5.空手vs重装騎士(後)

 板金装甲鎧プレートメイルに身を包み、身体の大半を長盾タワーシールドの後ろに隠した重装騎士――肘や膝などの関節でさえ鋼鉄の装甲に覆われ、文字通り一分いちぶの隙間もない。



「どうした転移者よ? 怖気おじけ付いたのかな?」



 ニヤニヤしながら煽るホランドに、おれは怒りを通り越して笑ってしまった。おれが素手でモンスターを倒したと聞いて、わざわざこういう相手を用意しておいたのかと思うと滑稽だ。ご苦労さん、と言いたくなる。



「卑劣な……!」



 ウィルマ姫が言う声に、ホランドは首を巡らせて答える。



「なにをおっしゃいますか。素手で戦うのがその男の流儀なのでしょう。戦士は常に、戦う相手を選べないのですよ」


「……まぁ、やり口はともかく、そこのデブが言っていることは正しい」



 おれはウィルマ姫に向かってそう声をかけた。そして――そういった理不尽な現実に対抗することこそ、武道の本質でもある。



「大丈夫、空手を信じろ」



 おれは目の目の敵に向き直った。



「で、デブだと……!? 貴様、高貴なるこの私になんたる……!」


「……あんたが異世界転移者に、どんな恨みがあるのか、知らないが……」



 わめくホランドを横目におれは呼吸を整え、足を開き、前羽の構えを取る。



「どんな相手だろうと……ケンカなら喜んで買うぜ!」



 構えたおれに対し、バーガンドがアーメットの奥でその目を光らせた。少し腰を落とし、盾を前面に出して剣を小脇に構える。体格に任せて不必要に大きく構えないあたり、なかなかの手練てだれだと見える。


 ケンカを買ったのはいいとして――実際、バーガンドの鎧には本当にまったく隙間がなかった。おれは自然石を手刀で割ることもできるが、分厚い鋼鉄の板を突き破るのは、さすがに無理だ。


 バーガンドが一瞬、後ろ足に力を溜めた――と、一気に距離を詰め、その剣を突き出してくる!


 ――速い!


 おれは身体を捻り、その突きを外した。


 多くの現代人が勘違いしている事実だが、板金装甲鎧プレートメイルを纏った騎士は決して鈍重ではない。鎧は着用者の体格に合わせてオーダーメイドで作られるため、関節の動きをほとんど制限しないのだ。鎧を着たまま宙返りをする騎士の話が伝わっているほどである。


 増してや、鍛え抜かれた騎士の体力は現代人とは比較にならない。複雑な技は無理だとしても、重量に任せて刺突剣を繰り出すだけで、なるほどミノタウロス程度なら一撃で貫くだろう。バーガンドの踏み込みはそれほどに鋭く、おれは肝を冷やした。


 そして――本当に恐ろしいのはこの後だ。


 突きをかわしてもバーガンドの突進は止まらない。体重を預けた長盾タワーシールドが、間髪いれずに襲いかかる!



「くっ……!」



 おれは地面を蹴り、両の足でその盾を受け止め反動で後ろに跳んだ。後方に受け身を取り、一回転して立ち上がる。


 ――強い。


 力や技だけではない、相当に戦い慣れている。さすが、相手のモンスターに事欠かないファンタジー世界の騎士だ。その上、相手は素手で、自分は鋼鉄の全身鎧を着こんでいると来ている。やつにとっては、負ける要素の見当たらない戦いだろう。


 とはいえ――



「……やられっぱなしになるつもりはないがな」



 バーガンドは身体を揺すり、再び突進の体勢になる。それに相対したおれは、その場で軽く飛び跳ねて身体を整えた。そして――



「行くぜ……!」



 おれはその場で半回転し、バーガンドに背を向け、走り出した。



「……!?」


「な……!」



 バーガンドやホランドが戸惑う気配を背に、おれは観衆ギャラリーの貴族の間に突っ込んだ。人垣をかき分け、料理の並んだテーブルを乗り越え、ジグザグに走りまわる。身体を低くし、貴族たちの悲鳴、喚き怒鳴る声の隙間に埋もれるように、走る。


