奴隷

 アリアは小さくなった焚火に枯れ枝を放った。


 小さな爆ぜる音と共に、弱くなった火がほんの少し勢いを盛り返す。

 その様子を見ながら、ヘムですら「愛らしい」と思う口元に安らぎの笑みをに湛えた。


 夜目が効く亜人デームである彼女にとって、本来は夜の見張りに灯りは必要ではない、亜人は殆どの者が夜を闇を見通せる。だがコーボルト達に「力の神」は闇を見る目をお与えにならなかった。

 東の空が白み始める、一刻程で陽が昇り始めるだろう。星の輝く明るい夜だが、森に切り開かれた林道の両脇に広がる森の闇は深い。

 夕食を終えた輜重隊しちょうたいは、アリア達「雇われ護衛」を除いて眠りに着いた。

 昼間活動出来ない訳では無いが、ヘムと違って夜目が効き、夜間の行動が有利な亜人デーム達にとって、明け方近くまで活動し、昼過ぎまで眠って動き始めるのは珍しくもなかった。


 前線砦に兵站を供給する輜重隊しちょうたいの護衛。

 それが「竜の血筋」のアリアが率いる郎党クランが交わした初めての契約だ。


 小さな欠伸を噛み殺す彼女に緊張感は全く感じられない。前線が近いと言えここは亜人の領内、人から襲撃を受ける可能性は「無い」と言って良い。

 「あるかないかも解らぬ夜襲に備える退屈な仕事」と言うのが今の彼女の認識だった。


 ならば何故アリア達は雇われたのか?


 まず供の「従者」の強い勧めがあった、今の「郎党」の実力では高いリスクの仕事も出来なければ、実力者に自分達を売り込む事も出来ない。

 荷馬車の護衛は引き連れたコーボルトの労働力を期待され、報酬は同じランクの仕事としては優良である事を説明された。

 手持ちの資金もの残り少なく、アリアもその理屈と自身の懐事情は無視できない。

 だが自分アリアと言う元「竜の血筋」元支配者を下働きとして顎で使うと言う優越感が雇用側に在る事、輜重隊員のニヤケ顔が腹立たしかった。

 屈辱的な初契約だったが、全てが寝静まった静寂の中で立ち上る炎を見つめ、「悪くない」と彼女は思った。

 焚火のちょうど良い暖かさ、そして揺らめく炎の向に、心地よい眠りの中とはまた違った「あの方」との「」を見た。

 前線に赴くチャンスはアリア自身が欲していた事だ、むしろ「あの時」からトントン拍子に事が進んでいる様に思う。


 彼女の膝元で身を寄せ合って眠いっていたコーボルト達が小さく身じろぎする。

 昼間の行軍で疲れたのだろう、本来は彼等も見張りに立っていなければならい立場だが、疲れて眠りこけてしまっている。


 彼等コーボルト達はの世界シアに於いてヘムを抜き、最大のを誇る、そしてアリアと同じく「」の「眷属」だ。

 だがその「力」は数=繁殖力にだけ特化していると言っても過言ではない。

 コーボルトの寿命は30年前後と「調和の神」の眷属であるヘムよりも短命で、その気質は冷淡・粗暴・狡猾を旨とする眷属にあって「本当に「力の神」の眷属なのか?」と思ってしまうほど臆病だ。

 「調和の神」が生み出した人形クルスと呼ばれる者達同様に、主の言いつけや命令には従順であり、生真面目さや器用さもあって世界シアではどの眷属の側にも奴隷や下働き、召使としてその姿を見る事が出来る。


 だが彼等コーボルト本性、「力」とは実はそんな「順応性」したたかさなのではとないかと思う。 

 もし、彼等コーボルトがもう少し計算高かったら?ヘムほどの寿命があったなら?


 アリアは眠るコーボルト奴隷に得体の知れない気配を感じ背筋が凍る。

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