人族

 「、、、、サール様」


 夢想に浸っていたアリアは突然の背後からの声に、大声を上げそうなほど驚いたが寸でで声を飲み込んだ。


 振り返ると、黒ずくめの革鎧をまとったヘムの少女が控えていた。


 レティシア、 サールの「郎党クラン」の一員だ。宿営地周りの様子を探りに斥候に出ていた、情報を持ち帰ったのだろう。


 「お帰りレティシア、早速だが教えてくれないか。」


 サールは少女にねぎらいの言葉をかけ報告を促す。


 「はい、サール様。宿営地を囲まれた様子は在りません、きわめて少数の不審者が、こちらの様子を伺っているようです。」


 レティシアは主の求めに応じ淡々と状況を話し、内容をサールは吟味する。


 アリアはそんな二人のやり取りを興味深く眺めた。サールは彼女の対し、優しくはあるが、親密さには欠けると感じる。主従関係なのだから当然だろうが、、、


 「モノの血筋」ヘム族。


 「調和の神」には他に「森人エルヴィ」「岩人ダーフ」「小人ポックル」といった「血筋」の違う眷属達が存在するが、その中でもっとも勢力を誇り、眷属呼称と同名の誉れある種族だ。

 それはヘム族が世界シアで一番初めに生み出された眷属だからだ。

 その汎用な能力と秘めた可能性に「力」「自由」の両神も「調和の神」を称賛し、自身の眷属を生み出す基とした。

 「三柱ミハシラ」が世界シアを完成させていたなら、眷属筆頭となっていたであろう。


 平均的な人族は、強さで言えばコーボルトより上という程度でしかないが、汎用に優れ、学習や訓練によって強さを増し、能力を様々な形に伸ばせる特徴を持つ、また「調和の神」の中でも他の種族より好戦的な面がある。

 寿命は60~80年程度だが、亜人と違い集団の結束力に優れ、種を継続しつつ技術や知識を後世に継承、発展させる社会を築いている。

 「名のある人族」の集団は、優れた指導者か組織に導かれ、それらが同盟、団結し、亜人達との代理戦争を繰り広げていた。

 つまり亜人社会に存在するヘムとは、戦争で捕らえられた「捕虜」か「奴隷」だ。

 長い代理戦争の間で侵略され亜人達にとらえられ連れてこられ「奴隷」とその子孫が生産基盤を支える労働力として、亜人社会の底辺でコーボルト達と同列に扱われて存在する、だが少数の例外がある。


 それは「取引相手」か「実力者」だ、人の社会ではいづれも犯罪者や異端として追放、又は追われる者達。


 人は「集団の結束力に優れる」とは言っても、そこからはみ出し、弾かれる者は存在する。

 敵の情報を得るのに「取引相手」は有用な存在だ、彼等は己の欲や都合で同族を売る、もちろん騙されない様に注意を払わなければならないが。


 そして「実力者」達。


 人の社会にあって「力」を求める者、魅了された者、他人に妬まれ、陥れられた「力」ある者達。

 強さを増し、能力を様々な形に伸ばせる人の特徴は、時に亜人達を驚愕させ一目を置かせる。

 「力」ある事が尊ばれる亜人社会は、ヘムであろうと共闘に見合うと認めた者達を迎え入れた。


 利用するために。


 そう、あの時も。

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