已己巳己
箕園 のぞみ
始話 プロローグ
「あぁ、責めているんだね……」
櫂は、恍惚とした顔で呟く。まるでそれが正しいことだとでもいうように、あっさりと受け入れていた。分厚い雲が覆う空にどれだけ強く腕を伸ばしても、光に辿り着けることはない。寧ろ、その行為を嘲笑うかのように、また、季節はずれの雪が舞い散る。
「この雪が、僕の視界から全てを隠してくれたら良いのに」
漸くザッザッと、完璧な白を乱していく狼狽えを含んだ足音が遥か階下で鳴り始めた。遅れて、ざわざわと酷く耳障りな、徐々に大きくなる空気の振動が伝わる。
櫂は制服が濡れるのも厭わずに、力なくその場に片膝をついて祈りを捧げた。
「さようなら、愛しい人。今度こそ、安らかに」
瞼を伏せた拍子に、冷えた水玉が頬を伝い落ちていく。櫂は組んでいた両手を解くと、ポケットから赤バラを取り出しその場に突き刺した。
「……君とはここでお別れだ、
そして静かに立ち上がると、屋上を後にする。
その柵を乗り越えた向こう側は、いつの間にか群がった沢山の人のおかげで櫂が作り出した状況と同じ情景が広がっている。街の遠くの方から、パトカーのサイレンがけたたましく鳴り響いていた。
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