4-17
煌びやかな大広間にファンファーレが鳴り響く。目鼻の無い
大広間には「ひな壇」状に席が配置され、奥まった一番高い席には城主である「轟竜」オルダナ・フィルデル公爵と妻サルベラ、その下にアリア達城主の家族と続いていく、席順は厳格に定められいる。儀典官は時折可笑しな事をやっては亜人達の笑いを誘ながらも案内を間違えることは無い。
ただの道化の様に振舞っているが、彼は主賓の思惑や客たちの気配を読み、配膳や余興のタイミングを見計らい、係りの奴隷達を指揮する。彼の采配一つで宴がぶち壊れ父の面目がつぶれる事にもなる。スパイスの入れ物を恭しくテーブルに置いた儀典官の身のこなしは、優雅かつユーモラスでそのような心配は全くないとアリアは思った。
招待客が揃い、主賓が着座するのを見計らったように給仕達が香ばしく甘い香りが漂う焼き立てのパンをもって現れる。アリアは給仕が切り取った焼き立ての薄いパンをつまんで口にするとスパイスの味が広がり食欲を刺激され少しばかり喉の渇きをおぼえる。アリアは宴の料理が大好きだ。だが料理の登場は乾杯の後。
父が毒殺など謀るはずもないが、客達の側に控えた毒見役の奴隷が酒を確かめる。そして蛇女達が恭しく客達の杯に酒を注いでゆく。その頃には儀典官が「乾杯の歌」を歌い、城主たる父と集まった客達を讃え祝福する。良く通るその声は広間に響き渡り、最後に
楽師が盛大な音楽を奏で、お待ちかねの料理を給仕たちが運んでくる。アリアは宴でしか味わえない趣向凝らした形や仕掛けの料理や菓子を頬張り、口に広がる美味に幸福を味わった。
上座から眺めは壮観だ。客の全てが名のある亜人、その雰囲気にはアリアも圧倒される。自分よりも下座に居並ぶ支配者達を見渡し、父の偉大さを再認識するアリア、そんな強面の客達の中に彼女はマリシアスを見つけた。
整えられた髪、立派な出で立ちは昼間とは見違えるようだ。だが周囲に比べると幼く、頼りない印象はぬぐえない。本来はドーサン伯自身が出席するべき宴なのだが、自領土内に問題があり、今は離れる事が出来ないと、マリシアスを名代とす事を謝罪した丁寧な書状と貢物持たせて寄こしたのだ。
贈られた貢物は質も量も中々の物だったが、父にしてみれば田舎領主が出席を断ったに等しい。それでも父が激怒しなかったのは別に目的があったからだ。アリアはその事を支度中に母、サルベラより聞かされた。
「こ、婚約、、、ですか、、、」
「ええ、少し早いかもしれませんが、お父様はそのつもりの様です、、、」
母親は少し浮かない雰囲気で静かに娘へ告げる、だがアリアはそんな母の様子に気を回す余裕は無かった。
いづれはそう言った日が来るであろうとアリアも解ってはいたが、まさかこんなに早くとは思っていなかった。だが異常という訳でも無い。生まれる前や生まれて間もない時分に結婚や婚約といった約定が取り交わされる事もある。両親から一言断りがあるだけでも幸せなのかもしれない。
「、、、お母様、どちらの殿様でしょうか?」
父の決定に逆らう事など出来ない。覚悟が決まった訳では無いが、アリアはこの先の自分の運命が知りたかった。
パッと思いつく限りで様々な支配者たちの顔が浮かぶ、だがどの顔も己の将来について今だ朧げな輪郭しか持たない彼女にとって心弾ませるような人物はいなかった、、、
「!!」
「オライン様でしょうか?」
アリアは「婚姻」の文字に、唯一人だけ具体性を見出せる人物に思い至り、複雑な胸中に希望を見出すように母に尋ねた。
「、、、そうね、オライン伯爵とならば、まだ「策」もあったでしょう、、、」
わずかな希望は砕かれアリアは自身の行く末を想像する事が出来なくなった。
「違うのですか、、、ではお父様は私をどちらの方に、、、、」
アリアには母親の様子が気にかかった、母親が幼い娘の政略結婚を嘆いている訳では無い事は承知だった。「策」と言う言葉からも母の「占導」で何か良くない、もしくは予測不能な結果が出ている事が明白だった。
父が母を娶ったのはその「運命を覆す」と言われる恐るべき「占導」の腕前を欲したからだ。そして母もまた父が将来に打ち立てる野望とその成就を見て、父と共に歩むことを決めた。
そして二人は手を携えて今を実現した。二人の間に愛があったかどうかは定かでないが、明確な「絆」の様なモノがあったのは事実であり。やがて二人は子を成してアリア達が生まれたのだ。
サルベラは見たであろう「占導」の結果についてアリアに詳しく語る事は無かった。ただ一言、彼女に婚約者の名前を告げる。
「まだ正式に決まった訳では在りませんが、お父様は東の辺境レゼルタールを領地とする「焼け野原の竜伯」ドーサン・ゲラールの子息、マリシアス男爵をお前の「婚約者」とし、ドーサン伯を幕閣に加えて領土の遺跡を手にする事を望んでいます。」
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