前羽の構えで応えながら、考えを巡らせた。こちらの技が全て逸らされ、投げ飛ばされてしまうのだとすれば――
「……行きます!」
ソークが仕掛けてきた。踏み込みと共に、繰り出される手刀! おれはそれを捌き、カウンターの前蹴りを水月へと繰り出す――
「
繰り出した手刀と、逆の手で大きく円を描きながら、ソークが叫んだ。瞬間、つむじを巻いて噴き上がる風! おれは繰り出した蹴りごとその風に巻き上げられ、宙へと舞う!
――ここだ!
おれは空中で身体を反転させた。下方では、ソークが手刀を光らせ、構えているのが見えた。空中で無防備になったおれを、「
「てりゃぁぁぁッ!」
錐揉み状に巻きあげられた身体、その勢いをおれは利用し、下方のソークに向かい、蹴りを繰り出す!
ガキィッ!
次の瞬間、おれの繰り出した蹴りは弧を描き――手刀をくぐりぬけて、ソークの肩口へとめり込んでいた。手ごたえあり!!
「が……は……ッ!」
捨て身の蹴り技を叩き込んだおれが地面に落ちるのと同時に、ソークは地面へと倒れ込んだ。
「……胴廻し月面回転蹴り……エルフ柔術、破れたり!」
なぜ、最初の
おれは立ち上がった。膝が笑っていた――正直、ソークの投げ技はかなり効いた。しかし、ソークのダメージはそれ以上のはずだ、が――
「……まだだ……ッ!」
ソークが身体を起こす。その目からは闘志がまだ失われていない――!
「もうやめろ! 勝負はあった!」
エンディが叫んだ。おれは目の前のソークに向かい、言う。
「鎖骨が折れているはずだ……これ以上の闘いは無意味」
「まだだ……! まだ……あなたにはまだ、
動かない右腕をかばいながら、ソークは上体を起こした。そして――
「いくぞ……
ソークは足を畳んでその場に座り、その手を広げた。
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