4-13

 夜明け前にアリア達は砦までわずかな距離に近づいた。ここまでの道のりはベールデナから提供された地図を頼りに、偵察隊が通ったであろう思われる痕跡を捜索しつつ進んできた。だがトルプが引き返してきた後や、遺体と言った彼等の行方に繋がるようなモノは見つけることは出来なかった。

 月獣が示唆した限られた時間で決定的な情報を得るには、「砦」に侵入するしか無いとアリアは覚悟を新たにする。今だ暗い森の中で、アリア達は苔生した大岩の前に立っていた。


 「ゲラール夫人、ここが砦への「隠し通路」ですか?」


 レティシアは尋ねた。砦での一件、休憩でのアリアの本心と言える言葉に、輝石領を飛び出しはしたものの、自身とサールの行く末に具体性を見出せなかった彼女は、当面の行動をアリアと共にし、その目的へ協力する事に決めた。輝石領以外の亜人に対しては常に警戒してきたレティシアだが、少なくともアリアにはこれまで観て来た亜人とは違うモノをに感じ取っていた。サールもその考えに同意し、二人は実質アリアの「郎党クラン」に加わった。


 「一部の高級指揮官しか知らない抜け穴よ、他にも幾つか「隠し通路」があるけれど、ここは一番巧妙に隠されているの。魔法の鍵も掛けられていて、合言葉が無いと開かない仕掛けになっているは、「逃げる時」と「取り戻す時」の両方を考えた仕掛けね。」


 アリアが「隠し通路」の概要を説明する傍らで、ヘラレスは大岩の周辺を調べて結果を報告した。


 「奥様、何者かがここを出入りした痕跡や、足跡は見当たりません。」


 ヘラレスの報告を受けてアリアはホッとした表情になる。


 「良かった。トルプは「通路」を使わなかったと言う事ね、助かったは。」


 ヘラレスは納得出来ない様子でアリアに尋ねた。


 「何故トルプ様は隠し通路を使わなかったのですか?ここを通って内側から奇襲すれば確実に勝てたのでは?」


 アリアは簡潔に応える。


 「この通路が彼には手狭だって事があるわね、万が一通路内で戦闘に成った場合、「魔弾の射手」で狙われれば闇巨鬼コクテンの巨体では交わす事も隠れる事も難しいは、砦側の出入り口のある部屋も決して広くは無いから、敵が居合わせた場合を恐れたのかも。彼の巨躯とその実力があれば、広い場所で戦う事の方がかえって有利なのかもしれないは、、、」


 単に肉体能力だけを比較すれば、闇巨鬼コクテン族は亜人随一だ。平均3m近い巨体と頑健な肉体、そして身に着けた武術と依代としての奇跡を合わせ持てば恐れるものなど無いだろう、、、アリアは一旦口を開きかけて言い淀んだが言葉を続けた。


 「、、、彼は強敵を欲し、正面から挑むことを選んだんだと思うの。この辺り一帯は数十年、互いに偵察部隊の小競り合いはあっても、大きな戦は起こっていないは。」


 「ヘラレス、闇巨鬼コクテンと言う一族はね、個人の強さ、特に武勇に重きを置くの。倒した魔物の強大さ、打ち取った勇者の数、劣勢を覆して勝利した戦。彼等は常に自分達と同等かそれ以上の敵を求め、挑んで勝つことを至上の悦びとしているの、領主ダッハも武勇一つでここまでの領地を獲得して来たのよ。策略を否定している訳では無いけど、裏切りや闇討ちと言った振る舞いは好まないし、弱者をいたぶる事もしないと聞くは。たけど高潔という訳でも無いの、力でねじ伏せる事を好み、力の無いモノに無関心と言うのが正しいのかも、鋭鬼や雑鬼といった「鬼の血筋」だから似てるわよね。彼等は殆どが傭兵や客将として一つの所に留まらず、常に敵を求めているの。」


 「頂城」でも闇巨鬼コクテン族の客将が父の元で采配を揮い、かつて雇われた闇巨鬼コクテンの傭兵が、父を狙って攻めてくる事があった。

 領地を支配するダッハは少数派だ。だが強大な組織を相手にするには、個人では限界があると言う事に、彼は気付いたのかもしれないとアリア思った。


 「真偽は不明だけど、闇巨鬼コクテンは戦って勝利を収めるたびにより強くなると言われるは、勝利か死か、恐らくトルプ様とって、砦を陥落させた「伝説の将軍の後継者」と正面から戦うことが、偵察よりも重要だったのかもしれない。だから「隠し通路」を使わなかったんだと思う。」


 アリアは大岩を前に「郎党」の配置を確認し、注意を促す。


 「入口を開くわよ。ここから入った者が居ないのは解ったけど、中が無事とは限らないは、大きな空間では無いから居たとしても数人だと思うけど、皆、油断しないで。」


 各々武器を構えて備えるを確認したアリアは、合言葉を口にした。


 「神を忘れた驕りし者に鉄槌を!」


 アリアが大岩の前で言葉を発すると、岩がほのかに光かる。コーボルトが慎重に手で押すとそれは軽々とずれた。


 そして下に続く階段が姿を現した。

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