4ー20


 「!?」


 見間違いかもしれないとアリアは思ったが、「不死の少女」と「尊大な長兄」が互いに一目合わせ、微笑んだように見えた。


 二人は(兄だけだろうが)汗で濡れた夜会服を着替える為に、主賓と大広間の客達に一礼すると「宴」を中座した。再び別の曲を楽師たちが奏で始め、客達は食事や会話を再開した。

 アリアは思い出したように側仕えを呼び、明日「狩猟」にマリシアスを招待する旨、支度をすようにと伝える事を命じた。これで長兄に叱られる事は無いだろう。


 先ほどの一瞬の出来事に気付いた客もいただろう、あれすらも二人の演技だろうか?


 乗り気でない母から「婚約」を告げられ、長兄の態度、次兄の言葉に自身の将来に過敏になっているだけかもしれない。そんな中で見た、あの二人の一瞬の表情に何かを期待してしまったのだろうか?なんでもない事を勘違いしているだけかもしれない可能性もあるが、明日の「狩猟」でファンダルにそれを問質す勇気はアリアに無かった。


 今日一日で目まぐるしい出来事を味わった。マリシアスと言う同族の青年との出会い、機甲具の「力」の可能性を目の当たりにした。「婚約」の話、次兄の本性、長兄の変化の兆し。起こった出来事を一つ一つを理解につなげるのは時間が掛かるだろう、今夜は興奮して眠れそうにない。


 亜人支配者が催す「宴」は短くても3日、長い時には10日に及ぶ。遠路はるばるやって来た有力諸侯達が「たった一晩顔を合わせ、酒食を共にし歓談して終わる」などと言うことは無い。

 アリアの父である「轟竜」オルダナ・フィルデル公爵を始め、招待客達が己の野望や思惑を叶えんと、時間や場所を「頂城」に城主が設け、与えるのだ。

 そこで諸侯は密議を交わし、取引や交渉をする。茶会や音楽会の様な城内の一室から庭園や狩場といった屋外、父が設えた特別な密室や、城主の目すら欺く諸侯が持ち込み、また能力によって生み出す特別な空間で互いの声が聞こえる距離、他人の目や耳が届かぬ距離を謀りながら行われるのだ。 


 今だに父からハッキリとした事は何も告げられていない、「婚約」の話は宙に浮いたままだ。だが話が出た以上、そのつもりでマリシアスと言う人物を知るに越したことは無い。兄達が直接、彼と会ってどう思うか?それもアリアには興味があった。兄が何を狩るのかし知らなが、「狩猟」は様々な面でマリシアスを知る良い機会だと思った。


 下座を見ると、渦中の人であるマリシアスがこちらを見ていた。遠目にも解る会釈で挨拶をすると、アリアに向かって苦笑した顔で何やら手まねで顔を差している。


 「?」


 そんなアリアに溜息交じりに次兄は告げた。


 「妹よ、お前は兄として自慢出来る器量良しだが、食事の時の身だしなみには淑女として気を配った方が良いと思うぞ。まず口の周りのソースやクリームを拭け、化粧が台無しだ。」

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