6.空手vsドラゴンライダー(前)

 バーガンドは先ほどよりも前傾の姿勢を取り、盾を前に、剣を横に大きく広げて構えていた。先ほどのような突進戦術とは違う、近接格闘戦を意識した構えだろう。さすがに警戒をしていると見える。



「いいぜ、バーガンド君……それでこそ武人だ」



 そうこなくては、こちらも甲斐がないというものだった。実際、鎧を着て油断している相手を虚仮こけにする方法などいくらでもあるのだ――まぁ、さっきのあれは正直、自分でも性格が悪かったかな、と思わないでもない。


 バーガンドはじりじりと、盾を突きつけるようにして距離を詰めてきた。


 おれは猫足立ちのまま、相手を待ち構える。間合いは一足飛び。


 バーガンドが、踏み込みと共に盾での打撃シールドバッシュを繰り出してきた。おれは右の中段受けでそれを迎え撃ちながら、体を捌いて衝撃を受け流す。そこへ、身体を入れて突き出される刺突小剣ショートソード――!



「……むん!」



 おれの左腕が、上段受けでその剣を弾く!


 日本刀のような鋭い刃物であれば、いくら空手で鍛えた身体でも、受ければ切り裂かれてしまうだろう。しかし、この世界の刀剣は、打突面を尖らせただけの打撃武器と大差なく、「刃」がついているわけではない。


 まともに喰らえばこそ肉も裂けるだろうが、腕の捻りと身体の捌きで衝撃を受け流す空手の受けなら――充分に受けることが可能だ!


 盾を捌き、剣を捌く。そしておれの前に道が開ける。鋼鉄に覆われたバーガンドの懐が――がら空きだった!



「……ちぇすとぉーっ!」



 半歩、踏み込んで放ったおれの右正拳逆突きが、板金装甲鎧プレートメイルの胸元を叩く!


 ――ガァァン!


 金属を叩いた音が、広間に鳴り響いた。しかし――おれが正拳で打った鎧の胸元には、傷ひとつついていない。



「……ふん! 本当に正面から素手で挑むとは、バカめ! そんなものが通用するわけが……」



 ――ガラン



 バーガンドが手にした剣と盾とが、床に落下した。バーガンドは立ったまま、硬直していた。



 ――ごぼっ!



 アーメットの隙間から、吐しゃ物が吐き出され――そしてそのまま、その身体が崩れ落ちた。



 これぞ空手の秘技「裏当て」――またの名を二度打ち。


 「透勁」などとしても知られる、「身体の内部に打撃をとおす」技である。腹に当てた打撃が、背中に炸裂することからこの名で呼ばれる。


 古流において、鎧を着た武士を鎧の上から打撃で倒した技であり、かつての達人は身体の外から背骨だけを叩き折ったともいわれる――


 おれは残心を解き、周囲に声をかけた。



「……加減ができなかった。早く手当てを」



 板金装甲鎧プレートメイルの上から打撃を透す力加減がわからなかったのだ。それに、そんな余裕を与えてくれる相手でもなかった。もしかすると、内臓が傷ついているかもしれない。幾人かの騎士と使用人が、慌ててバーガンドの鎧を脱がしにかかった。



「ホランド公、あなたの負けです」



 ウィルマ姫が前に進み出て言った。



「この方はわたしの客人であり、国王陛下の客人でもあります。しっかりと遇するのが筋でありましょう。さ、非礼に対して謝罪を」


「……だ、だまれだまれ! この下賤のものどもが!」



 ホランドが再び喚き始めた。



「なにが王女だ! なにが異世界転移者だ! 俺は十代も前からこの国を守って来た貴族の当主だぞ! 父も母も、妃も、由緒ある家だ! お前らのような下賤の血が入り込んで、この国はおかしくなったのだ!!」



