一話 再会

 午前八時半。一日の始業を告げるチャイムの音が明陽学園全体に鳴り渡れば、廊下にいた生徒がゾロゾロと姿を消した。三年一組の教室のドアが、ガラガラっと勢いよく開かれる。


「皆ーー席につけーー。転校生を紹介するぞーー」


 担任は出席簿を肩叩き代わりに、間延びした声で告げながら教壇へと進んでくる。その後ろを、高身長男子が続いた。黒板に氏名がサラサラと書かれる。


津崎つざき……」

しょう!!」

「……か、い?」

「久しぶり、翔」


 担任からの目配せで、始まろうとした自己紹介の出鼻は教室のど真ん中から広がった大声に挫かれた。翔はまるで信じられないものでも見たかのように、目を見張る。発されたハズの声も、聞き取れないくらいに掠れてしまった。


「なんだ土河、知り合いか?」

「小学生の時の、同級生なんです。急に引っ越してったけど、その様子だと関西だったんだ」

「…………」

「それにしても、まさかこんな所で会うなんね。世界って案外狭いなぁ」

「はいはい。感動の再会も積もる話もまた後でな。ほれ津崎、自己紹介の続きだ」


 放っておいたらいつまでも続きそうなマシンガントークに、苦笑いをしながら担任は切り上げさせる。翔は整った顔を蒼白にしたまま宜しゅう、と何とかそれだけを口にして頭を下げた。疎らに拍手が起こる。


「席は土河の隣な」

「……は、い」

「宜しくね、翔」

「よーし、ホームルーム始めっぞ」


 あどけない笑みを浮かべる櫂の隣へ、翔はふらふらと頼りない足取りで向かう。漸く静けさを取り戻した教室で、お決まりの話が開始された。


「……ほんまに、櫂なん?」

「えーー僕ってそんなに変わった?絶対忘れられない自信あるけどなぁ」


 長く感じられるだけで短い、野暮ったい時間がやっと過ぎて、未だ顔色を戻せない翔がポツリと呟いた。その返答に櫂は軽い口調で告げ、綺麗な蒼眼を懐かしそうに細める。首を傾げた拍子に茶色味がかった金糸がサラリと揺れた。


「まぁ、印象的ではあるわな……」

「別に珍しくもないと思うけどなぁハーフなんて。にしても、なんでずっとドッペルゲンガーにでも会いました、的な顔してるの?」

「そんな濃い顔したヤツが何人もおってたまるかいな」

「それ、翔に言われると傷付くなぁ」


 形の良い薄い唇をへの字に曲げた、げんなりした顔をして言う翔に櫂は頬を膨らませる。気まずそうに切れ長の、漆黒の瞳が逸れる。


「それより、すまんかったな。あの時、何も言えんと行ってしもて……何や言い出し辛くて」

「全くだよ。なんか、色々やるせなかったけど。でも、言えず終いだった理由もちょっと分かるから。それに、僕もそれからアッチに行ってたし」


 大丈夫、と言いつつも櫂はどこか影を落として、それでもふわりと笑った。辛い気持ちが別れの挨拶を阻んだ五年前、小学六年生の冬はそれぞれに厳しい寒さを与えたようだ。翔は眉を下げて、気まずそうに立ち上がった。


「そ、か……おおきに。ほな、俺、帰るわ。まだ、家の片づけとか残っとるし」

「うん、また明日」


 居たたまれなくなって鞄を持っていそいそと教室を出ていく翔に、櫂は手を振る。教室の外では、一人の女子生徒がその様子を伺うように腕を組んで壁にもたれかかっていた。

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