4-19

 視線に気付いたファンダルが立ち上がってやって来る。長兄は父譲りの偉丈夫で武人であり気性も荒い。卵からかえってのアリアと長兄の間に良い思い出はあまり無い、だがこうして兄妹が会って話をするのも近年稀になってしまった。


 「同じ城に居るのに会うのは久しぶりだな弟、妹よ。」


 酔っているのか?上から目線のふてぶてしい態度にの迫力が無い。アリアは思わず気遣って声を掛ける。


 「兄上どうかされましたか?お加減が悪いのでは?」


 立ち上がろうとしたアリアをファンダルはぞんざいに手を払って制した。どうやら勘違いの様だ、長兄は酒が入り一層意地が悪くなったと感じた。座り込んで酒を煽ると長兄は切り出した。


 「聞いたぞ妹よ「婚約」したそうだな、兄として祝いの言葉を贈ろう、御目出とうアリア」 


 「有難うございます、ファンダル兄様。ですが正式に決まった訳では、、、」


 アリアが、訂正しようとすると長兄は鼻で笑って口を挟んだ。


 「父上の方針だ、決まりも同然。誰も逆らえんよ。」


 吐き捨てるような言葉だった、そしてファンダルはマリシアスを見る。


 「良かったじゃないか、御しやすそうな相手だ。妹よ尻に敷けるぞ!」


 そう言った長兄の含み嗤いは、アリアにとって不愉快だった。折り合いの悪い兄に対しての反抗心、腹立たしさも加わったせいか、思ってもみなかった言葉が口を突いた。


 「マリシアス様は、お兄様が考えるよりも深い思慮をもったお方です!」


 「「!?」」


 「!!」


 二人の兄達と妹は別の意味で感情的な言葉に驚いていた。しばらくすると低い笑い声が聞こえる。それは「宴」の音楽に飲まれアリア達以外に聞こえる事のない長兄の忍び笑いだ。


 「決めた!明日、久しぶりに兄妹で「狩猟」を楽しむとしよう。アリア、お前があの義理の弟も連れてい来い!」


 そ言って杯の酒を煽り、ファンダルは立ち上がって凄みを効かせた表情でアリアを上からねめつけた。アリアは思わず口走った言葉に気持ちが追い付かず、返す言葉に窮した。そうする間にもファンダルはニヤリと笑って踵を返すと自分の席に向かった。そこには婚約者である「不死の少女」が長兄を待っていた。

 姿を間近で目にするのは2度目だ、いつみてもその儚げな姿は可憐で美しいとアリアは思う、「人の少女」にしか見えないその姿は、か弱い存在にしか見えないが、その正体は蛇姫公ダキニ以上に長い時を生きる不死の亜人なのだ。


 酔ってはいるはずだが長兄はしっかりとした足取りで少女に向かった。少女は兄の腕に恭しく手を添えた。まるで大人と子供の様に見える。二人は揃って大広間の中央に進み出ると主賓と客達に一礼する。

 アリアは何事が始まるかと思いきや、儀典官が高らかに長兄と「不死の少女」による舞の披露を告げると楽師が古い調べの不思議な音楽を奏で始める。


 「神話の時代の調べと舞だそうだよ」


 次兄リカオンがアリアに説明した。中央の二人は静かにゆっくりとした動作で踊り始めた。


 「ああして中の睦まじさを招待客達に示しているのかもね、婚約って大変だな~。これで結婚したらどうなるんだ?」


 アリアにはのんびりとした次兄の治世に関する話よりも、無骨な長兄が亜人とは言え幼い少女と舞っている姿の方が衝撃だった。

 初めはゆっくりと静かな曲調がだんだんと激しく早くなる。それに合わせて二人の動きも早くなってゆく。本来は大人二人が踊る曲であるはずだろうが驚いた事に二人の舞は体格差を考慮して振付がなされたのかと思う程、計算されたような動きだ。


 「神話の時代の物らしいから、背丈の違う種族同士が共に舞う事も考慮されて幾つか振り付けが在るらしいよ」


 次兄が教えてくれた。二人の舞に感嘆するアリアに一方的にリカオンは話を続ける。


 「「婚約」してからの兄上って随分と変わったよね、アリアは解っているようだけど、「竜の血筋」とは言え、「牙」もろくに使えない子供の僕達の力なんてちっぽけなモノさ。父上や母上の威光があるからこそ支配者達は僕等に膝を折るけど、それを自分の実力と勘違いしちゃいけない。「不死の少女」は父上と拮抗する支配者だ。そんな人を婚約にあてるなんて父上も酷いよね、兄上は自尊心の塊みたいな人だったから、自分の弱さに気付いた時はとても傷ついただろうね。」


 「今の兄上は力の差を埋めるために必死さ、「牙」の真性を発現させようと密かに鍛えてるって話だけど、内心は憤りがくずぶっているんじゃないかな?さっきの態度はソレが噴き出たって感じだったし。」


 長兄の内心をおもんばかる風では在ったが棘のある言葉に、アリアは次兄の「悪意」を見た気がした。一族初の英雄の依代シャーマンであるリカオンには新しい見識を期待していたが、彼の言葉はファンダルが普段周囲を蔑む様子と変わらない。アリアは裏切られたような寂しい気持ちを味合う。


 曲を締めくくる壮大な音共に舞が終わりる。父と母も含め客達からは万雷の拍手が二人に送られた。アリアも見事だったと思う、だがこれが形式のため行われた舞なのが少し寂しくもあった。

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