7.空手vsドラゴンライダー(後)

 騎竜士ドラゴンライダー――これはあとからウィルマ姫に聞いた話だが、それはこの国で、戦争に使われる「兵器」なのだという。


 下等竜種レッサードラゴンの一種、飼いならすことが可能な種類の翼竜ワイバーンに人が騎乗し、空から攻撃を仕掛ける。現代社会で例えれば、城内で暴れる狼藉者に対し、戦闘機を引っ張り出してきたようなものだろうか。


 それほどに、ホランドは「異世界転移者」を恐れているのだろうか。だが――



「……これでこそ異世界に来た甲斐があるってもんだ!」



 空を飛ぶ相手との戦い――これはある意味で、おれの長年の夢だった。なにしろ、現代社会ではまず、戦えない相手だ。もし、相手が空を自由に駆け、攻撃してくるとしたら、どうするか。頭の中で何度も考えこそすれ、使うことはないと思っていた数々の戦術。それを今――存分に振るえる!


 上空から遅いかかる巨大な鉤爪。それをおれは、横に跳んで避ける。体勢を崩さず、反撃に移ろうとした、その時――



「……!」



 脇あいから、翼竜ワイバーンの長く太い尻尾が飛んで来た。


 間一髪、身をかがめてそれを避ける。尻尾の先の、大ぶりの刀剣ほどもあろうかという、鋭い棘が空を斬った!


 さらに、旋回した翼竜の上から、騎士がその小脇に構えた弩弓クロスボウを放つ。体勢を崩していたおれは、地面を転がってそれを避ける!


 なんという恐ろしい連続攻撃――そしてこちらが体勢を立て直したころには、相手は上空へと逃れているのだ。



「……危ない!」



 ウィルマ姫の声がした。


 見上げると、上空から翼竜ワイバーンが首を巡らせ、こちらに向けて口を開いていた。



 ――ゴォッ!



 その口から吐き出される、高温のガス流! 危険を察してその場を跳び退り、直撃を免れたものの、空手着の裾が焦げるこの威力! ガスに炙られた地面の雑草が真っ黒になって砕け散るのが見えた。


 おれは戦慄した。目に見えないガスの流れ――そんなものを、どうやって受ければいいのか。この時の経験からのち、こうした特殊攻撃に対して廻し受けでの捌きを使い始めるのだが、この時ばかりは初めて目にしたモンスターの特殊能力にただ、驚くばかりだった。



 先ほどおれを取り囲もうとしていた騎士団も、大広間ホールの方から遠巻きにこちらを見ていた。あの「兵器」の攻撃に巻き込まれてはたまったものではないのだろう。その後ろに隠れ、ホランドもにやにやしながらこちらを見ている。


 ホランドの顔にイラッとしている場合ではない。騎士が再び、弩弓クロスボウに矢を装填し、こちらを狙っている。これがまた厄介だ。翼竜ワイバーンの大雑把な攻撃の合間に刺し込まれる、鋭く正確な射撃。大臣はクズだが、まったくこの国の騎士には手練てだれが揃っている。



「感心ばっかりしてらんねぇな……!」



 おれはその場で体勢を整え――「猫足立ち」に構えた。全身を柔らかく保ち、神経を研ぎ澄ます。


 騎士が翼竜の上で弩弓を構え、こちらへと照準をあわせた。その指が引きトリガーを引き絞るのを、おれは見た――



 ――ザシュッ!



