花嫁戦記5

5-1

 翌日の昼、アリア達は「狩場」へ向かって頂城を出発した。


 城門やバルコニーで、城主子息、息女を見送る者や見物する者達は、騎馬と馬車がなす威容に城主の持つ「力」を感じずにはいられないだろう。先触れと煌びやかさが無ければ、何処かへ出兵する軍隊かと見まごう程の装備と隊列だった。


 中でも見る者達が一様に驚いたのが、城外に在った「ソレ」が突然動き出し、しかも隊列中央に加わった事だ。


 一際異彩を放つ巨大な物体。


 事情を聞いてはいても「入城を許されなかった新参者が準備した掘っ立て小屋」と言う誤った認識を持った者が居たに違いない。その大きな物体が「機甲具アーティム」であり、実際に動くと思っていた客は「宴」に殆どいなかった。

 亜人にとっては「魔弾の射手」と言う射撃武器か、馬代りの2輪の「鎧車ガイシャ」が「機甲具アーティム」と言うモノの全てなのだ。

 今頃、支配者達は垣間見た真実に言葉を交わし、今後の予定や、密談の内容を組み替え、そして父、「轟竜」オルダナ・フィルデルを改めて畏怖、警戒するだろうとアリアは思った。


 出発前、アリアは供を引き連れて兄達に先んじてマリシアスの宿泊地を訪れた。  彼と臣下達は格式を重んじて彼女を出迎える。昨日、マリシアスが機甲具を見せる為にアリアを伴った時には、何の前触れも無かったため、気付いた臣下達は血相を変え大慌てだった。必死に無礼を詫びるゲラール家の執事に、アリアは「お忍び」であり一切の問題はなく、逆にあまり騒ぎ立てる事の無いように告げた。

 図らずもこの事はギーク奴隷の件で振り回された蛇女の溜飲を下げる結果に繋がった、アリアは問題が禍根を残さず闇に葬られたことを喜んだ。


 アリアの急な「狩猟」の誘いに、マリシアスが快諾してくれた事への謝辞を伝えると、当人はあっけらかんと答えた。


 「いえ、助かりました。初めてお会いする方々ばかりなので、皆様へご挨拶に伺おうとしたのですが、どなた様もお忙しく暇が無いとの事で、暫くは夜会以外にこれと言った用事も無く、、、まあせっかくなので蛇女方にお願いして城内の案内を頼もうと思ったのですが、そちらも今は沢山の方々のお相手で忙しく、順番を待って欲しいとの事で、、、」


 アリアは少し苦笑いで応える。到着早々に散々な目に合わされた「珍客」を、蛇女ジョカ達が口実を作って対応を先延ばしにした事は容易に想像できる。


 訪れた支配者達も、当然様々な予定を立てて来たであろう。重要なのはまずそちらからだ。

 だがマリシアスを無下にしている訳では無い。彼等はマリシアス、、、いや、ドーサン伯の出方を伺っているのだろう。アリアとて「東の辺境レゼルタール」や「焼け野原の竜伯」と言う人物についてこれまで心当たりが無い。父は何をもって情報を知り得たのだろうか?


 近年の亜人領域内における支配体制はほぼ確立された。再び人の領土への侵攻を開始する地固めが済んだのだ。だがそこまでに要した時間は長かった。その間に人族は亜人に対抗する手段として「機甲具」の復活を急速に進めたらしい。

 噂では「空を飛ぶ砦」と呼ばれる物まで存在すると聞く、魔術や奇獣、魔獣によらず、飛翔が出来る種の存在は、眷属として亜人が人に勝る特徴の一つだ。だがその優位性は神話の時代の道具によって覆されつつある。

 父は忌み嫌いながらも現実を認識し、対抗手段として「機甲具」を研究、運用する手段を模索したとして不思議は無い、そしてドーサン伯の領地や遺跡にたどり着いたのだろう。


 力で奪い取らなかったのは、憎む程に「機甲具」と言うモノを警戒し、ドーサン伯が持つ知識と遺産を無傷で手に入れる為だ。なにより人族との戦を前に、亜人同士で消耗し合うのは無意味だ。そして強力な力を備える「竜の血筋」なら味方に引き入れるのが良いに決まっている。

 両家にとって娘と息子が居た事は、父の思惑にとって僥倖だっただろう。何処まで「焼け野原の竜伯」について調べたのか知る由の無いが、アリアに「婚約」を伝える段階まで父の計画が進んでいると言う事だが、、、母が難色を示している事が、父にも気がかりなのだろう。本来であればこの「宴」で父は二人の「婚約」を公にしたかったのでは無いか?そして母の懸念はドーサン伯本人が来なかった事でも暗示された。


 マリシアスを見ながらアリアは思う。「宴」の最中、父は恐らくこの件を一旦棚上げにし、そして後日再検討するだろうと。

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