老コーボルト

 まだ夜が明けきらぬ闇に小さな灯りがポツリと現れる。灯りは少し揺れなら音もなく宙を進み、ゆっくりとアリア達に近づいて来る。


「アリア様」


 アリアは「力の神」の眷属に共通する「亜人共通語ストレク」と呼ばれる言葉で声を掛けられた。

 アリアの目には「見えている」はずだが、声の主に反応する素振りを見せず、ただ揺れる炎を眺めていた。


 「、、、アリア様?」


 声の主は「何か粗相をしでかしただろうか?」少し遠慮がちなトーンで再び声を掛け直す。

 揺れる灯りが焚火に近づきその正体を照らし出す。そこには手にカンテラ携行照明携え、森や林のに紛れるような模様の外套纏った「毛むくじゃら」で「しょぼくれた」印象の年老いたコーボルトが立っていた。


 老コーボルトはアリアに反応が無い事に困り果て、三度声を掛けようとした時だ。


 「※」


 アリアは声が音になる前に美しい瞳から発せられる冷淡な視線を、老コーボルトに向ける。

 口を開けたまま老コーボルトは息を詰まらせる、そしてわずかの後に咳ばらいをし、主に謝罪する。


 「コホッオホッッ、し、失礼しました!」


 そして言い直した。


 「お、お、奥様!」


 アリアはその言葉の響きにとても幸せそうな微笑みを浮かべた。


 「もう、ヘラ爺たら。って呼ぶ様にって言ったでっしょ、早く覚えてよね、も~!」


 アリアは少し拗ねたような声音で老コーボルトに軽い叱責を与えた。


 「ヘラ爺」と呼ばれた老コーボルトは先程とは180°反対の眼差しとオーラを主に感じ、内心胸を撫で下ろした。

 今のやり取りには自分に失敗があった事を悔やんだ、だがこの程度済むのはこの「」が寛容である証だ。

 過去の仕えた主だった支配者たちの様に、無意に権力や力を誇示する事も無く、およその些事にも拘らない点は「」と同じ亜人デームにあって特異な方だ。

 だが、それだけに前もって伝えられたり、厳命された主の「こだわり」を犯すような事があれば、とんでもない逆鱗に触れると言う気難しい点を、うっかり忘れがちになる。


 どんなに温和で臆病に見えようとも、生き物は必ず「火」を宿す。

 およそは生の執着か死への恐怖だが、力ある支配者の方々のはそういった単純な生き死にとは別の事に「こだわり」持つ者が多い事をヘラレス老コーボルトは経験から知っていた。

 それは生きるコトや、死の危険が対し「世界最弱」と呼ばれるヘラレス達程の苦労が無いからかもしれないが、時に同格の存在、格下であっても他者には理解しえない「名誉」「誇り」「矜持」、そして言葉に当てはまらない自尊心を目にする事がある。

 むしろ「力の神」の眷属の気性ならば不思議な事ではないのかもしれない。


 今度はまた、特に変わった方の様だ


ヘラレス老コーボルトは思った、だからこそ「」のかもしれない。


 「いつの世でもは夢を見るモノ、そうだろ?」


 送り出される前にオライン伯主人に投げかけた言葉をヘラレス老コーボルトは頭の中で反芻した。

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