三話 儀式
「やっぱりココだったな、ハイル」
「ごきげんよう、生徒会長さん。その呼び方は、 エヌジーだよ」
大きめの音を立てて屋上の扉を開いたのは、肩で荒い息を繰り返す女子生徒だった。頭の高い位置で纏められた黒髪の先が左右に揺れる。ミドルネームで呼ばれた櫂は、振り返りざまに親指と人差し指を立てた右手でバーンと撃つ真似をした。
「
「今度から気をつけてね、
今は二人きりだったからいいけど、と微笑む。けれど、笑顔なのに笑っていない蒼眼はよほどの凄みがあったのか、和はひきつらせた顔の前で両手をこすり合わせた。
「貴様はまた、勝手なことをしているようだな」
拝んでも何もでないよ、と軽い口調で話を促されて、和は表情をすっと戻すと再度屋上のドアを開けて指差した。そこには生徒立入禁止のパネルがでかでかと貼られている。
「えーー、そんな変わんないと思うよ。ピッキングも、職権乱用も」
「うっ……」
コロコロとすぐ変わる表情にくすくすと笑いながら、反論を述べられ和は鼻筋通った端整な顔を歪ませた。そんな和に、櫂はサボリは一緒だしね、と悪びれることなく言ってのける。和は言葉に詰まった。
「それに知ってるでしょ、ここが僕のお気に入りの場所だって」
「あぁ、だからすぐに貴様を探し出せたんだがな。しかし、奇怪なことだ」
「光に近い、特別な場所だからね」
黒縁メガネからはみ出そうなくらい、大きな瞳孔でジロリと見やる。櫂は柔らかくも、やはりどこか寂しげに笑って、太陽に手を伸ばした。
「成程。確かに、手に入らないからこそ良いものもあるな。だから、貴様は美しいんだな」
和はドアから手を離すと、櫂へと一歩ずつ近づく。背後が、大きな音をたてたがその空間だけが別世界かのように、変わることはない。
「僕のことをそんな風に言うの、和だけだよ」
「私は、貴様を愛しているからな」
堂々と、格好良く当然だと言い切った和の方へ櫂もまた、足を一歩踏み出した。一歩、一歩と二人は近付き、その中央で向かい合わせになるとすっと片膝をつく。
「そう言うのも、コレに付き合ってくれるのも和だけだな」
「バカを言うな。強制されているわけではない。これは、私の意思だ」
胸の前で組もうとした櫂の手の、片方だけをひょいっと捉えて和は己の手と重ね合わせた。そして、存在を確かめるように一本ずつ絡め合いながら握っていく。更に二人が距離を詰めれば、額までもが重なる。
「どちらかというと、繋縛だよね」
「貴様は、決別を選んだ。だから、私も選んだだけだ」
「それは、頼もしい限りだね」
櫂は繋げたままの和の手をそっと自分の元へ引き、愛おしそうにその甲を己の頬に当てた。
「ところで、例の転校生だが。どうだ、守備は。始業式の日は、随分な顔色をしていたが」
「あはは、見てたんだ。仕方ないけど、今もずっとよそよそしい」
とても近い距離で、視線があったまま、急に振られた話に櫂はバツが悪そうな声で答える。困り顔を見せた櫂に、和は眉を寄せた。
「動揺が尾を引いている、ということはやはり何かあるのではないか?貴様は関係ないと言っていたが」
「うん、直接的な関係はない、ハズなんだけどなぁ。でも、もしあったとしてもあの様子じゃ簡単に口を割らないだろうね」
「ならば、どうする?」
うーーんと暫く考え込んで、ふぅ、と息が漏れる。どうしよっか、とふにゃりと笑う蒼眼に影が落ちた。
「アプローチ、しても良いのか?」
「それって、また職権濫用?」
「使えるのだから、使う。それだけのこと。そしてそれが貴様の為なら、尚更だ」
「相変わらず、格好いいなぁ。でもまだ。頼りたくなったら、ね」
それでも櫂は、空いている方の手の人差し指をすっと和の口に押し当てる。拒絶の意を汲み取った和は貴様は言い出したら聞かないな、と呆れ半分の表情でそっと絡んだ手を解くと颯爽と屋上を去っていった。
「……
一人残った櫂は、ポケットからバラの花びらを取り出すとソコへ散らし、今度こそ両手を組んでその蒼眼を伏せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます