4-18

 「ですがアリア、媚びる必要は在りません。入り婿殿に当家の、いえ我「郎党」の決まりを躾けるのは貴方の役目です。「轟竜」オルダナ・フィルデルの娘と言う立場を忘れぬように、、、」


 母はこの婚約があまり乗り気でない様だった。それを父が推し進める事は稀にあった。

 そう言った場合は「占導」によって示された困難や高い危険を父が的確に対処する術を知りうる、もしくは回避する当てがあるのだ。母の「占導」によるお告げは、殆どの者が結果を座して待つだけだが、父は運命を知る事によって、それに抗う術を試み、打ち勝ってきた。そして己に力と知恵が足りなければ父は誇りを捨て母に従った。母が視る運命とその導きこそ、父にとって見えざる運命に牙を立てる唯一の武器なのだ。


 「占導」の結果が思わしく無かった。だから母親は直前までこの事を伝えそびれていたのだ。だがそれは良かったのかもしれないとアリアは思う。

 少なくともマリシアスに対しいて過剰な期待を抱いていなかった分、庭園での出来事で無様な面に過剰に幻滅もせずその後の顛末で、良い所も、悪い所も見る事が出来た。

 アリアは改めてマリシアスを見る。居並ぶつわもの達に新参として歓迎されているのか?揶揄われているのか?どちらかと言えば後者だろうと思われる、初対面のマリシアスから、覇気や凛々しさ、聡明さと言った雰囲気を感じる事は難しい、だから支配者達は無視するか、嫌がらせか揶揄い程度のちょっかいを掛ける。だがそんな輩を相手に委縮するでもなく、虚勢を張るでもない彼の姿は、かえって見事な印象を受ける。

 「東の辺境レゼルタール」と言えば遠方の地だ、この機会に少しでも強力な支配者たちよしみを結んでおくのに越したことは無い筈だが、彼自身に強者に取り入ろうと言った積極性が見て取れないのもアリアは不思議だった。


 「私には「欲」があり、目指す「野望」があります。」


 あれはどう言う意味だったのだろう?


 庭園で彼が言った言葉だ。名代とはいえドーサン伯の息子として周囲に名を見知ってもらう事に意義あるだろうに、マリシアスを見れば見るほどアリアには「欲」と「野望」と言う言葉が程遠く感じられる。昼間アリアを前に機甲具アーティムの熱弁をふるった姿は亜人に於いては数少ない学者か教師の様だ。


 「あれがお前の「婿」で、俺たちの新しい義弟かい?」


 マリシアスを見詰めていたアリアは不意に隣から声を掛けられ驚く、二番目の兄、リカオンが含み嗤いでアリアを見ていた。


 「お互い育ち盛りだけどお前、ホント飯食うのが好きだな。」


 アリアの前に並べられた料理の量にあきれるリカオン。アリアは咄嗟に「ほっといてよ」と返したが、色々な意味で顔が赤くなるのを感じた。揶揄った妹の反応など気にする風もなく、次男は下座に目をやる。


 「良いんじゃなか。素直そうだし、同族で歳も近いから仲良くやれそうだ。良縁だ妹よ、結婚しちまえ!」


 「お、お兄様、、まだお父様からは、、、」


 そうだ、この話はアリアも宴の寸前に母から聞いたぐらだ、なのになぜ次兄は既に知り及んでいるのか?これが城内での力関係かとアリアは思った。恐らく城内のある程度の上位者たちの間ではこの話は口に出さずとも「認識」はされていたのだろう。問題はアリアにはその情報が入ってこなかった事だ。アリアの様子に気付いたリカオンは言い添える。


 「ああ?大事な妹の将来に家族で色々と気をもむのは当たり前だろ?怒るなよ、父上から知らされたのは前よりもちょっと早いぐらいだ。兄上の時よりも心構えは出来てるぜ」


 次兄はさらりと疑惑を交わし、話題をかえる。腹立たしくはあっったが、悪意の様なモノは感じられないのでアリアは矛を収め、長兄ファンダルを見やる。一番上の兄は一人、酒杯を片手に退屈そうにしていた。隣にいるはずの婚約者は今は下座席に出向いて一族の者達と親し気に言葉を交わしていた。


 「兄上も災難だよな、父上の決定とは言え800歳も年が離れた異種族が妻とはね、ま~俺も人事じゃ無いけど。」


 長兄ファンダルクの婚約者は「常闇ノ主ジョウヤノアルジ」の女領主だ。 外見年齢はアリアよりも遥かに下に見えるだ。だが一族では最古参の血筋であり、強力な力を持っている。

 近隣に大きな領土を構え、父とは何度か対立したが、兄との「婚約」をもって幕閣に加わった。彼女は家族であり序列としてアリア達と同席からこの光景を眺める事が出来るのだ。「婚約だけでも有益」と言う意味はこの事だと思う。それほどをもって父は「常闇ノ主ジョウヤノアルジ」達と折り合いをつけたのだ。そしてこれは母も推奨した事だ。


 アリアは長兄の姿に義姉との間に「愛」と言うモノが今、そして今後も芽生えるかどうか疑問でならない。

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