 人垣の隙間から、アーメットの狭い視界の中でこちらを見失った様子のバーガンドが見えた。おれはなおも人垣をかき乱しながら、を探した――よし、これだ。おれはそれと共に、人垣を走り出て一気にバーガンドへと突進した。


 バーガンドがこちらへ気づく。しかし、その時にはもう、おれは騎士の脚元へ肉薄している。あわててこちらを防ごうとした長盾タワーシールドの前で、おれは地面を蹴り、跳んだ。そして盾の上に足をかけ――手に持った魚のパイの皿を、兜の前面へ思い切り、叩きつける!



「……!?」



 パイ皿によって突然闇に閉ざされた兜の中で、バーガンドが声にならない声を上げた。そしておれはそのまま、バーガンドの肩を蹴って真上へと、跳ぶ。


 広間の天井から吊るされたシャンデリアは、バーガンドの巨体を踏み台にすれば充分届く高さにあった。おれはそこに手をかけ、すばやく上に登る。下を見下ろせば、ざわめく貴族たち、そして真下には、暗闇にうろたえるバーガンド。


 目の前には、木製のシャンデリアを吊るす鎖の基部。おれは手刀を振り上げ――鎖と繋がった部分を、一気に叩き割った。



 ガッシャァァァン!!!



 派手な音と、おれの全体重ともろともに、落下したシャンデリアがバーガンドにクリーンヒット! いくら板金装甲鎧プレートメイルで身を固めていても、これで立っていられるやつはいない!



「……名付けて、秘技・下段燭台圧殺撃!」



 敵を押しつぶしたシャンデリアから、おれは飛び降りた。その姿を見て、ホランドが我に帰り、再びそのうるさい口を開いた。



「こ、こんな……卑劣な! こんな勝負が……!」



 わなわなとうろたえながら言うホランド。おれは残心を崩さず、バーガンドを見降ろして言った。



「大きな武器を持てば、その武器を使いたくなる。分厚い鎧と盾を身につければ、それで身を守りたくなる。そこに隙が生まれる……だからそいつは負けた」


「な……!?」


「空手とは……武術とは『選択肢』だ」



 おれは周囲にもしっかりと聞こえるように言った。



「戦いにおいて、もっとも避けるべきはだ。武器を持たなくとも、自身の身体を武器とし、最悪逃げて生き延びることができる。あわよくば相手に勝てる……それが空手だ」



 剣と鎧で身を固め、時点で、バーガンドは不利だったのだ。対して、こちらには取れる選択肢が多くあった。ならば、勝てる戦い方を選べばいい。



「……き、詭弁だ! 正面から戦えば勝てないがために、そのような理屈を言う!」


「いい加減にしなさい、ホランド公!」



 ウィルマ姫が横からぴしゃりと言った。おお、けっこう厳しい性格。



「元より不公平な勝負を挑んでおいて、なにを言うか! 負けた方こそ恥ずべきでしょう!」


「ふん! 下賤のものにふさわしい、野卑な戦い方だ! まるで山猿だな!」



 ――と、シャンデリアが動いた。


 下敷きになったバーガンドが起き上がったのだ。床に落ちた剣と盾とを手に取り、立ち上がる。どうやら、こいつもホランドと同意見らしい。


 おれは言い争うウィルマ姫とホランドに向かい、声をかける。



「……おれは別に、正面からやって勝てないとは言ってないぜ」


「なに……!?」



 おれはバーガンドへ向き直った。呼吸を整えながら、後ろの足に重心をかけ、前脚を浮かせるようにして立つ――「猫足立ち」の構え!



「さあ、第2ラウンドと行こうか、バーガンド君!」



 おれは再び、重装騎士と向き合った。

 

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