 放たれた太矢ボルトが、おれの背後の地面に突き刺さった。



「……見切った……!」



 おれは後ろ足を引き、半身を開いてその場に立っていた。


 空手の技術の中には、刃物を持った相手を想定したものも多くある。正面から突いてきた刃物に対し、弧を描くように片足を引き、身体を開くようにして捌く。相手の狙う場所とタイミングさえわかれば、飛び道具に対してもやることは同じだ。


 空手の防御において重要なのは、自分の攻撃体勢を保ったまま、相手の攻撃を受け流すことにある。この時の例で言えば、敵の攻撃をかわすことが必要だった。



「……むっ……!」



 案の定である。


 翼竜は大きく旋回し、おれに脇を見せていた。


 巨大な鉤爪、尻尾の棘、高温のガスに弩弓クロスボウ――どれも必殺の一撃だ。騎竜士ドラゴンライダーの戦術は、威力のある攻撃を重ねることで相手を追い込むことにあるとおれは見た。そのせいか、どうやら相手が


 手練であるほど、相手の動きの先を読み、その先に攻撃を重ねてくる。そして今――最小限の動きで攻撃をかわしたことで、その戦術に隙が生まれた!



 小回りの効かない翼竜が旋回し、こちらへまた鉤爪を向ける。おれはそこへ向かい、走った――



「……たぁぁっ!」



 充分に助走をつけ、降下してきた翼竜へ向かい、跳ぶ! そしてすれ違いざまに、翼竜のこめかみへと叩きこむ跳び後ろ蹴り!


 予想外の攻撃に一瞬、翼竜は体勢を崩した。おれは着地し、再び敵へ向かって走る!


 地面すれすれの高さで体勢を立て直した翼竜が、こちらに向かって口を開いた。その口から、高熱のガスが噴き出す――今だ!


 おれは思い切り地面を蹴り、跳んだ。


 翼竜の口から吐き出される熱流を足元に飛び越え――そしてそのまま、翼竜の肩口へと組みつく!


 翼竜は慌ててはばたき、身体を上昇させる。騎士は組みついてきたおれに対し、弩弓を捨てて剣を抜いた。



「おっと! お前には用はないんだ」



 おれは騎士が剣を振り降ろすよりも早く、「技」へと移行した。首元から、羽ばたくその翼の肩口へと足をかけ、人間でいう肘関節のあたりへと組みつく。



 「関節技サブミッション」――それこそが、「空を飛ぶ相手」に対し、おれが出した答えだ!


 翼竜の大きな翼を支える関節――「空を飛ぶ」というのは元来、デリケートな行為なのだ。その関節をめてやれば――途端に翼竜は、その飛行能力を失う!



 翼竜は地上10mほどの高さに上昇していたが、肘関節に詰まった関節技サブミッションという異物によってバランスを崩し、錐揉み状に落下を始めた。おれは体重を移動して、翼竜の頭を下にし、足でそれを抑えつけるようにして、そのまま――



「……必殺・腕ひしぎ翼竜ワイバーン落とし!」



 ゴシャアァァッ!



 全体重を乗せ、地面に叩きつけられた翼竜は首がおかしな方向に曲がり、泡を吹いてその場に倒れた。乗っていた騎士は放り出されて地面に落ち、気を失っている。




 おれは立ち上がり、乱れる呼吸を整えながらホランドたちの方を振り返った。



「さあ! お次はおらんかぁっ!」



 恥ずかしいことだが、おれはこの時、完全に頭に血が上っていた。この際このまま、この国の連中を全員叩きのめしてやろうとさえ思っていた。どうせこの世界へは、空手の可能性を試しに来たのだ。体力の続く限り、現代社会ではやれないくらい、暴れまわってやろうではないか――


 騎竜士ドラゴンライダーを倒したおれの殺気に気圧されたのか、騎士たちは遠巻きのまま、だれも前に出て来ない。



「どうした! もう終わりか! そちらが来ないなら、こちらから……」


「それまで! もうよい!」



 がなり立てるおれの声をかき消す、よく響く声。



「拳を引かれよ、転移者どの。大臣の非礼は余が詫びる」



 静かな威厳に満ちた声とともに、中庭へと姿を現した壮年の男――引き締まった体躯、鋭い眼光に豊かな顎髭、ウィルマ姫と同じ栗色の髪。灰色の短い衣に、漆黒の外套マント、そしてその頭には黄金の冠――



「……父上様!」


「……陛下!」



 その場にいた貴族、騎士たちが一斉に片膝をついた。

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