終話 エピローグ
足元には、粘着性のある赤が雨水に混ざりながら大量に溜まっていた。短い呼吸が繰り返される度に、ヒューヒューと空気が漏れる音が鳴る。苦しそうに細められた蒼眼は、もはや焦点を定めていない。力ない身体を抱いている和は、うっとりした表情で見惚れていた。
「あぁ、やはり貴様は美しいな」
「ーーーー」
幸は、何か言おうとしたがただ空気が漏れるだけで音にはならない。空に向けて弱々しく伸ばされた手も、光に辿り着けることはやはりない。雨上がりの分厚い雲が、完全に太陽を隠していた。蒼眼から、一筋の雫が流れ落ちていく。
「言ったハズだ、私も選んだだけだと。だから悲観することはない、貴様の望みは私の望みだ……少し、動く」
それでも、和には言いたい事が分かったようだ。落ち着かせるかのように、優しく頬を撫でる。そして華奢な身体を抱え直すと、足だけは引きずってその場の中央まで移動した。
「ーーーー」
「……ふ、そうだったな」
幸は力を振り絞って、握りしめられしわくちゃになった写真を和に押し付ける。和は中身を見ずとも思い出したようで、幸の身体をそっと横たわらせると俯せになるように転がした。圧迫を受けた傷口が、更に鈍色のコンクリートを穢していく。
「…………」
「これで、元通りだ。勿論、全てというわけではないが。それでも私は、どうしても貴様に殺人の罪を着せたままにしておきたくはなかった。たとえそれが過剰防衛であり、責任能力がないとしてもだ。現実として、消せないものだからな」
伸ばされたままだった手を、指を絡めて握り込んで話しかけているとも独り言ともつかない声で呟く。蒼眼は変わらず虚空を見つめていたが、まるで応えるかのように浅く上下していた胸が少しだけ深く沈んだ。
「貴様とはここでお別れだ、
約束だ、と口腔内で呟いて和は幸の唇に己の唇を重ね合わせる。そして、隣へそっと寝転がると繋げた手を祈りを捧げるように胸元へ持ってくる。
「
呟いて、そっと目を伏せる。ゆっくりと沈み始めた和の意識が、街の遠くでけたたましく鳴り響くパトカーのサイレンをとらえていたかどうかは不明だがその表情はただ眠りについている、それほどまでに安らかだった。
已己巳己 箕園 のぞみ @chatnoir
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