5.空手vs重装騎士(後)
「どうした転移者よ?
ニヤニヤしながら煽るホランドに、おれは怒りを通り越して笑ってしまった。おれが素手でモンスターを倒したと聞いて、わざわざこういう相手を用意しておいたのかと思うと滑稽だ。ご苦労さん、と言いたくなる。
「卑劣な……!」
ウィルマ姫が言う声に、ホランドは首を巡らせて答える。
「なにをおっしゃいますか。素手で戦うのがその男の流儀なのでしょう。戦士は常に、戦う相手を選べないのですよ」
「……まぁ、やり口はともかく、そこのデブが言っていることは正しい」
おれはウィルマ姫に向かってそう声をかけた。そして――そういった理不尽な現実に対抗することこそ、武道の本質でもある。
「大丈夫、空手を信じろ」
おれは目の目の敵に向き直った。
「で、デブだと……!? 貴様、高貴なるこの私になんたる……!」
「……あんたが異世界転移者に、どんな恨みがあるのか、知らないが……」
わめくホランドを横目におれは呼吸を整え、足を開き、前羽の構えを取る。
「どんな相手だろうと……ケンカなら喜んで買うぜ!」
構えたおれに対し、バーガンドが
ケンカを買ったのはいいとして――実際、バーガンドの鎧には本当にまったく隙間がなかった。おれは自然石を手刀で割ることもできるが、分厚い鋼鉄の板を突き破るのは、さすがに無理だ。
バーガンドが一瞬、後ろ足に力を溜めた――と、一気に距離を詰め、その剣を突き出してくる!
――速い!
おれは身体を捻り、その突きを外した。
多くの現代人が勘違いしている事実だが、
増してや、鍛え抜かれた騎士の体力は現代人とは比較にならない。複雑な技は無理だとしても、重量に任せて刺突剣を繰り出すだけで、なるほどミノタウロス程度なら一撃で貫くだろう。バーガンドの踏み込みはそれほどに鋭く、おれは肝を冷やした。
そして――本当に恐ろしいのはこの後だ。
突きをかわしてもバーガンドの突進は止まらない。体重を預けた
「くっ……!」
おれは地面を蹴り、両の足でその盾を受け止め反動で後ろに跳んだ。後方に受け身を取り、一回転して立ち上がる。
――強い。
力や技だけではない、相当に戦い慣れている。さすが、相手のモンスターに事欠かないファンタジー世界の騎士だ。その上、相手は素手で、自分は鋼鉄の全身鎧を着こんでいると来ている。やつにとっては、負ける要素の見当たらない戦いだろう。
とはいえ――
「……やられっぱなしになるつもりはないがな」
バーガンドは身体を揺すり、再び突進の体勢になる。それに相対したおれは、その場で軽く飛び跳ねて身体を整えた。そして――
「行くぜ……!」
おれはその場で半回転し、バーガンドに背を向け、走り出した。
「……!?」
「な……!」
バーガンドやホランドが戸惑う気配を背に、おれは
人垣の隙間から、
バーガンドがこちらへ気づく。しかし、その時にはもう、おれは騎士の脚元へ肉薄している。あわててこちらを防ごうとした
「……!?」
パイ皿によって突然闇に閉ざされた兜の中で、バーガンドが声にならない声を上げた。そしておれはそのまま、バーガンドの肩を蹴って真上へと、跳ぶ。
広間の天井から吊るされたシャンデリアは、バーガンドの巨体を踏み台にすれば充分届く高さにあった。おれはそこに手をかけ、すばやく上に登る。下を見下ろせば、ざわめく貴族たち、そして真下には、暗闇にうろたえるバーガンド。
目の前には、木製のシャンデリアを吊るす鎖の基部。おれは手刀を振り上げ――鎖と繋がった部分を、一気に叩き割った。
ガッシャァァァン!!!
派手な音と、おれの全体重ともろともに、落下したシャンデリアがバーガンドにクリーンヒット! いくら
「……名付けて、秘技・下段燭台圧殺撃!」
敵を押しつぶしたシャンデリアから、おれは飛び降りた。その姿を見て、ホランドが我に帰り、再びそのうるさい口を開いた。
「こ、こんな……卑劣な! こんな勝負が……!」
わなわなとうろたえながら言うホランド。おれは残心を崩さず、バーガンドを見降ろして言った。
「大きな武器を持てば、その武器を使いたくなる。分厚い鎧と盾を身につければ、それで身を守りたくなる。そこに隙が生まれる……だからそいつは負けた」
「な……!?」
「空手とは……武術とは『選択肢』だ」
おれは周囲にもしっかりと聞こえるように言った。
「戦いにおいて、もっとも避けるべきは選択肢がなくなることだ。武器を持たなくとも、自身の身体を武器とし、最悪逃げて生き延びることができる。あわよくば相手に勝てる……それが空手だ」
剣と鎧で身を固め、素手の相手を圧倒するしか選択肢がない時点で、バーガンドは不利だったのだ。対して、こちらには取れる選択肢が多くあった。ならば、勝てる戦い方を選べばいい。
「……き、詭弁だ! 正面から戦えば勝てないがために、そのような理屈を言う!」
「いい加減にしなさい、ホランド公!」
ウィルマ姫が横からぴしゃりと言った。おお、けっこう厳しい性格。
「元より不公平な勝負を挑んでおいて、なにを言うか! 負けた方こそ恥ずべきでしょう!」
「ふん! 下賤のものにふさわしい、野卑な戦い方だ! まるで山猿だな!」
――と、シャンデリアが動いた。
下敷きになったバーガンドが起き上がったのだ。床に落ちた剣と盾とを手に取り、立ち上がる。どうやら、こいつもホランドと同意見らしい。
おれは言い争うウィルマ姫とホランドに向かい、声をかける。
「……おれは別に、正面からやって勝てないとは言ってないぜ」
「なに……!?」
おれはバーガンドへ向き直った。呼吸を整えながら、後ろの足に重心をかけ、前脚を浮かせるようにして立つ――「猫足立ち」の構え!
「さあ、第2ラウンドと行こうか、バーガンド君!」
おれは再び、重装騎士と向き合った。
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