4-8


 帰郷に際しての予定を二人で話しながら、バセットは「ドレスを仕立てて贈ると言ってくれた母親になんと詫びるべきか」をスフィーネに相談しながら宿舎の扉を開けた時だった。

 そこには帝国で「伝説の英雄」と呼ばれた武人が、鎧車ガイシャに跨り待っていた。


 一体何事が起きたかとバセットは思ったが、その時の感想をスフェーネは「私はね「あ、運命からは逃げられないんだ」って悟ったは」と自嘲気味に吐露する。


 バセットはスフェーネの不満が今一つ理解してやれないのが、友として心苦しかった。


 この数年は正に「怒涛の期間」と言って良かった。デーン軍へ配属となり、帝国領内に出没する亜人を討伐し、権力争いにまつわる剣呑な事件にもいくつか遭遇した。

 巻き込まれた災難と苦労は、帝国上級貴族達への「良縁」という形で報われ、討伐任務の戦果は、デーン閣下の信頼を勝ち取った。

 危険な戦いで何度も命を落としかけたが、スフェーネの見識と戦略をバセットが槍働きによって応える事で、実績を築いてこれた。結果として同期の達の中では異例の速さで二人とも騎士昇格を果たした。


 バセットには自身の力量を向上させ、試す機会を得られる事が喜びだったが、スフェーネは「命がいくつあっても足りないは」と不満を漏らしていた。最近になって彼女が「何が不満なのか」をバセットも理解し始めていた。表現が難しいが彼女は「複雑」で「優しい」のだ。「帝国騎士として強くある」そう考える自分とは見ている物が違うと。


 いつかの折に、その事についてバセットはスフェーネに謝罪をした事があった。だがスフィーネは言った。


 「人なんて違って当たり前だし、真に相手に理解するなんて出来っこないのよ。仮に理解できたとして、それを自分が許容できるかどうかって問題もあるしね。」


 「私は性分だから仕方ないけど、バセット、貴方はあまり細かいことに拘らないで「今の自分」を磨けば良いと思うの、たぶん私達って「違う」から相性が合うのよ、そのように「調和の神」が私達を引き合わせたよ。それよりお母上様から舞踏会のドレス届いたんでしょ?私にもみせてよ、、、」


 バセットは己が至らない所をスフェーネが補って、数々の武勲へ導いてくれた事を心から感謝している。今後とも共に部隊を指揮し、栄達を二人で果たしていくつもりだ。

 だがいま二人は敵の前線砦と戦い、その後の偵察部隊の強襲により、かろうじて勝利は収めたものの、部隊は死傷者を出し、剣は折れ、矢玉尽きていた。


 出兵に際し、スフェーネが領主へ遠まわしに「考えなし」の任務へ異を唱えていたが、バセットは上官命令であるならば、従うのが帝国騎士の務めと彼女に説いた。

 スフィーネは「貴方ならそう言うはよね、まあ勝つ算段が無いわけじゃないけど、あいつ等の態度が気に入らなくない?」と同意をもとめられバセットも苦笑した。


 陸軍大将クライン・ボルト閣下の下した命令が、自分たちへの当てこすりなのはバセットにも解っていた。あちらとしても上層部命令としてやむを得ずこちら受け入れたのだろう。 

 「戦況を改善する一手を講じよ」と言う上層部命令に対しボルト閣下も従うしかなかった。

 だが帝都で勇名が響きつつあると言っても、騎士叙勲を受けたばかりの指揮官が率いる僅かな部隊を帝都から寄こして投入した処で、目に見て戦況が動くなどはありえない。

 

 飛龍を操るバセットは砦陥落の報せと部隊救援と撤退の要請、砦確保の増援派兵を求める連絡要因としてスフェーネを敵地の中へ残していかねばならなかった。


 彼女は「陥落させたんだから後は向うの仕事よ、私たちが残る義理はないは、けど放棄するにしても実績と証拠はあいつ等に見せつけないとね。金庫が空になるほどの褒章をせしめてやる、バセット頼んだわよ。」


 強気の言葉は嘘でしかないことはバセットにもわかっていた。躊躇いがあった、同格の指揮官だから拒否する事も出来た。


 だがそれは我儘だと思った。これまで自分の無茶に手を焼かせ、彼女に的確に補佐してもらってここまで来た。


 ならば貫くしかない、


 己の全霊を振るい、彼女の信頼に全力で応える。


 撤退は認められ、増援の兵はすでに発った。ボルト将軍はバセットに謝意を示し、発射台カタパルト使用などの便宜を取り計らった。


 スフェーネ、いま行く!!


 叙勲の褒章で手にれた飛龍は未だ戦いの傷が癒えてはいなかったが、主の気持ちに応えるように一声鳴くと、明るくなり始めた空に力強く翼膜を羽ばたかせ加速した。

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