 そしてホランドは、声を張り上げて周囲に告げる。



「賊だ! 国王陛下の留守中に、姫さまを騙し王宮に入り込んだ賊だ! 出会え! 殺してしまえ!」



 大臣の発した命令に、騎士団が雪崩れ込む。誰も彼も、鎧や剣、盾を身につけて武装していた。まぁ、どうせ最初から用意していたのだろう。


 広間に集まっていた貴族たちはパニックになり、我先にと逃げ出した。



「転移者どの!」



 ウィルマ姫がこちらに駆け寄ろうしていたが、側仕えの侍従に止められているのが見えた。



「ウィルマ姫、貴女には世話になっている。迷惑をかけるのは、本意ではない、が……」



 おれは騎士団の数を数えながら、言った。武装した騎士が、ざっと数えて20人。いずれも、板金プレートを縫いつけて強化した鎖帷子チェーンメイルを着込み、鉢兜バシネットを被っている。バーガンドを倒されたことで、みな一様に殺気立っていた。


 おれは、大きく息を吸い込み――叫んだ。



「ここまでされて、大人しくしているほど……おれは聖人君子ではない!」



 それと同時におれは、構えを取ることさえせず地面を蹴り、騎士たちの中へと突っ込む!


 騎士たちは不意を突かれて、慌てて反応が遅れる。いつも思うのだが、多人数で一人を取り囲もうという連中はどうして、相手が大人しくしていることを前提に動くのだろうか。


 おれはそのまま跳びあがり、先頭にいた騎士の頭上を飛び越え、その後ろの騎士に跳び蹴り!



 ガゴォン!



 鉢兜バシネットを叩く鈍い音。鋼鉄に遮られて打撃は通らないが、全体重を乗せた蹴りで頭を叩かれた衝撃を、騎士の首が支えきれるか。彼が弾かれたようにその場に倒れたとき、その反動で逆へ飛んだおれは、次の相手の兜を掴み、着地と同時に地面へと叩きつける!



「囲め、囲めぇ!」



 騎士の中のひとりが大声を出す。おれは着地後の低い体勢のまま、そちらへと走った。



「……なっ……!」



 瞬時に肉薄したおれの姿に、指示を出していた騎士はぎょっと驚く――と、次の瞬間、その騎士は糸が切れた人形のように、崩れ落ちた。


 手のひらの下部、手首に近い部分――掌底しょうていでの打撃。この部位で顎を打つことにより、相手の頭部を激しく振動させ、脳震盪を起こす。「壊す」のではなく、「倒す」ための技――先のバーガンドは肩と一体化した兜を被っていたため通用しなかったが、頭に乗せているタイプの兜であれば、むしろその威力は増す。


 周囲の騎士たちが動揺するよりも早く、おれは身体を返し、掌底でもうひとりの意識を刈り取る。


 手薄になった囲みを抜け、おれは走った。集団戦で最も重要なことは、囲まれないこと、死角に敵を置かないことだ。騎士たちの背後へと抜け、広間の出口へと走って中庭に出る。そこへ、追いすがってきた騎士が、二人。



「……はぁぁっ!!」



 瞬間、おれは反転してその騎士たちに向かって跳び、下段の蹴りで膝関節を正面から蹴り砕く!


 崩れ落ちる騎士たちをその場に残し、おれは跳び退って中庭へと立った。そしてその場で、広間の入り口に向かい、構えを取る。



「くっ……!」



 騎士たちは迂闊うかつに、扉から中庭に出ることが出来ない。出てきた端から、関節を蹴り砕いてやろうとおれは身構えていた。


 空手は「選択肢」だと先ほどタンカを切ったが、逆に言えば闘いとは、いかにという駆け引きでもある。騎士が何人いようと、この正面の扉から向かってくるしかないのであれば、ひとりずつを相手にするのと変わりはない。もちろん、増援が来なければの話だが――



 ――バサッ、バサッ



 ――どうも、懸念があたったようだ。中庭の上空から聞こえてきた、巨大な布団を扇ぐような音。


 おれは扉の中の騎士たちを警戒しつつ、首を巡らせ、上空を見やった。


 巨大な革の翼がそこに羽ばたいていた。先ほど馬車を曳いていたこの世界の「馬」に似た、おそらくはドラゴンの一種――長い首、長い尻尾、前脚が巨大な翼となった、いわゆる翼竜ワイバーン



「……まさか! 騎竜士ドラゴンライダーまで動員するなんて!」



 ウィルマ姫の声が聞こえた。翼竜の上に乗った、赤い鎧の騎士が手綱を手繰る。その動きにあわせ、翼竜がその爪をこちらへ向けた!



「まったく、大歓迎だなホランドさん!」



 急降下してくる翼竜に向かい、おれは身構えた。

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