4-9

 「温かい食事が出来るって幸せね。」


 そう言って スフィーネは隊員が持ってきた昼食の皿を受け取った。コーボルト降伏した敵奴隷が作った料理を口に運ぶ。鋭鬼オーク雑鬼コブリンが常食する亜人の味付けというものが恐ろしくはあったが、食べてみるとコレはコレで美味いとスフィーネは思った。


 事態は最悪だった。覚悟はあったとは言え、部隊に初めて戦死者が出た事は痛恨だった。そして死ぬかもしれない負傷者多数。いま手元にまともに戦える戦力は無い。だがスフィーネは指揮官として、そんな不安はおくびにも出さなかった。


 スフィーネは戦の後処理を黙々とするコーボルト降伏した敵奴隷に目を向ける。 スフィーネはその姿に鼻息をつきながら複雑な心境で見守る他なかった。

 奴隷達コーボルトは主人に与えられた命令を忠実にこなし、スフィーネ達と戦った。だが今は指揮官や上位の亜人達が討ち死に、敗走した中で砦に取り残され、降伏した捕虜だった。

 コーボルト降伏した敵奴隷達は、スフィーネの機甲具アーティムが吹き飛ばした砦の門や外壁だった木材を片付けながら、再度防衛拠点としての補修を行い、かつての主人だっただろう亜人達の遺体を集め外に運び出しての埋葬など、降伏を認めたスフィーネ新たな主の指示に従い、動ける隊員監視の元で部隊の手助けを行っていた。


 ヘムの軍隊なら、支配者階級の亜人でもない限り、扱い辛いだけで大した情報を持たない鋭鬼オーク雑鬼コブリンといった亜人を捕虜にすることは無い(鋭鬼オークは死ぬまで戦うので出来ないと言うべきか?)。

 だがコーボルトは例外だった。「神の戦ジャド」が始まって以来、亜人デームの勢力てしてヘムと戦ってきたコーボルト達ではあったが、亜人デーム社会にあって最底辺の身分として扱われ、過酷な環境で生きる事を強いられていた。そんな中でヘムに助けを求め、亜人デーム達から逃げ出し来たコーボルトの例は数えきれない。神が彼等与えた「服従」と「勤勉」という性は、「裏切り」や「反逆」といった行為から無縁の存在として来たが、「生きる」という本能は圧政者からの逃走と言う「逃げ道」を彼等に用意したようだ。

 

 そのような逃走者や降伏者達は、ヘムの社会にあって初期は監視される身分ではあったが、その「性」により時を置かず受け入れられ、国によって制度の違いはあるものの、概ね一般的な人々に相当するする扱いを受けている。

 奴隷的な身分である事に変わりはないが、人もコーボルトも最早それが当たり前と成っていた。


 スフィーネにも軍人となって数人のコーボルトの降伏を受け入れ、慣例に従って処理をして来た。ヘムの社会で言えば、彼らは無理やり戦場に駆り出された農夫や街人に近いと言うのが彼女の認識であり、平静な暮らしに戻してやれば脅威に成る事などは無いのだ。それは一種の「解放者」であるかのような気分を味わうことが出来た。

 いま彼女の指示の元、黙々と、そして一部に和気藹々と仕事に精を出すコーボルト降伏した敵奴隷達の姿にその確信は揺らがない。

 

 でもねえ、、、


 降伏した敵奴隷コーボルトの数の多さは通例で考えれば異常だった。中隊規模、討払った亜人達の同数以上が存在する。すでに敵味方ともつまびらかとなった前線の情報にその事は反映されていなかった。


 いや、違う。


 定期のパトロール報告で、コーボルトと遭遇し、彼等が助けを求めず逃げ出した旨の報告は事前に上がっていた。違和感は合ったが、そんなものかと見落としていたのだ。

 後から考えれば滑稽な話だ。これまでの亜人の元にいたコーボルト達がどうだったか?少し考えれば解ったかもしれない、少なくとも警戒はできたはずだ。


 それはスフィーネの軍略を狂わせ、部隊に想像以上の消耗を強いた。彼女が攻略の切り札とした自身の機甲具アーティムの火力は、初日の砦攻略で全て使い果たてしまった。それは進軍二日目の夜、闇巨鬼コクテンの強襲において最悪の結果につながった。


 スフィーネは成した功績とその容貌から帝都で「碧眼の軍師」などと呼ばれることで、自身がおごり、采配を誤ったことを今なを悔やんでいた。

 そしていま命があるのは「赤き闘神」と呼ばれる友が、恐るべき闇巨鬼コクテンに対して一歩も引かず「血まみれの鬼神」となって闘ったからだ。友は飛竜を駆って魔力の掛かった二槍を両手で振て獅子奮迅の戦いぶりで闇巨鬼コクテンと死闘を繰り広げ、その果てに重い闇巨鬼を飛竜で無理やり持ち上げ飛び、空から暗い森へ突き落とした。


 闇巨鬼の生死、戦果を確認したがったが、そんな余力は部隊に残ってなどいなかった。盟友バセット・バーミリオンとその愛騎はかろうじて戻り、血を吐きながら彼女らしくない皮肉を、少し勝ち誇ったように口にしてスフィーネを驚かせた。


 「スフィーネ、「天馬ペガサス」じゃアレは出来なかったよね?」


 そう言って友はスフィーネの腕の中に倒れこんだ。


 スフィーネは部隊が保持してい治癒ポーションと回復早める魔草を残らずバセットと飛竜に使い、三日目の夜明けと共にバセットを救援と撤退、増援要請ためボルト将軍の城に向かわせた。


 瀕死の自軍に対し、バセットが報せを持ち帰り救援の到着が先か?砦の陥落と偵察部隊の敗北と言う目くらましに、亜人が警戒し次の一手を躊躇う時間が尽きるのが先か?そこはもはや神の御手に委ねるしかないのだ。


 スフィーネは改めて働くコーボルト降伏した敵奴隷達をみる。見慣れた外見、誠実な振る舞に問題は無い、、、、だがスフィーネはこの戦いで改めて彼等は亜人なのだと考える。


 ゾクリ!


 全身が悪寒で震えた。降伏したとはいえ沢山の敵に周囲を囲まれているという事実を認識せざるを得ない。見慣れた彼の犬の顔が獰猛にすっら感じられる。手にした皿の匙が進まなくなる。


 もしこの料理に毒でも盛られていたのなら今頃は、、、


 スフィーネはこの前線で静かにひろがりつつある、これまでにない亜人の戦術上の変化を感じ取った。それはコーボルトが「無理やり戦場に駆り出された農夫や街人に近い」と言うのが彼女の確信を根底から揺るがし始めた。

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