4-12

 亜人の罠の可能性が高かったが、スフィーネは相手の思惑に載る事に決めた。少なくともそうすることで時間を稼ぐことが出来ると踏んだのだ。

 そして本物の脱走者なら、「紅月」が何を企み、亜人軍勢がどういった動きをするのか?奴隷が見聞きした断片的な情報であっても、そこから敵の動きを推測する事で部隊が生還する可能性も高くなるのだ。


 森から敵が突然現れる可能性に備え、迷いは在ったがスフィーネは降伏したコーボルトから選んで軽弩を装備させ、部下を見張りに付けて外壁の上に並べ迎撃態勢を強化した。そして自身外壁に移り逃亡者に向け「交易語ワル」呼びかけた。


 「貴方達を迎え入れます。ですが決して変な真似をしない様に、こちらの指示に従ってゆっくりと行動して下さい。繰り返します、亜人達から逃れたいのであれば、こちらの指示に従って下さい。」


 逃亡者からの返答は直ぐに帰って来た。


 「お願いします。早く助けて下さい。人の軍隊が来たと聞いて逃げて来たのです。早く中に入れて下さい。怪我をしたモノも居ます。亜人達が追ってくるかもしれません。どうか早く、、、」


 スフィーネは隊員から「魔弾の射手」をかりて、狙撃用に取り付けられた拡大鏡を覗き込んだ。返事を返した逃亡者のヘムの女性は、自分と幾つも変わらない年齢の様に思われた。身なりは貫頭衣を腰布で縛っただけという粗末ないで立ちだった。手足に顔は薄汚れ髪も随分と手入れされていない様だ、劣悪な環境で過ごしている事が伺われる。

 そしてコーボルト、全てが幼く子供の様に見える。仲間に抱えられたコーボルトは確かに怪我を負っているようだ。

 だがそれらは装う事が可能、近づかなければ真偽は解らない。そしてスフィーネが最も警戒した事は、ヘムの女性に見える彼女が、「月獣」または「女媧」である可能性だった。いづれも闇巨鬼と同等の実力を持つ強力な亜人達。一人でも砦の中で暴れられれば、今の部隊では太刀打ちできない。どちらにしろ彼女を一旦は拘束し牢にいれて尋問する事に成るだろう。部隊に犬はまだ一匹存命している、人に擬態する強力な亜人だが、真偽の改め方がこれほどハッキリと判っているなら慎重に手順を踏めばいいだけの事だ。

 拡大鏡ので覗き見る女性の表情には緊張か?恐怖か?焦りか?そんな表情が見て取れる。時折後ろを気にするように森を振り返るのは、追っ手を気にしているからだろうか?


 女性は再び「交易語ワル」でスフィーネに呼びかけた。


 「お願いします。追われているのです。早く中に、早く助けて下さい。どうか私を人の暮らしに戻して!」


 気持ちとしてはスフィーネも急いで迎え入れたやりたかった。だが危険を冒す訳に行かない。彼女は冷徹に思える一言をヘムの女性に放った。


 「もし今、追手が貴方達に襲い掛かったとしても、私は指揮官として定めた手順を無視して貴方方を砦に招き入れる事は無いは、たとえ見殺しにしたとしてもね。それが出来ないなら貴方達が砦の前を素通りして人の領域へ進む事は認めるは、けど私達へ助けを求めるのは諦めて。これは決まりだからでは無く、隊を預かる指揮官としての私の判断よ。」


 スフィーネの言葉に打ちひしがれたのか?ヘムの女性はうずくまり、コーボルト達と身を寄せ合った。スフィーネは再び女性へ声を掛ける。


 「今から部下をそちらにやります、彼等の指示に従って下さい。貴方を一時的に牢で拘束します。妙な真似は決してしない様に、私が貴方を狙っていますから、命を奪う事はたやすい事です。貴方に対して酷い仕打ちである事は承知していますが、快適に過ごせるよう可能な便宜は取り計らうつもりです。」


 「と言っても亜人の砦ですから大したものは在りませんが、、、暖かい食事なら皆さんにすぐにでもお出しできるでしょう。」


 スフィーネが指示を出すと、砦の通用口から隊員が逃亡者たちを迎えに行く、犬は何度か女性に近寄る事を嫌がったが、吠え掛かる事はなかったので月獣の疑いはなくなった。そして拘束された彼女はコーボルト共に牢へ一旦留置する。夕方になれば女媧かどうかの疑いも晴れるだろう。


 スフィーネは部下に彼女の牢へ、着替えと桶に入った湯を差し入れる事を命じる。そして彼等に暖かな食事を出すように手配した。女性への食事は聴取も兼ねて自分が運ぶと伝える。

 負傷して背中から血を流し、意識の無いまま運びこまれたのは老いたコーボルトだった。体のには無数の古傷、奴隷として随分と手ひどく扱われて来たのだろう。スフィーネは砦のコーボルトに治療し、意識が回復次第知らせる様に命じると、自身も少し食事をする事にした。


 少なくとも亜人はこちらを警戒し攻め手を思案している事、そしてバセットと戦った闇巨鬼は戦死し、こちらの窮状が敵に伝わっていない確かな確信をスフィーネは掴んだ。登った陽に眩しの光に眩し気に目を向ける。目覚めてから起こった出来事はに気分が随分と楽になった。スフィーネには、ここから生き残る道筋が見えたのだ。

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