3.空手vsミノタウロス(後)
敵が動くのが見えた。おれの身の丈よりも大きな、その棍棒が振り上げられる。
おれは、その棍棒が振り降ろされる先から、ステップを踏んで身体をどかす。
――ガゥン!!
石畳を棍棒が砕いた。石の破片が飛び散り、床にクレーターができる。大した破壊力だ。しかしその瞬間には、おれはもう、次に来る攻撃を避け終わっている。
巨大な武器は威力も大きいが、その分攻撃パターンが限られる。いくらパワーがあったとしても、あの棍棒が取り得る軌道は、数種類しか存在しない。選択肢が限られることは、立ち会いにおいて最も警戒すべきことのひとつだ――巨体の重心移動を見ただけで、おれには10手先まで攻撃が予想できる!
「ちぇぇぃッ!」
目の前には、
ズムッ!!
分厚いゴムの塊を蹴ったような感触が蹴り足に響く――硬い! 打撃が皮膚で止められ、肉にまで衝撃が至らない。
頭上から
「さすがに、普通じゃないか……」
おれはかつて、牛と戦った時のことを思い出していた。動物の皮膚というのは、肉の塊と分厚い皮に覆われており、衝撃を吸収するのに理想的な形をしている。あれを殴ったとき、おれは正直、心底牛がうらやましくなったものだ。人間ではああはいかない。
敵が再び吼えた。
「警戒させるくらいの効果はあったか……ほっとしたぜ」
おれは構えを取りなおした。敵は棍棒を身体の前に水平に構え、じりじりと横へと回るように動く。
「……
先ほどの女が、呟く声が聴こえた。距離はかなり離れてはいるが、その動きは手に取るようにわかる。男の方の動きもだ。研ぎ澄まされた集中力――いいコンディションだ。おれは改めて、目の前のバケモノを見た。
――デカい。5メートルはある。
おれはかつて、欧米人のプロレスラーと何人も戦った。「大きい」というのは「強い」ということだ。攻撃力も防御力も、体格に比例して大きくなる。彼らのパワーには、当時さんざんに苦戦したものだった。
しかし――
「……あいつらの方が、まだ強かったかな」
おれは構えを変えた。重心を前に移し、左手を下げて右手を引く。
「決着をつけよう……来い!」
おれの叫びに応えるように、牛頭魔人が吠えた。肩口に棍棒を構えたまま、突進してくる。先ほどのように大ぶりにはならず、両手で持った棍棒をコンパクトに振る。いい打撃フォームだ。才能あるな、こいつ。
おれは上へと、跳んだ。足元の地面を棍棒が砕く。
――ここだ!
おれはそのまま、足元の棍棒を蹴り、前へと跳んだ。
「大きいものが強い」――これは自然界の絶対的な摂理だ。だが、だからこそ、人間の技である空手が付け込む隙がある!
目の前に、牛頭魔人の巨大な顔があった。おれはそこへ、右の腰溜めに引絞った拳を解き放つ!
「
人間を相手にこの狭い急所を狙うには、一本拳や
その一撃に、牛頭魔人の身体が大きくのけぞる。
「……てりゃぁぁぁっ!!!」
空中で突きを繰り出した姿勢から、おれはすかさず、蹴りを繰り出す。のけぞってがら空きになった牛頭魔人の喉へと、前蹴り!
さらにそのまま、落下するに任せて正拳をもう一発――「
「……正中線四連撃・対巨大
人中、喉笛、水月、そして金的。
人間の身体の中心線、「正中線」に集中する急所を同時に破壊され、立っていられる者はいない。それがどれだけ巨大であろうと、同じことだ。
「すごい……!」
女が目を丸くしていた。おれは残心を解く。巨大なバケモノは泡を吹いて転がっていた。
おれは顔を上げた――と、黒いマントの男と、目が合う。
「……その技……」
男の口元が動いた。胸当てと同じ銀色の髪が揺れ、その奥から赤い瞳が光る。
「……空手、だな?」
黒衣の男は、そう呟いてニヤリと笑った。
「貴様、異世界転移者か……面白い」
男はマントに隠れていた左手を出し、掲げた。その腕には、禍々しい意匠の小手がつけられている。女がそれを見て、叫ぶ。
「……それは……!」
「ククク……すでに目的は果たした。また会おう、ウィルマ。また会おう、白衣の
小手が光を放ち、黒い光が爆ぜた。火花と陣風が迸った次の瞬間、男の姿は掻き消え、エネルギーの残留物だけが渦を巻いていた。
「ふぅ……」
まずは異世界での初勝利、しかし――おれは目の前に倒れた巨大なミノタウロスの姿を見た。強力なモンスターではあったが、ファンタジー世界的には遥かに格下のはずだ。そして、なによりあの男――魔法のことはわからないが、相当な
これから待ち受ける強力な相手を思い、おれは戦慄し――同時にまた、高揚していた。
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